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変化点

 林さんは病院の個室で、生まれた子供と過ごしている間、俺は安いビジネスホテルに寝泊まりした。

 俺が病院に居れない時間帯は林さんが子供の面倒を見るので、俺は面会時間の間中、病院で子供の世話をした。成長が異常に早く、寝起きのサイクルが通常と違っているせいだと思われた。

 研究会の連中はメッセージアプリ上では『無事でよかった』とか『平気そうで安心した』と送ってくるが、誰も直接見舞いにはこなかった。

 子供の成長は早く、月曜日には捕まって歩くようになり、火曜日には離乳食を食べ始めた。

 水曜日の検診で、母体の回復も順調だし、明日木曜日には退院出来そうだと言われた。

 お腹の膨らみもなくなり、産む前の体型に戻った。ただ、胸はまだ張っている。子供は乳離れしてしまっているのに、母体はまだ子供に与える用意をしている状態なのだ。

 先生の話が終わって、二人で個室に戻ると、寝ている子供の顔を見ながら林さんは言った。

「村上くん。相談があるんだけど」

「……どうしたの、改まって」

「その…… 退院した後も、私と一緒に暮らしてくれない?」

 俺は動揺した。

 林さんは、俺の気持ちを分かっているのだろうか。林さんには本当に同情する。しかし、愛している訳ではない。俺の子供でもないこの子と暮らしていて、愛着は湧いたが、愛情ではないのだ。

 林さんは俺の表情から何かを汲み取った、と思う。

「分かった。通いでもいいから、私の部屋にきてくれない?」

 俺は言った。

「ごめん。子供の世話だったら、別の提案をしてもいい?」

「……」

「とにかく、子供が大きくなって、一人で生活できるようになるまでなら、二人とも俺の家で過ごせばいい。俺、実は両親と話してた」

 微妙な表情をしている。

「計算通りに成長すれば、来週末に体が小学生の高学年ぐらいになってる。それなら理性も働くだろう。大学にいる間ぐらいは家にいても我慢できるんじゃないか。それまでの間は、俺の家で」

「……なんか、色々分かった。本当、そうしてくれると助かる」

「うん、それじゃ親に連絡しておく」

 林さんは頷いた。

 個室の扉がノックされ、扉の外から看護師が告げた。

「面会時間終わりですよ」

 俺は林さんと子供に手を振った。

「ありがとう。おやすみなさい」

 これから明日の面会時間の始まりまで、林さんが子供の面倒を見る番だ。俺は、がんばれ、という気持ちを込めてもう一度手を振った。

 病院を出て街を歩いた。

 夕食をとって、何か気晴らしと思うが、田舎町はパチンコしかないらしい。

 カラオケかボーリングというのもあるが、どちらも一人でやるものもない。俺はそう考えて、ホテルの方に向き直った。

「?」

 出張先で食事どころでも探しているのだろうか、スーツを着た男がこっちを見ていた。

 俺が見返すと、それとなく視線を外した。

 ホテルにいた人に似ている。まさかとは思うが、俺は見張られているのだろうか。

 見張られるとしたら…… 理由は一つ。成長の早い子供の件に違いない。

 尾行されているとして、まけるだろうか。俺は試してみることにした。

 ここ何日か、退屈でこの辺りを彷徨っていたから、まけそうなポイントは心得ている。

 俺はビルの角を曲がると、ダッシュして非常階段に飛び込んで隠れた。

 ビルの角を見ていると、さっきのスーツを着た男が現れ、俺を見失ったことに気づくと耳を押さえながらどこかと通話した。

 やはり尾行されている。

 俺は男がいなくなるまで非常階段に隠れ、いなくなってから道に戻り街でぶらぶらと時間を潰した。

 ホテルに戻ると、フロントの従業員以外からの視線を感じた。

 俺が探して顔を向けたときには視線は無くなっていた。

 俺自身に尾行される要因はない。

 一番気になるとすれば、林さんの産んだ子供だ。

 妊娠から一日足らずで破水し、二日でつかまり立ちして三日目で乳離れする。

 それは『人間じゃない』としか思えない。これは、林さんには禁句だった。林さん自身が一番感じているはずなのに、心の奥底にしまって、絶対に口にしない言葉だった。

 人間じゃないなら、なんなのか。

 政府の機関が調査しているのか。それとも外国の諜報機関から雇われた探偵なのか。

 俺にまかれるようじゃ、大した奴ではないのだろう。

 だから、きっとそんなに重要な調査じゃない。

 俺はそう思った。

 翌朝、俺は面会時間より早く病院に行った。

 後ろを気にしながら、歩いたが、尾行されている様子はなかった。

 面会の受付をすると、今日は子供の検査をするから色々な課に連れて行ってほしいと言われた。

「項目見たんですけど、大変ですよ。頑張ってくださいね」

 看護師の人がそう言うと小さくガッツポーズをして見せたので、俺も会釈した。

 個室に着くと、林さんは目が虚だった。

「おはよう。疲れた…… から…… 寝る…… 寝るね」

 そういうと倒れるようにベッドに横になった。

 俺はトテトテと歩いてくる子供を抱っこして、話しかける。

「早いとこ名前つけないとな」

 十四日の間に戸籍の届出をしなければならず、林さんは、それまでには名前を決めると言っていた。

 子供は言葉にならない何かを言って笑った。

「林さん、お子さんの検査ですよ」

 抱っこしたまま個室の外に出ると、看護師がいた。

「ああ、村上さん。検査の話って聞いてる?」

「なんか結構検査項目が多いって」

「ちょっとね。なんか変わってるから」

 生まれたばかりのときにも採血してゲノム検査すると言っていた。

 普通の子供が産まれて退院するときにこんなに沢山の検査項目などない。

 医師たちは疑っているのだ。人間ではない何か(・・)との(・・)ハーフ(・・・)だと。

 異常に成長が早い子供を検査するから、医師側も慎重だった。

 X線で細胞に傷をつけて異常を起こした場合、成長にどのような支障をきたすだろう。そう考えたに違いない。子供は被曝のない、MRI検査をすることになった。

 いろんな課を回るとき、チラチラと視野に男の姿が目に入った。

 俺をつけていた男。

 しっかり見えない内に姿を隠してしまうので、言い切れなかったが、監視されているのは間違いなさそうだった。

 検査結果が一通り出ると、林さんを起こして話を聞くことになった。

「この子はとにかく成長が早い。昼食を挟んだとはいえ、検査の途中で身長が一センチほど伸びていた。これが全てだ。他は至って普通の四、五歳児だった。だから、健康に問題があったら、直ぐに医者に連れて行くこと。この五日間は個室で過ごしていてこれといった病気はなかったが、普通の暮らしを始めてそれがどう影響するか、正直私たちもわからない」

 林さんが質問する。

「成長が私たちより治りが早いから病気したのかもしれないけど、気付かなかったということはないんでしょうか?」

「普通と同様に三日熱が出続けたら、三年の計算になる。三年も高熱が出続ければ、成長や後遺症を考えなければならない」

 林さんは食い下がる。

「だからこの子の場合は、三分とか、五分とか、熱が出て治るのでは?」

「わからない。もしそうなら、その免疫機構を解析すれば地球上の人間の役に立つ」

 林さんは医者から子供を守るように抱き抱える。

「この子は実験用のモルモットじゃないんですよ」

「……」

 医者も黙ってしまった。

「林さん。とにかく、この子が病気や怪我をした場合は、直ぐに医者に連絡するということだよ。多分、どうなるのか誰も分からないんだから」

「実験用にはさせませんから」

 俺たちは退院の手続きをして病院をでた。

 国から補助金が出るらしいが、何しろ手続きが全部後回しだったのですごい金額を払うことになった。

 林さんがこの事を親に言えるわけもなく、お金は俺の親のカードで支払われた。

 電車に乗り、俺の家に向かう途中も、やはり視線を感じた。

「林さん。俺たちなのか『この子』なのか、誰かにつけられている」

「……そんなことないでしょ。村上くんが『この子』が異常だと思ってるから、そういう意識が働くのよ。お願い。この子は普通なの」

「……」

 やはり林さんに理解を求めるのは無理か。

 子供に普通の生活をさせたがっているのはわかるが、見る度に大きくなるのだから周りからすれば普通に見えないのは明らかなのに。

 俺は窓の外、トンネルの暗闇を見つめていた。




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