5.危機
龍花の仕掛けがうまく効いたのだろう。彼らは皆、目を丸くしてこちらを見ている。
「ひいっ!」
「魔獣だ!」
「違うわ、れいよ!」
「どっちでもいい。早く……」
我先にとかたまりになって出口へと押し寄せていく。
大広間の中央には、黒い巨大な靄と龍花、ユリア、結界に守られたもう一体の霊だけが残った。
「視えないのが当たり前なのに、ここでは誰でも霊を見れるんだね」
ひと仕事終えて油断したのがいけなかったのだろう。
ぐるりと世界が回転した。
体がここにはないはずなのに、痛みはないけれど、気持ち悪さがあった。
そしてあたしは、あの災厄級の霊体に足を絡め取られていたのだった。
ずるり、ずるりと床をひきずられていく。
何があるかはわからないけれど、でも、あの中心にいったらいけない気がする。ぞわぞわと恐怖が喉元まで這い寄ってきた。
待って。魂だけ取り込まれたら、どうなるの……?
そのとき、急に目の前が光って、体が軽くなった。
「龍花!」
力を使ってあたしを弾き飛ばしたのだ。
あたしを掴みそこねた黒い靄は、うごうごと蠢く。まるで巨大な黒い蜘蛛のように、中心部からぞろぞろと細く靄を伸ばしている。
『オマエ、キケン……』
ぶわりと鳥肌が立った。
何人もの声を合成したような、不気味な声。それはあの靄から発せられているようだった。
勢い余って崩れ落ちた龍花に向けて、靄が伸びる。きっと、あたしを助けたせいだ。
靄の先端がみるみる実体化していく。ほかの部分はいまだ透けているのに、そこだけがくっきりと世界に顕現しているのが不思議と見てとれる。
靄の先端は、鋭い氷柱のように尖っていてーー。
「龍花!」
「リュカ様……!」
彼女の目が大きく見開かれた。
「リュカ!!!!!!」
次の瞬間、まるで吹雪が舞い散るように辺りが真っ白になった。
一体、何が起こったというのだろう。
ぶわりと吹き付けた冷気が止んだ。黒い靄の中央には、銀色の剣が突き刺さっている。そして、龍花をかばうようにして、男が立っていた。
銀色の髪の美しい男だ。
腰まである長い髪は、後ろでひとつに束ねられている。身に着けているのは先ほどの「殿下」と同じような、豪奢な衣装。
「ルカ、なぜここに君が」
最初に言葉を発したのは王子だった。その声は困惑に満ちている。
「るか」
龍花が呆然とした顔で言う。
するとルカと呼ばれた男は、とろけるような笑みを見せて、彼女を抱きしめたのであった。
ルカというのが龍花があたしに隠していた「第一の使い魔」で、もともと素質ある彼女の力を底上げしていた張本人であり、彼女の恋い焦がれる相手だと知ったのは、それからだいぶ経ったあとのことである。
--悲の章・完--