勇者と、親友。
楽しんで頂けたら、幸いです。
◇で視点変更入ります。
「―――弱くなったな、お前」
「………………え?」
夕陽色に染まる教室で、彼はそう言い捨てた。
嫌悪とはどこか違う、悲しみを滲ませた顔。
初めてぶつけられた、親友からの罵倒。
頭が理解を拒否でもしたのだろうか?彼が何を言っているのか、分からなかった。
―――弱くなった?
違う。僕は強くなった。偶然手に入れた勇者の力で。
神殿の奥で埃をかぶったままにされていた聖剣が、力を与えてくれたのだから。
今の僕は、どんな魔法だって簡単に使える。
凄まじい身体能力も手に入れた。
全てを切り裂ける聖剣だって扱える。
この勇者の力で、僕は強くなったんだ!
―――なのに、何を言っているんだ、君は?
「…………俺が何を言ってるのか、分からねぇか?」
何故か痛ましそうに僕を見ながら、彼は問う。
「あぁ。何を言っているんだ?」
どう考えても強くなったじゃないか、僕は。
「………分からねぇなら、お前とはここまでだ。悪いが、お前とは縁を切るよ。―――ごめんな」
そう言い捨てて、彼は立ち去っていった。
一度も振り返らずに。
突然告げられた、絶縁の言葉。
あまりの衝撃に呆然と立ち尽くしながら、僕は思う。
―――何だ、何が起こっているんだ?
―――何で僕は、縁を切られたんだ?
君とは、学園に入学した時からの付き合いじゃないか。
二人して劣等生って呼ばれて。
退学寸前になりながら、徹夜で試験勉強に明け暮れて。
貴族どもに虐められながら、それでも負けるかって励ましあって。
…………僕たち、親友だったじゃないか。
いつか強くなって見せるって、お前もそう言ってたじゃないか。
僕が勇者の力を得た時に、お前は喜んでくれたじゃないか!
………なのに何で、絶縁なんてするんだよ。
僕たちは親友だったのに、どうして離れて行くんだよ。
親友である彼と、ずっと一緒に居られると思っていた。
無条件に、そう信じていた。
ぐるぐると言葉にならない感情が心に渦巻く。
拳を握りしめながら、ただただ彼の背中を追う。
―――なぁ、教えてくれよ?
僕は何か………間違えたのか?
君がそんな辛そうな顔をする事を、僕はいつやらかしたんだ?
答えてくれよ、頼むからさ。
……………僕たち、親友だったじゃないか。
―――“ずっと一緒だ”って、言ったじゃないか!
◇
思えば、憧れていたのだと思う。
親友…………今は勇者と呼ぶしかない、あいつに。
貴族と、ほんの少しの平民だけが魔法を使える世界。
「危険な力を扱えるよう訓練する」なんて題目で学園に強制入学させられた平民たちがどんな目に合うかなんて、考えるまでもない。
差別も区別も当たり前。貴族にとっては当たり前の知識の為に、何日も徹夜で勉強勉強。虐められても抵抗すれば罪人は平民の方。そんな場所だった。
平民の魔力は大抵少ないから、魔法の実力だって圧倒的に下だ。実技演習で殺されかけた回数なんて数え切れない。
あいつとの出会いについても、別に劇的なストーリーなんて無い。単に、そんなクソみたいな場所に無理やり入学させられた哀れな平民が、学年で俺とあいつしか居なかっただけの話だ。
貴族達と関わろうとは思わなかった。平民と会話しようとしてくる貴族様なんて、平民を助ける自分に酔いしれる自己陶酔野郎か、神聖な学園から平民を根こそぎ撲滅したい血統主義者しか居ないからな。
大昔には馬鹿な貴族を転がしてハーレムを作り上げた奴が居たそうだが、俺たちはそんな怖いもの知らずじゃなかったし、愛人候補になれるほど顔が良いわけでもなかった。
卒業間際の今でこそ多少マシになったが、入学当初は本当に生き地獄みたいなもんだった。貴族どもが入学までの十数年間で学んできた事を、ほんの数ヶ月で虐めを受けながらマスターしなきゃいけなかったんだからな。
正直、「もう辞めたい」って何度も思ったよ。
運が悪けりゃ死んでたし。
それでも諦めなかったのは、あいつが何度も「諦めてたまるか」って言ってたからだ。馬鹿みたいに理不尽と戦い続ける姿に、俺はきっと救われていた。
俺もあいつと一緒に戦いたいって、そう思っていたさ。
二人で必死になりながら貴族の虐めを受け流しつつ、大した威力もない初級魔法を必死で磨く日々。地獄のような毎日が一転したのは、今から一年くらい前。
二人で度胸試しに、伝説の剣の見物に行ってからだった。
伝説の剣なんて言っても特別扱いされてるわけでもなく、神殿の隅に刺さったまま放置されている剣だ。何百年も放置されて錆だらけになっていて、時々、高位貴族が威張りながら引き抜こうとして失敗する時以外、話題になる事もない。
王都に住んでいる青少年なら多分誰しも一度は挑戦していると思うが、この数百年で引き抜けた奴は一人もいない。
どうやらあいつはあの剣から、勇者に選ばれたらしい。聞いた時は本当に聖剣かどうかすら眉唾だと思ったが、与えられた勇者の力とやらは本物だった。
貴族数百人分に匹敵する魔力。
拳で大地を陥没させる筋力。
勇者の力でいつでも呼び出せる聖剣とやらは、軽く振っただけで遠くの雲を切り裂いた。
常識離れしすぎていて、正直わけがわからない。物語の勇者の方がもうちょっと現実味があったと思う。力を振るった影響が派手すぎるせいで、すぐにバレたのには閉口したけどな。
平民が勇者に選ばれたと、知られてからは大変だった。
建国王が持っていたとされる勇者の力、それを平民が得たんだからな。
今まで雑魚としか思ってなかった相手が、自分達より遥かに優れた力を手に入れた、なんて事実、貴族どもが容易に受け入れられる筈もない。
虐めていた平民に逆襲されるかもしれないと疑心暗鬼になり、平民より下など許し難いと怒り狂った貴族たちにはどんな言葉も通じなかった。
何人も暗殺者がやって来ては返り討ちにされ、「所詮平民だろう」と絡んだ血統主義者の貴族達がボコボコにされ、でっち上げの罪状で拘束しようとしてきた騎士団が壊滅させられて、ようやく奴らは勝てない事を悟ったのである。
勿論、俺も人質に丁度いいと巻き込まれた。今生きてるのは割と奇跡だ。
―――因みに貴族達が理解するまで、5年かかった。
アホだろ、あいつら。
全てが片付いた頃には親友は国の英雄扱いされていて、貴族達も「勇者の不興を買ったら殺される」と少しだけ大人しくなっていた。たった一人の勇者の誕生によって、王国そのものが変化したのだからとんでもない話である。
だが、変わったのは貴族どもだけではなかった。
勇者もまた、少しずつ変わっていったのだ。
まぁ、当たり前と言えば当たり前の話だ。何度も暗殺者に殺されかけた人間が何も変わらなかったとしたら、そっちの方がどうかしてる。
だがそれでも、俺にはそれが耐えられなかった。
物語とかでよくある強い力を持った奴が次第に傲慢になっていって………なんて変化であれば、俺は別に耐えられないとは思わない。傲慢になるという事は、少なくとも自分の力を理解しているという事だからだ。
最近流行りの力を持っていながらそれを頑なに認めようとしない奴のような単に“責任”とか“自分の立ち位置”とか“自分以外に人間が存在する事”とかを理解してないサイコパスよりは百倍マシである。無自覚に暴力をノリと気分で幼児みたいに振り回して大惨事引き起こしてから「僕何かやっちゃいました?」とか言うような奴よりは、傲慢にでもなってくれる方がずっと良い。
俺が耐えられなかったのは、時折勇者が漏らすようになった言葉だ。
幾人もの暗殺者に囲まれた時。
血統主義の貴族達に決闘を挑まれた時。
大量発生した魔物が王都に迫って来た時。
決まって、勇者は言うのである。
―――「この力さえあれば」と。
………特別な力があるから、お前は立ち向かうのか?
………特別な力が無ければ、お前は戦えないのか?
―――違うだろう?
―――お前は、そんな弱い奴じゃなかっただろう?
俺たち、弱者だったじゃないか。
弱者のままで、必死に足掻いたじゃないか。
お前は、ずっと足掻いてきたじゃないか!
何もなくたって諦めない事、
無駄だと知っても挫けない事、
俺がお前から学んだそれが、強さじゃなくてなんだって言うんだ?
何の力もないままで必死に足掻いてたお前は、
負けてたまるかって歯食いしばってたお前は、
俺には誰よりも強く見えた!誰よりも輝いて見えた!!
何の力もない、泥だらけになりながら一緒に訓練し続けたあの頃のお前こそが、俺にとっては本当の勇者だったんだ!!
なのに…………
「この力さえあれば」だと?
他人から与えられた力に縋るなよ!
何一つ持ってなくたって、お前は戦えたじゃないか!
あの頃のお前はあんなに強かったのに、お前がそれを否定するのか!?
……………実のところ、分かってはいるのだ。
諦めない。才能のない者が、たったそれだけの事で得られる力で立ち向かえる程、世界は優しくないなんて事は。
突然特別になった友人に僻んでいるだけだろうと、そう言われてしまえばおしまいだ。自分で自分が情けなくなる。
あいつは間違ってない。
あいつが勇者の力を持っていなければ救えなかった数多くの命が、この世界にはあるのだから。
内面の強さは大事だが、実力が伴わないのなら単なる口先野郎にしかなれないのだから。
………俺はただ、自分の信じていたものを勝手に押し付けているだけだ。
―――だがそれでも。
腹立つじゃないか。
そうだ、気に食わないんだよ。
俺たちが必死に積み上げて来たものが、たかが剣に劣るだなんて。結局のところ必要なものは才能や運で、積み上げた努力なんかじゃ絶対に覆せないんだなんて。
―――認めたくないなら、戦うしかない。
だから俺は、勇者と同じ道は歩めない。
―――なぁ、気づいているか?
お前が「これさえあれば」と縋るその力は、偶然お前が手に入れた力なんだよ。
下らないとは言わないさ、勇者の力は絶大だ。
その力で多くの人を救ったお前は間違いなく、正しく力を扱える人間なんだろう。
―――お前は正しい。お前は素晴らしい勇者だよ。
けどよ、お前のその力って………生まれを誇る貴族達が振り翳す理不尽の刃と、一体何が違うんだ?
―――それから、五年後。
青臭い決意と共に「今の勇者の隣にはいたくない、おれは自分のやり方で強くなるんだ!」と学園を卒業した俺は、王城でただの一兵卒として働いていた。この数年で勇者は独立した戦力として今や将軍とほぼ同等の扱いを受けてるんだから、随分と差が開いたものだ。
この数年真面目に働き続けて現場でも戦力扱いしてもらえるくらいにはなったが、学生時代と比べて大して強くはなれていない。訓練のおかげで剣や槍の使い方が多少板についた程度だ。
薄々、自分の能力の限界というやつを最近は感じ始めている。きっと大した才能の無い俺では、平凡な兵士で終わるのが関の山だろう。
若い頃にありがちな悩みだと先輩達には笑われてしまったが、このままで良いのか?なんて焦燥を少しずつ感じるようになってきていた。
そんな頃だった。―――王国から遠く離れた地で、魔王を長とする魔族達の国が誕生した。……そんな童話じみた噂が、確かな事実として王国に広まっていったのは。
「―――行くか。何が出来るか、分からねぇけど」
ただの平民だったなら、きっと何もしなくても良かっただろう。「物騒だなぁ」と眉を顰めるか、「可哀想になぁ」と他人事で憐憫に浸るでもして、変わらぬ毎日を送れただろう。
けれど、おれは勇者の親友だった男だ。違う道を行くんだと、そう言って勇者を捨てた男だ。
もし他人の不幸だと何もしなかったなら、俺は「勇者とは別の道を行く」なんて格好つけただけの口だけ野郎に成り下がってしまう。
―――かつて勇者が見せた輝きを……俺が焦がれた輝きを……自分の手で汚してしまう。
それはダメだ。
そんな事を、俺が受け入れて良い筈がない。
だって、あいつは……
おれが憧れた、勇者なら……
「号外!魔王討伐の為、勇者様の出陣が決定した!!」
―――立ち向かうに、決まっているのだから。
―――俺も行くよ。
何が出来るかなんて、分からないけど。
何も、出来ないかもしれないけれど。
―――それでも俺は……お前みたいに、なりたかったんだから。
いつか必ず追いついてやる。
だから待ってろ、勇者!
◇
遠く離れた地で、魔王が魔族を纏め上げて建国した。現状、それ以上の動きは無いけれど……それは安心できる理由にはならない。魔族と人間は、何度も争って来たのだから。
一人でも多くの人を守る為に王都で訓練を重ねていた僕は、今代の勇者として旅立つ事を決めたのだった。きっとこれが、僕が勇者に選ばれた意味なのだと思う。
旅の共は、国中から募集された魔道士や剣士、治療師や兵士に文官といった者達。他の国に警戒されるわけにもいかないので、せいぜい三十人ほどだ。
その中には………あの日別れた親友もいた。
顔合わせで気付いた時は、すごく気まずい雰囲気になって仲間達に訝しがられた。
その後、絶縁したが学生時代の親友だったと僕が話したら「元カレ?」と女性陣にキラキラした目で見られて大騒ぎになったので、気まずさなんて一瞬で吹き飛んだのだが。
貴族達との婚約を断り続けてるせいで出た噂、まだ消えてなかったのかぁ。というか同性愛者だとか、変な噂をしないで欲しいんだけどなぁ。妙な釣書が沢山来るんだよ……はぁ。
というか、勇者を目の前にその反応とかフリーダムだなぁ、僕一応偉いんだけど。一応他国のお偉いさんに会う機会とかもあるんだけど、こんな調子で大丈夫だろうか?本当に。
とは言え正直な所、こんなに沢山ついて来てくれる仲間がいるだなんて考えもしなかった。自由人だらけとは言え、ありがたい事だ。
何しろ一つの国家に対して、たかが個人で挑もうというのだ。帰ってこれる保証なんて絶対にできない。
それに、あくまで僕が勝手に動くだけだから報酬なんて殆どあって無いようなものしか出せない。だからこそ、死を覚悟して志願してくれた者だけを連れて行くとも決めていた。
それは勿論、彼に対しても言える事。僕との絶縁をした彼は、それでもこの死出の旅に志願してくれたのだろう。……どうしてかは、まだ分からないけれど。
―――あの日失望した目をした君が何故、この旅について来てくれるのか。そして何故、あの日の君は悲しげな顔をしていたのか。
聞いてみれば、何か答えは返ってくるのかもしれない。
けれど、あの時僕が何を言っているのかが分からなかった事に失望した君に聞くのは、やっぱり間違いだし……何より不誠実だと思うんだ。
いつか、君の苦しみを理解できたなら、その時に土下座でも出来ればいいなと期待している。やっぱり君は僕にとって、唯一無二の親友だから。
「じゃあ、行こうか」
だから親友、その時まで………待って欲しいんだ。
きっといつか………君を見つけてみせるから。
◇
―――それから、三年経った。
ずっと目指してきた魔王国は、もう目前だ。
旅の途中で居なくなった人もいるし、新しく増えた人もいる。悲しい事は沢山あったけれど、嬉しい事も幾つかあった。だから僕は、何とか旅を続けている。
きっと僕が年寄りになったとしても、この日々を忘れる事は無いだろう。失ったものは沢山あるけれど………それでもこの旅を、後悔することだけは無いだろう。
無条件にそう信じられる、そんな旅だった。
―――旅の途中、様々なものに出会った。
最初は勇者として名乗っていたせいで何度も面倒事に巻き込まれた。よく分からない権力闘争とか、姫様に婚約を迫られたりとか。
そのせいで勇者なのに盗賊のようにコソコソと隠れて国境を越えなくてはならなくなったのは大変だったが、お陰で勇者として訪れていたら決して見れなかったものが見れた。
―――勤勉を誇る国では、山間部に働けなくなった人々が捨てられていた。
―――清貧を誇る国では、太った貴族達が捨てる残飯に平民達が群がっていた。
―――内紛に明け暮れる国では、平民達が手を取り合い、助け合って生きていた。
そんな国々を見て……どんな国かなんて言葉に、大した意味は無いのだと学んだ。
大切なのはその人はどんな人か、それだけなのだ。
沢山の悪人とほんの少しの善人に出会って、人に善悪なんて都合の良いものは無い事を学んだ。
いつだって、人々が善や悪を誰かに押し付けているだけなのだ。
処刑台に吊るされた犯罪者を飽きる程に何度も見て、一番暴力的なのは第三者なのだと学んだ。
人が最も残虐になるのは、自分を被害者だと感じた時と、自分は正義の味方だと思い込んだ時なのだ。
多くの事を学んで、泣いて、笑って。
ふと、疑問に思った事がある。
―――僕は何故、旅を続けているのだろうか。
魔王を討伐する為?
魔王は、人間を害していないのに?
魔族は悪だから?
善悪なんて都合の良いものは何処にも無いと、そう学んだばかりじゃないか。
僕が勇者だから?
そんなもの、第三者達の戯言だ。僕が従う必要はない。
思いというものは案外長続きしないものなようで……使命感や情熱なんて、とうの昔に無くしてしまった。元々あの国は嫌いだったし。
何を守りたいのかなんて、もう自分でも分からない。
此処まで来たのはもしかしたら「諦めたくない」なんて、ただの惰性なのかもしれない。こんな有様で勇者だなんて、胸を張る事は、もう出来ない。
―――そんな事を考えていたからだろうか?いつからか、聖剣を、使えなくなったのは。
「何で……返してよ!!」
何度振るっても、聖剣は何の力も与えてくれない。
―――まるで、自分が空っぽになったかのようだった。
聖剣が使えない僕は勇者ではないし、魔王どころかその辺の魔物だって倒せない。なのに何故、死出の旅を続けているのだろうか、僕は?
そもそも僕がこんな余計な事をしなければ、もっと世界は平和で、旅の途中で死ぬ仲間だって居なかったかもしれないじゃないか。
―――もう辞めてしまえと、諦めてしまえと、何度も囁く声が聞こえる。
―――夜がやってくる度に、いっそこのまま消えてしまえればと息を止める。
………だがそれでも。
それでも大切な仲間達が、側に居てくれるから。
僕を信じてくれた人達が、僕の隣で笑うから。
僕はまだ、此処にいる。
僕は勇者だと、胸を張る。
勇者である僕を信じて、彼らはついて来てくれたのだから。
空っぽな心に見栄と恐怖を押し込めて、僕は今日も歩き続ける。隙間だらけで軋む心の音を、誰にも聞こえないように閉じ込めながら。
聖剣は使えなくなったけど。
僕は、ニセモノだったけど。
―――それでも、僕は勇者だ。
だから大丈夫。まだ、胸を張れる。
大丈夫。みんな、勇者を信じてくれている。
大丈夫。勇者は、いつだって挫けない。
まだ大丈夫。誰にも、ニセモノだって気付かれてない。
きっと大丈夫。まだまだ頑張れる。
そう、頑張れる。………まだ頑張れる。
―――仮面を被ろう。
物語みたいな、立派な勇者様の仮面を。みんなを、不安にさせないために。
バレる筈なんて無い。僕がニセモノだった事なんて、きっと誰も気付かない。
だから、
―――大丈夫。大丈夫。ダイ丈夫。ダイ丈ブ。ダイジョウブ。ダいジョウブ。だイジョうブ。だイじょウぶ………
「―――おい、最近様子がおかしいぞ!何があったんだ!?」
………やっぱり君だけは誤魔化せないかぁ。何となく、そんな気はしてたんだけど。
「…………だいじょうぶ」
「それ、お前がヤバい時の反応だろ」
流石は元親友、よく分かっている。伊達に何年も一緒にいたわけじゃない。他の仲間達はともかく、彼に対してだけは本当に誤魔化しが効かない。どうしようかなぁ………。
「すまんが、俺にはお前が何に苦しんでるのかが分からん。―――だから、俺じゃなくて良い………誰かに教えて欲しい。情けねぇけど、お前が何に苦しんでるのか、俺たちにはサッパリ分からねぇんだ!」
「…………」
俺たちかぁ。恥ずかしいなぁもう。
「皆心配してる、誰に相談してくれても良いんだ!賢者の爺さんでも!精霊使いのメスガキでも!聖女の姐さんでも!武闘家のオッサンでも!錬金術師のクソ野郎でも構わねぇから!!」
―――あの錬金術師にまでバレてたのか。あいつ人間の感情とか分かるんだ、地味に驚き。
…………だけど、
「―――君じゃ、ダメなのか?」
「え?」
皆が心配してくれたのは嬉しい。
あの人非人すら聞いてくれるなら、君の言う通り賢者さんも、精霊使いちゃんも、聖女さんや武闘家さんも、それ以外の人たちだって、きっと相談すれば聞いてくれるのだろう。…………けれど。
「―――君は、聞いてくれないのか?」
昔、僕の隣でいつも聞いてくれたのに………どうして君だけは、選択肢にいないんだ?
僕を一番よく知ってるのは、君なのにさ。
「―――俺は。………いや、俺にその資格はねぇよ。自分勝手な理想を押し付けて、お前を傷つけるだけ傷つけて、何もしなかったクソ野郎にそんな資格ある訳ねぇだろ。………あの時は悪かった、自分勝手に当たり散らして。自分の身になって分かったよ、相手が苦しんでる理由が分からないのが………こんなに辛いなんて思わなかった」
「…………そうだね」
あの時は大いに苦しんだよ。今でも夢に見るくらいには。だから、やっぱり僕は、君が良いと思うんだ。だって……それだけ大切だったんだから。
「そうだねってお前………いや、実際そうなんだが。これで分かったろ、話すなら、俺以外の奴にしやがれ」
諦めたように親友が自嘲する。
―――ふーん、成る程。そういうこと言う。なら…………
「断る!」
「はぁ!?」
そりゃそうだろう。君のせいで大いに傷ついたけど、それでも僕は君を、親友だと思っているんだ。
結局、何が君を傷つけたのかは……分からないままだけど。
でも、別にそれでも良いじゃないか。君だって僕が何に苦しんでるのか分からないんだから。友達だからって、別に全部を解る必要なんてないし、何があろうと仲良くしなきゃいけない訳でもない。
傷つけて、傷つけられて。それでも一緒にいたいと思える奴だから………僕は、君を親友と呼んだんだ。
「知ってるか?絶縁って双方が認めないと成立しないんだぞ?………あの日の言葉を、僕はまだ認めちゃいない」
だから君とはまだ、親友なんだ。
「!!………ったく、人が良すぎるんだよ、お前は」
呆れたように親友が笑う。
―――昔と同じ、ちょっと引き攣った笑顔で。
「―――ゴホン、……それで、何に困ってるんだ?勇者様」
ひとしきり笑い合った後、何事もなかったかのように親友は尋ねる。………ちょっと頬が赤いのは見逃してやろう。
それで、悩み………か。皆にバレちゃってたなんて知ると、何だかどうでも良くよくなっちゃったなぁ。
「どうして君は、この旅について来てくれたんだい?」
もっと沢山、悩んでいた事はあったのに……うまく言葉に出来なくて。
うんうん悩んだ果てにポツリと出て来たのは、そんな小さな問いかけだった。
「何でって、そりゃお前」
親友が一瞬不思議そうな顔をしてから、恥ずかしそうに顔をそらす。
「今更だけどよ。言っただろ、“ずっと一緒だ”って」
―――そっか、勇者だからじゃ……ないんだね。
熱い雫が、頬を伝った。
「俺たちは皆、お前についていく。だから安心しろ。何があっても、ずっと一緒だ」
僕の頬を伝うものに気付いたのだろう、慌てたように親友が告げる。ふと周囲を見ると、テントの影に隠れて此方を伺う仲間達がいた。
心配そうに、あるいは僕を泣かせた親友に怒りの視線を向けて、こちらを見ている。
「………………うん。ありがとう」
僕は空っぽなんかじゃ………なかったんだ。
視線に気付いて青い顔をする親友の隣で、クスリと笑う。
まるで待ち侘びていたかのように、遠くの地平線から朝日が顔を覗かせた。
夜は終わりだ。―――さぁ、旅を続けよう。
涙の跡はそのままに。カラリと笑って、僕らしく。
「じゃあ、行こうか!」
―――聖剣に仄かな、輝きが宿った。
◇
「それで!?」
「それからどうなったの!?」
目をキラキラさせながら続きをせがむ子供達に、中年に差し掛かった男が苦笑する。
「そこからはお話で伝わってるのと同じだよ。魔王と戦って、なんだかんだで和平交渉して、それで終いだ」
実際にはその後も、真の黒幕だった女神を魔王と一緒に討伐したり、第二第三の魔王が出て来たり、魔神が数千年の眠りから復活したり、錬金術師が開発した細菌兵器を停止させたり、暗殺者を送ってきた各国の権力者達にお礼参りしたりと色々あったのだが、まぁ孤児院の子供たちに語る事でもあるまい。
「ここに居たのか。院長殿との話し合いは終わったぞ」
「あ、勇者様だ!」
「ゆうしゃさまー!」
支援についての話し合いが終わったらしく、親友が孤児院の庭先に出てきた。途端、俺の周りに群がっていた子供たちが駆け寄っていく。
「相変わらずの人気だな、勇者様」
「君も人の事言えんだろうに、従者殿?」
子供たちに囲まれて困っている親友を冷やかすと、そんな返答が帰ってきた。ずっと勇者の隣にいたせいで各国のお偉いさん達から存在を認識されたらしく、最近は俺も“勇者の従者”としてそこそこ有名になってしまったのだ。………俺、元はただの兵士なんだけどなぁ。
「本当、なんで俺も有名になってんだ………」
「襲って来た暗殺者達を逆にスカウトして、旅の仲間達と一緒に国際的な大規模武装集団作った奴が注目されない訳ないじゃん。僕以上の危険人物だよ、君は」
呆れた様に親友が言う。お前もそのメンバーだろうに。
「大規模武装集団じゃなくて、冒険者ギルドだって言っただろ。それにギルドマスターはじゃんけんで決めたのに、何で負けた俺だけが危険人物扱いなんだ……」
「いくら中立の組織だって口で言っても、やってる事は独立した軍隊だしねぇ。大規模武装集団で何も間違ってないじゃないか」
「ぐぅ………」
その通りなので、何も言い返せない。
だってそうでもしないと、いつまで経っても暗殺者がいなくならねぇんだもん。何で権力者って“触れるとヤベェもんは放置”っていう凡人が生き残る為の基本中の基本がこなせないんだろうなぁ……。あ、凡人じゃないからか。納得。
「これでこの国での仕事も終わりだな、魔王城に帰るぞ、ギルドマスター?」
「良いのか?王族の告白を無視して」
国王達に「しばらく滞在しますよ」と挨拶しにあった時、一目惚れしたとか何とか言って告白して来た、空気の読めない姫様がいたと思うんだが……。
あの姫、あれで身分もあるし、顔だけは良かったぞ?
「僕がクラッといくわけないだろう?空気も読めない馬鹿なんて無視で良いよ。精霊使いちゃんに頼んで二度と告白できない様にしといてもらうし」
『任せて!』
あの時は顔色一つ変えなかったが、内心では気に障っていたのだろう。良い笑顔をしながら勇者が宣言したと思ったら、虚空から返事があった。どうやら精霊達を通して会話を聞いていたらしい。
それにしても、精霊使いにわからせられるのか………可哀想に。
「程々で頼むぞ精霊使い。廃人にはしないでくれよ?」
『分かってるってば!』
大丈夫だとは思うが、一応声をかけておく。王女が虚ろな目で「私は豚です」とか言い出したらマズイからな。そうなっても最悪、聖女の姐さんにどうにかしてもらうけど。
「おや、程々で良いのかい?」
揶揄う様に勇者が尋ねる。………俺の考えなんざ分かってるだろうに。
「…………当たり前だろ、俺の身内に手ぇ出したんだ」
イラっとしていた自覚はあるので、思わず目を逸らした。
「この国の王族は好色で有名だし、誰も困らないか。それにしても、いい加減あの噂も消えないかなぁ…………」
本気で困り果てた様子で、勇者が嘆く。
「僕、れっきとした女なのに、なんで女の人ばっかり告白してくるんだろうね?」
「さぁな。帰るぞ!」
『はぁ、彼氏欲しいなぁ…………』
―――軽口を言い合う仲良し二人組の会話を聞きながら、精霊使いはボソリとそう呟いた。
叙述トリックに挑戦。上手くいってると良いのですが。
※オチをちょっとだけ改変。(2022/8/22)
※誤字報告、ありがとうございます。助かります。