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《完結》 霊 感 聖 女  作者: 三條 凛花
第2章 呪の章
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5.雪降る神社で

「ルカ、わたしね、帰りたくないの」

「うん」


 それはいつものこと。家には居場所がない。

 家族のために、黒いものの存在を伝えただけなのに。家の中はもう真っ黒だ。霊がひしめきあっている。


 ルカは、わたしの背中をさすった。氷を押し当てられたように冷たいのに、そこから温かいものが流れ込んでくるような感覚があった。





「ルカ、わたし、さみしい」

「うん」


 本当は誰かに必要とされたかった。


 他の家の子どもたちのように、抱きしめられてみたい。手をつないで歩いてみたい。


 参観日にも来て欲しい。もっともっと勉強を頑張るから。





「ルカ、わたし、……消えてしまいたい」

「リュカ?」


 殴られたところが痛い。

 ぶつけた頭がずきずきする。わたしはそうしてその場にうずくまり、また吐いてしまった。





 いつも、わたしたちは並んで座っているだけだった。ルカは寡黙な少年だったから、わたしがなにか話しても頷くだけだった。手をつなぐと驚くほど冷たくて、握っていることも出来なかった。


 それでも、ルカだけがわたしの心の拠り所だったのに。








 体力がないくせにずいぶん走ったからなのだろう。

 バスを降りても、荒い息が収まらない。胸が破裂しそうに痛い。


 すっかり暗くなった道を全速力で走る。

 黒のムートンブーツは温かいはずなのに、つま先まですっかり冷え切って、氷のように冷たい。


 胸が嫌な感じにどきどきしている。


 ()()()()()()()()()()()()()その道を、わたしは久しぶりに右へ抜けた。


 そこは住宅街にぽっかりできた空き地につながっていて、木の柵がつらなっているのだけれど、一箇所だけ壊れている。


 迷わずそこを突き進む。


 誰も通らないそこには、深く深く雪が積もっていた。


 わたしの身長と変わらないくらいのそれは、ふつうに歩くには高すぎる。しかし、登ろうとすると新雪なのでずぼずぼと足がはまってしまい、思うように進めない。


 そうして溺れもがくように道を進み、ようやく境内の大樹にたどり着いた。


 街灯もないのに、その根本は照明を当てられたように丸く白く光り輝いていた。





 ごつごつとした根っこは、今は真っ白な雪に覆われている。そしてそこに、一人の男が倒れ伏していた。わたしが覚えている姿とは違う。でも、すぐにわかった。


「ルカ」


 こぼれたのは、声だけではなかった。


 瞳が熱くなり、涙がぼろぼろと落ちてくる。わたしは手袋を脱ぎ捨て、男に駆け寄った。


 その体は氷のように冷たい。


 それはいつもと変わらない。でも、どうしてなのだろう。まるで透けているように見える。





 そもそも、どうしてわたしは彼のことを忘れていたの? ーー二年近くもの間。


「ルカ!」


 もう一度彼の名を呼ぶ。

 すると、白い、ーーいや、銀色のまつ毛が震える。そして、弱々しく目が開いた。


「リュ、カ」


 消えそうな声だった。

 ルカは、弱々しく手を伸ばし、わたしの頬に触れた。それから幸せそうに笑った。



 どうしてなのだろう。

 そのときのわたしにはわかったのだ。()()が正解なのだと。


 わたしは泣きながら彼に口づけをした。滲んだ視界の中で、ルカがぽかんとした表情になるのが見えた。






 どれくらい経ったのだろう。


 頬や肩を濡らすふわふわとした冷たさがない。短いスカートにハイソックスを履いただけの素足のままで雪に座り込んでいたはずなのに、なにも感じない。


「ーーリュカ」


 熱い吐息のような声だった。


 その体はこんなにも冷たいのに。わたしはようやく我に返り、涙を手の甲でぬぐった。




 先ほどまで消えてしまいそうなくらい弱々しかったルカは、今はとてもそうは思えない。


 射抜くような熱い目をして私をとらえていた。彼の頬に触れると、ひんやりとしている。

 今までは氷のように冷たかったのに。





 私はルカを連れて家に戻った。


 おばあさんは、とろとろのビーフシチューを作ってくれていて、ルカを見ても驚くことなく、にこにこして「おかえり」と言った。


 その日わたしは、はじめての使()()()「ルカ」と契約したのだった。

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