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《完結》 霊 感 聖 女  作者: 三條 凛花
第4章 流の章
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4.薫堂オリザの回顧録(2)

「おばあさん、カモミールティーを淹れたよ」


 うとうとしていた私は、目を開ける。

 目の前にいるのは、四男夫婦だ。それにしても、息子の和夫はこんなに線が細かっただろうか。もっと筋骨隆々とした雰囲気だった気がするのだけれど。




「ああ、ありがとうね、奥さん」


 奥さんの名前が思い出せない。とても申し訳なく思う。

 けれども彼女は気にした様子なくほほ笑んだ。


 彼女もまた和夫の隣に腰を下ろした。




「ねえ、ルカ。わたし、今日はもう少しお守りを作ろうと思うの。ーー佐保里が心配で……」


 奥さんは、よくきらきらとしたアクセサリーをつくっている。


 私にもそれを分けてくれた。トパーズみたいな色をした、繊細なものだ。これをつけると不思議と体の痛みが引いていくような、温かい感じがあった。


 和夫は、奥さんの言葉にうなずいた。


「まあ、和夫! どうしてだんまりを決め込んでるの。きちんと返事をなさい」


 この子は昔から引っ込み思案なことがあった。


「おばあさん、大丈夫よ」

「いいえ、大丈夫なものですか。話しかけられたらきちんと返事をするの。当たり前のことですよ、和夫」


 私がこんこんと言うと、和夫は困ったように眉を下げた。




 手持ち無沙汰になった私は、刺繍道具をたぐり寄せた。私がいつも使っているものを、和夫の奥さんが綺麗な色の缶にまとめてくれたのだ。


 体が痛いから、なにかをやろうという気力がなかなか湧いてこないけれど、こうしてもらってからずいぶんやりやすくなった。




 そうだ!


 ()()()に服を作ってやらなければ。

 そろそろ清に生地を買ってきてもらわないと。次はどんな服がいいだろう。


 いつも黒い服を好んで着ているようだから、黒と白の水玉模様で、モダンにしてみるのは?



 長男の清に言われてこの家に戻ってきたけれど、ーーかわいそうに。あの子は大人たちにひどい扱いをされて、傷ついていた。


 昔の家を譲った従兄は、そんなに悪い人間だとは思わなかったのだけれど……。


 誰も引き取り手がないというので、長男の清が、私が一緒に暮らしたらどうかと言うのだ。


 清は、たまに泊まりに来るだけらしい。子供のことを殴っていた父親と同年代だから、怖がらせてしまうかもしれないと。


 この歳になって子どもと暮らすとは思わなかったけれど、この屋敷に戻ってこられるのもあり、私は喜んで受けた。





 女の子なのに体は痣だらけでなんと痛々しかったことか。


 それに、いつも暗い目をしていた。学校にも馴染めていない様子で、自分の子どものころを思い返すと、胸がきゅうと締め付けられるようだった。



 私には学はないけれど、母親や祖母や、周りの女たちから教えてもらったことがいろいろあった。


 料理のこと、俳句のこと、刺繍のこと……。そういったものを少しでもあの子に伝えられたらと奮闘したのだ。


 知識は裏切らない。

 それに、好きなことが見つかるだけでもずいぶんと生きやすくなるのだ。それを少しでも伝えられていたらうれしい。





「おばあさん、カモミールティー、冷めちゃうかも」

「ああ、すみませんねぇ。奥さん」


 私は、熱々のお茶をちびちびと飲んだ。

 はちみつの優しい味がする。それに花の香りがするね。


 それにしても、あの子はどこに行ったのだろう?

 和夫たちの子どもと、……孫たちと遊んでいるのかしら。そろそろ帰ってこないと危ないよ。


「孫はまだかい?」


 子どもはかわいい。あの子も、孫たちも。


 あの子がきちんとお嫁にいけるように、奥さんがくれるお小遣いを貯めているんだ。

 どこにいるのだろう? また眠くなる前に会いたいねぇ。







 ゆらゆらと揺られる感覚に、ふと気がつくと、自室に入っていくところだった。


「おや和夫。おまえが運んでくれたのですか?」


 和夫は、私をそっと寝台に下ろした。


「外に行ってきたの? ずいぶん手が冷えているようだけど……」


 和夫は曖昧に眉を下げる。すっかり表情が乏しくなってしまったが、困っているようだ。




「そうだ! 和夫、おまえにお願いがあるのです」


 大切なことだから、また忘れないうちに伝えなければ。

 かすかに胸が痛む。


「--裏の神社にね、お供えをしてほしいんですよ」


 私はがさごそと、刺繍を施したハンカチを取り出した。四隅に菫の花を縫っている。神様の目が紫水晶みたいだったから。同じ色の花を選んだ。


 私の言葉に、和夫がひどく驚いている。


「おまえは笑うかもしれませんけれどね、ほんの子どものころに、あそこの神様に助けてもらったことがあるんでくよ。

 でも、急に引っ越すことになって、お礼もお別れも言えなかったのがね、ずっと心残りでねぇ。……和夫?」


「オリザ?」


「まあ、なんですか。親を呼び捨てにして」


 そのとき、私は和夫の瞳が紫水晶のようにきらきやと艶めいていることに気がついた。


「神様……?」


 ああ、そうか。神様は、あの子のことも守ってくれたのだ。それなら安心できる。


 ほっとしたら力が抜けてきた。


「神様、ありがとう」


 おやすみなさい。





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こぼれ話

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オリザおばあさんの考えていたことを書きました。


先日96歳で亡くなった祖母と同じ世代にしてみましたが、祖母のことをあまり知らないのだなぁと調べてみて思いました。

(時代背景に間違いがあったらすみません。ゆるく作りました)



オリザおばあさんは生粋の日本人です。


この世代の女性は、カタカナやひらがなで変わった響きの名前が多い印象です。


私の祖母ふたりや、その世代の親戚、隣人なども今の時代からすると珍しい名前の女性ばかりでした。



オリザおばあさんは母になったり、おばあちゃんになったり、心が行ったり来たりしています。


ここには書ききれなかったけれど、少女時代に心が戻ることもあります。


そのとき、龍花の存在は、息子のお嫁さんでも守るべき子どもでもなく、子ども時代にほしかった女ともだちとなります。


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