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《完結》 霊 感 聖 女  作者: 三條 凛花
第4章 流の章
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4.薫堂オリザの回顧録(1)

 四男夫婦と一緒に暮らすようになって、どれくらい経ったのだろう。

 このごろ、体のあちこちに痛みを感じる。


 がまんできないほどではないのだけれど、自由に動けないというのは、思いのほか不便で退屈だった。


 いつものように眠くなってうとうとしていると、ふと、子ども時代のことを思い出していた。






 住み慣れた東京の街を離れ、この家に住み始めたのは十になるかならないかのときだったと思う。

 またここに帰ってくることになるとは思わなかった。


 尋常小学校での生活は辛かった。

 こちらの人とは違うイントネーション。それだけが理由で遠巻きにされていたのだ。


「都会ぶってる」


 そう言ってくすくすと笑う女の子たち。

 がさつで乱暴な男の子たちーー。


 父は新しい事業をはじめるので忙しく、母は双子の弟たちのことで手いっぱい。家の裏手にある神社で過ごすようになったのは、どこにも居場所がないと感じたからだった。




 鳥居からではなく、空き地から入ってきたからだろう。

 ほかにはなにもない、ただ木々と落ち葉、そして野の花々に囲まれた空間。木は空を覆うように伸びていて、このあたりには建物がないのに、いつでも薄暗かった。


 けれども、地面にちらちらとうつる木の影と、木漏れ日と。すごく空気がきれいなところ。

 率直な感想はそれだった。


 なにげなく散策していたら、一本の木に目が吸い寄せられた。ほかの木々とくらべて、まるまると太った一本である。


 幹はとても太いのだけれど、低いところに枝が伸びていて、これなら私も登れるのではと、生まれてはじめての木登りに挑戦した。


 やっとのことでよじ登ったとき、手が幹に埋まってぎょっとした。そこには小さな空洞があった。


「これは、ーー祠?」


 空洞の中に祠があるのを見つけた。

 幼かった私は、とくに何も考えることなく、お供えものが必要なのだと思った。ポケットの中からクッキーを取り出す。行商の人が持ってきたもの。


 あの頃はクッキーのようなハイカラなものなんてほとんど出回っておらず、両親はお友だちと一緒にお食べと数枚買ってくれたのだった。


 嬉しかったけれど、私には一緒に食べる友だちなどおらず、ハンカチに包んで持ち出し、外で食べるしかなかった。


 そうだ、これをお供えにしよう。ハンカチに包んだまま、クッキーを一枚、祠に供える。


「ーー友だちができますように」




 残念ながら友だちはできなかったけれど、私には居場所ができた。ここでは喋り方を気にする必要はない。


 私は本来、暇さえあればずっと喋っているような性格だったので、堰き止められていたものが流れ出すように、話したかったいろいろなことを、ぽつりぽつりとその祠の前で神様に向かって伝えるようになった。


 心の中で燻っていたものを吐き出すと、少し気持ちが軽くなって、母に教えてもらった刺繍だったり、菓子づくりだったりと、趣味に精を出す余裕もできてきた。




 けれどもそれは長くは続かなかった。


 ある日、怖い目に遭って。神様に助けられた。けれども、私が男に尾けられていること、男が逃げ出したことを見ていた人がいたのだ。その人は両親にその話をした。また、学校での私の様子も伝えたらしい。


 両親は自分たちが構わなかったせいだと己を責め、気がつくと引っ越すことが決まっていた。


嫌な目に遭った場所にはいたくないだろうという配慮だった。けれども、神様にご挨拶することもなく、遠ざかっていく街を泣きながら眺めることしかできなかった。



 それからは普通の暮らしをしていたが、やがて戦争が始まり……。子育てに追われ、子どもたちの成人を見届け、孫が生まれ……。そうだ、その過程で四男夫婦は亡くなったのだった。


 それじゃあ、私がいま一緒に暮らしているのは一体誰なのだろう?

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