1.彼女が消えた一年後の世界
「龍花先生って、本物だったと思うの」
打ち合わせに来た担当編集の宮杉が、頬に手を当てて言った。
「宮杉ィ。まさかあたしが嘘を書いていたとでも?」
あたしはじろりと宮杉を睨めつけた。こちらも寝不足続きだから、さぞかし目つきが悪いことだろう。
先月四十三歳になったと言っていた。あたしよりひと回り近く年上だ。
いつもきっちりと髪をまとめ、フレームの細い金縁のめがねをかけた、神経質そうな雰囲気。
顔立ちはたぶん華やかな美人で、見た目に気を使っていないわけじゃない。なのにそれを押し込めてしまったような、いかにも「女史」といった感じの見た目だ。
けれども、厳しい人ではない。
飲み会のときに笑い上戸のあたしがつい呼び捨てるようになり、そのままでいる無礼に嫌な顔をすることもない、懐の広い女性である。
「いえ、佐保里先生。違うのよ、そいうことじゃないの」
彼女は気まずそうに眉を下げて、ぱたぱたと手を振った。
そのとき、ふと違和感に気づく。いつも皺ひとつないシャツはよれよれ。顔色は真っ白で今にも倒れそうだ。
ファンデーションでも眼鏡でも、ひどい隈が隠れていない。今日はどこかくたびれたように見えるのだ。
宮杉の視線は、窓際に置かれた小さな写真に向いた。
「私には、霊が見えないのだもの」
その前には花が供えてある。
もう家族のいない龍花には帰る場所がなく、あたしが引き取ったのだ。
しばらくは呆然として、なにも手につかなかった私も、仕事を再開し、彼女が遺したものを形にする作業を行なっていたのである。
奇しくも、今日は龍花が亡くなってから、ちょうど一年という日だった。
「だからね、100%信じるというのは難しい。
もともとそういうのには否定的な人間だったというのもあるし……」
まさかオカルト小説の担当になるとは思わなかった、と彼女は苦笑した。
「申し訳ないのだけれど、あなたたちのお話は虚構のものだとして、読みものとして楽しんでいたわ」
宮杉が視線を落とした。
あたしは小説家だ。実話をもとにした怪奇小説を書いている。そして、そこそこ売れている。
それには理由がある。物語の中に登場する霊能者「龍花」が人気だからだ。
本物の霊能者と組んで、彼女の実体験を小説に書き起こす。だからこそ話にはリアリティが生まれていた。
書きはじめたころは女子高生だった彼女は、三十三歳でその人生に唐突に幕を下ろした。
「でも、龍花先生が亡くなって、お守りだと渡されていたアンクレットが壊れてから、どうにも不調が続いているのよ」
彼女はそう言うと首の後ろをさすった。
私は目を細める。すると、ぼんやりと彼女の後ろに黒い靄が見える。風景に溶け込むように。
宮杉がこの部屋に来たときから気づいていた。
それはたぶん、男だ。自殺霊かな。下卑た表情で嗤っている。あたしたちにとっては慣れたことだ。こういうものを書いていると、寄ってきてしまうから。