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《完結》 霊 感 聖 女  作者: 三條 凛花
第2章 呪の章
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6.知りたくなかったこと

 あれから何年も経った。


 佐保里といっしょにはじめた小説が単行本になり、私にもいくらかの監修料が入るようになった。


 勉強の傍らでおばあさんにバイト代を渡し続け、無事に大学を卒業。

 地元ではそれなりの会社に入社した。





 巻数を追うごとに読者さんが増えていく。


 はじめは、わたしが見つけた不思議なものや、出会った不思議な出来事をつづっていくだけの物語だったのだが、いつからか読者さんたちから霊視してほしいという依頼が入るようになっていた。



 出版社がそれを精査し、依頼を受けて、土日には全国を飛び回り、それを佐保里が小説にしていく日々。


 たいていのことには怖さを感じないようになっていたから、ルカとともにどんどん悪霊を祓っていった。


 でも、ルカとのことだけは、なぜだか気恥ずかしくて誰にも言えなかったので小説にはなっていない。


 他の使い魔たちとの契約は、口づけではなく、彼らが押しかけてくる形ではじまったものだったし。







 おばあさんはわたしが二十八歳のときに亡くなった。九十歳だった。




 その日は休日で、ふだんなら副業の除霊や霊視のためにどこかに出かけているのだけれど、急なキャンセルで家で過ごしていた。


 なにげない一日だったけれど、寝る前に、温かいカモミールティーをいれて、三人で飲んだことが鮮明に記憶に残っている。


(ほかの使い魔たちは無理だけど、ルカは食べたり飲んだりすることができる)


 おばあさんは小さな子どものように両手でカップを持つと、熱いお茶をちびちびとうれしそうになった。


 はじめて会った時からずっと「おばあさん」だったけれど、最近、とりわけ小さくなってしまったような気がする。


「孫はまだかい?」


 ルカとわたしを見てにこにことそう言った。


 彼女にはルカがずっと視えていたし、わたしたちのことを事故で亡くなった四男夫婦だと思いこんでいたのである。


 ルカが喋らなくても、おじさんが来るとき姿を消しても、おばあさんは何も言わなかった。





 でも、まさかそれが最後の言葉になるとは思わなかった。


 翌朝、起きてこないおばあさんを起こしにいくと、微笑んだまま冷たくなっていた。


 おばあさんの霊を見ることもなかった。






 


 おじさんは葬儀のときも終始ふてぶてしい態度だった。

 けれども、すべてが終わると、クッキーの缶を手渡してきた。


 それはおばあさんが私に遺したものだという。そこには、わたしが渡してきたお金がまるごと入っていた。


 おばあさんは「ぼけている」とおじさんから言われていた。

 けれども、本当にそうだったのかどうか、わたしには今もわからない。







 いつだったか師匠が押しかけてきて、一緒に住んでいた時期もあった。


 師匠はルカを見ると、顎が外れそうなくらいぽかんと口を開け、その場に跪き出した。

 相変わらずの変人である。



 それ以来、それまでは自己流だった修行を、古文書で伝わるというものに変えられた。


 たまにやってきては、朝から滝に打たれるはめになり、迷惑している。



 そして小説の巻数を重ねるごとに、駆け出しの「視える女子高生」だっただけのわたしの霊力が磨かれ、気がつくと大抵のものは祓えるようになっていたし、神様にも対峙できるまでになっていた。


 そして、視えないものもほとんどなくなっていたのだった。


 寿命まで視えるようになったのはいつだっただろう。それは自分自身も例外ではなかった。百十四歳まで生きるらしい。

 おばあさん以上の年齢。なんという大往生だ!






 一方、親友である佐保里は、いつ見ても短命だった。


 彼女は気づいていなかったけれど、もともとひどく霊に憑かれやすいのだ。


 だからわたしは、一生懸命彼女の霊力も磨き、せっせとお守りをつくった。けれどもお守りをつくってもまたすぐに壊れてしまう。


 より強い力を求め、さらに修行を重ね、各地の霊能者たちを訪ね歩いた。その過程で、何匹かの使い魔もできた。子猫ともぐら、それから大蛇だ。


 拗ねるルカをなだめるのが大変だったけれど。







 でも、だからこそ、転生したのだと気がついたとき、わたしは絶望した。


 使い魔のうち、大蛇は佐保里の住むマンションに、彼女の居室には子猫も置いていた。

 けれども、ーーもうお守りを作ってあげることなどできないのだ。


 不安と後悔でいっぱいになった。

 早く死ぬとわかっていたなら、もっと、万全の対策をしてきたのに。お守りを千個くらい用意した。


 彼女は、わたしの人生の中で唯一の"ふつう”の友だちであり、光であり、希望だった。



 おばあさん、ルカ、そして佐保里。その誰か一人でも欠けていたとしたなら、きっとわたしは早くに死んでいたのだろうと思う。心を砕かれ、あちら側へと引きずられていたはずだ。


 明るく、けれども口が悪くて面倒くさがりの佐保里。あの子がいたからこそ、わたしはここまでやってこられたのに……。




 でも、ーー佐保里のところにはたぶん、ルカがいるはずだ。だから大丈夫。きっと安全だ。


 わたしに最初から使い魔がいたことは話していないから、たとえ彼女がルカのことを知らなくても。





 だってルカは、ルカは、ーーわたしのそばにはいないのだから。


 その事実に気づいたとき、胸の奥がすうっと冷えていく。


 湖畔の町。魔獣たち。目の前に広がる光景にいらいらして、まとめて()()()しまうことにした。




 そのときだった。

 目の前に佐保里がいたのは。そうして私たちはまた、二人での活動を再開することになる。


 なぜだか夢を渡って霊体でやってくる彼女といっしょに、この異世界で。




 --呪の章・完--


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