入院
俺と林さんだけが合宿から離れ、呼んだ救急車に乗って一番近くの都市の大病院に行った。
救急隊員も、訝しげな顔をしていたが、昼間に撮った写真と現状を見せるととりあえず納得してくれた。
運ばれている間もお腹は、大きくなっていき俺は恐怖からお腹を直視できなかった。
「村上くん、ありがとう」
林さんの手を握り返して、見つめるしか出来なかった。
聞きたいことはいっぱいある。だが、俺と同じくらい林さんも同じことを聞きたい、と思っているはずだ。
分からないことだらけで互いに聞いても答えは出ない。
病院に着くと、簡単な問診を受けた。
林さんはハッキリと『これは妊娠なのでは?』と言った。
だが、医師は、十ヶ月かかることが昨日の今日でこんなになる訳がないと言う。
お腹のエコーを見ると、ハッキリと子供が映っていた。
「昨日の今日というのはいくらなんでも」
「性行為そのものを、昨日までしたことないんです」
医師は信用しない。
「避妊しているつもりでも健康な男女であれば妊娠の可能性は」
「だから、そんなこと自体がないんです」
「彼の方が、覚えているんじゃないの」
俺も否定した。
「今日まで彼女に手を触れたこともなかったのに」
「手は触れたでしょ。研究会の初日の挨拶の時」
「そ、そうだったかな」
医師は俺と林さんを引き離す。
「そんなことで妊娠はしません」
「だから昨日」
「昨日の今日で子供がこんなに大きく」
林さんは医師にも昼に撮った画像を見せた。
「俺も見てましたから、間違い無いです」
「……」
医師は机にあるパソコンの表計算ソフトと立ち上げ、計算を始めた。
「昨日セックスした時刻は? 出来るだけ正確に」
林さんが答える。
「現状の状況からの見立てで逆算しているから、狂っているかもしれないが。後三十分か一時間の間に子供が生まれる。もし、子宮から出ても同じ成長速度だとすると三週間程度で成人してしまうぞ」
「……人間なんですか?」
「……」
医師は返す言葉に詰まった。
「このお腹にいる子は人間なんですか?」
「それを私に聞かれても困る」
泣いている間も無く、林さんは苦しくなってきた。
「まずいな。計算より早い。早く分娩室へ」
「先生、彼も一緒に」
「立ち会い出産は講習が……」
横になって運ばれて行く林さんは懇願する。
「お願いです! 何も分からない土地で、いきなり一人で出産なんて」
「……」
先生は俺を振り返る。
「君は大丈夫なの?」
「分からないけど、この状況で林さんを一人に出来ない」
格好をつけている訳ではない。本当にそれしかないと思ったのだ。
「緊急すぎるから、仕方ない。大量の血を見て気を失う男の人もいるから、とにかく彼女の顔だけ見て、励まして」
分娩室に入ると、十数分で赤ちゃんが生まれた。
俺はその皺皺の子供が、人のものはと思えなかった。林さんは生まれたての子供を抱き締め、泣いた。
空気に触れているうちに、子供はふっくらとして良く映像でみるような子供に変わっていった。
とにかく林さんが無事でよかった、と俺は思った。
「お腹減った」
生まれた後、まだ一時間も経っていないが、子供はひたすら林さんの胸に吸い付いていた。
林さんは疲労で寝ている。
医師がやってきて言った。
「本当にお腹にいた時と同じ成長速度なら、母体の乳だけでは足りない。ほら、彼も抱き方と、ミルクの作り方覚えて」
先生と看護師から子供の成長過程と注意事項を叩き込まれた。
「通常、母親は経過をみるために入院する。だがこの子供はおそらくその間に四、五歳分の成長をしてしまう。交代でずっと世話をしないといけない可能性がある」
俺は寒気がした。
本当に概算で一日が一年なら、三百六十五倍の成長速度だ。三週間もすれば、体だけ、俺たちの人生を超えていってしまう。
これを研究会の連中になんて伝えていいのか分からない。
この目で見たって信じられないのに、見ていない人たちに何と言ったらいいのか。
それと、林さんはこの子を育てながら、大学を続ける余裕や時間があるのだろうか。
この件で大学を辞めてしまうかもしれない。それならば無理に研究会の連中に話さなくてもいい。
というか、俺はまるで彼氏のように付き添っているが、どこかで俺の人生に戻らなければならない。
それとも…… 林さんと共に人生を歩む決心をするべきなのか。
俺は『ラジオくん』の面影がある赤ん坊を抱き、ミルクを与えながら考えていた。




