4.ユリアの悲劇
「うげ、なんだあれ……」
あたしは思わずこぼした。
あんなの、災厄級じゃんか。この禍々しさは悪樓に対峙したとき以来だな……。ちなみに悪樓というのは、日本神話に登場し、ヤマトタケルが退治したとされる怪魚である。
つまりこれは、そういう古い時代のものだ。
「はあ……。王家は闇が深そうね」
素に戻った様子で龍花がつぶやいた。
「ねえ、ユリア。あなたたちが亡くなったとき。どうしてシャンデリアが落ちてきたのだと思う?
それは、こいつに引きずり込まれたからよ」
『え?』
「あれはいろいろな悪意の総合体。生霊とか死霊とか、とにかくいろんなものを取り込んで膨れ上がったモノ。そして、こういう蠢くものたちっていうのはね、もう意識がないの。とにかく自分たちと似たものを取り込もうと動く。
ーーあなたも、その一部になりかけてる」
ユリアの目に光が戻ってきた。しかし、同時に彼女はがたがたと怯えだした。
床から立ち上る黒い靄は、先ほど龍花が剥がした人型二体のほうへもずるり、ずるりと這い寄っていく。
霊体一体はさっさと逃げ出したところを、龍花に強制的に上げられた。もう一体は足を縫い留められたようにその場から動けずにいたが、龍花が結界を張る。
「ーールカがいないから、これほどの相手をなんとかできるかわからないけれど……」
ふう、と龍花はため息をつく。
「ルカ?」
聞き覚えのない名前に首をかしげていると、彼女は決意したように、ふたたび印を組み直した。
目をとじて、聞き取れない日本語ではないなにかを唱え始める。これまでにも何度も何度も見てきた光景だ。
本来なら、彼女がこうして呪文をとなえはじめると、その瞳は虹色に光る。そして魔法のようにてのひらから出てくる清廉な光が、霊を絡め取るのだ。
龍花の瞳は金色には光っていた。けれども、かつての魔法のような光が出てくることはなく、その額には脂汗が滲んでいる。
「ーー佐保里」
龍花が苦しげに、薄く目を開けてあたしに言う。
「あなた、いま生霊なんでしょう? ここではきっと、魔獣だと思われる。だから、みんなを広間の外へ追い立てて」
「でも……」
「早く、ーーお願い!」
「無理だよ。だってだれもあたしのこと見えてないよ?」
「……っ!」
龍花はこちらに手をかざす。話す余裕もないらしかったが、その力強い眼差しが、なにか仕掛けをほどこしてくれたことを語っていた。
龍花と霊との戦いを描いてきた小説が人気だったのは、彼女のキャラクターだけじゃない。その圧倒的な力にも理由があった。ただの人間でありながら、悪神とも対峙できる力。
だから、あたしは見たことがなかったのだ。こんなふうに苦戦し、ぎりぎりになっている彼女を。いつだって彼女は飄々と霊を浄化してきた。
嫌な予感にさいなまれながらも、貴族らしい少年少女に向かって突撃する。