救急搬送
見晴らしの良い丘から始めて、夕方まで、あちこち観光をして回った。
林さんはずっと俺の手を掴んで、横にいた。
林さんは『具合が悪いから村上に助けてもらっているのだ』と説明していた。
その割にはずっとものを口に入れて、観光も皆んなと同じようにしていた。
だが、夕方になると、明らかにお腹が大きくなっていた。
研究会の男たちは、そのことを言えずにいた。
宿に着き、部屋割り上女子同士が同部屋となるため、三崎さんと林さんが一緒になった。
俺は林さんの荷物と渡そうと部屋にいくと、声が聞こえてきた。
「美奈ちゃん…… やっぱり胸も、それにお腹も大きくなってる」
「……」
「病院行った方が」
盗み聞きするのは悪いと思い、俺は扉を叩いた。
「荷物持ってきたよ」
「ちょっと村上くん、入ってきて見てよ」
「やだ、こんな格好。村上くんに見せたくない」
俺は三崎さんに腕を引っ張られて、部屋に入ってしまった。
「ほら、ちゃんと立って」
上はブラトップのシャツだけで、下は肌着だけだった。
胸の大きさは正直覚えていないが、大きくなった気がする程度だった。
しかし、お腹は明らかに大きくなっていた。まるで……
「ね、大きいでしょ? 本気で妊娠してんじゃない?」
林さんは怖くなって来たらしく、その格好のまま俺にしがみついてきた。
「そんなことないよね。昨日の今日でお腹がこんなになるなんて」
「今日、ずっと食べたからだよ。見た感じ、トイレもいってないでしょ」
「……そんなに食べてたの?」
俺は朝からおにぎりとサンドイッチを異常なほど食べていた話をした。
そして高原に来てからの観光でも、ずっと何かを口にしていたと話すと、三崎さんは驚いた。
「嘘!? 私サービスエリアの状況しか知らなかった……」
「とりあえず、トイレに行ってみたら」
林さんは頷く。
「……うん」
部屋のトイレに入っている間も、林さんは俺に『そこにいてくれ』と言った。
しばらくして出てくるが、お腹の大きさも変わらないし、首を横に振るだけだった。
「どうしよう……」
言うと、俺の手を握っている手が震え出した。
「林さん?」
「美奈ちゃん、何か言ってないことがあるでしょ」
俯いて、首を横に振る。
「ないよ。全部話してる。私の体、どうなっちゃったの?」
「昨日、合コンで出会った男の人、何か変わった感じなかった?」
「村上くん、それなんの話?」
俺は病気をうつされたのではないか、と二人に説明した。
「別に変な感じはないよ。イケメンだったけど」
「肌が変だったとか、あそこに変なデキモノがあったとか」
「そんなこと言ったって、昨日が初めてだったんだから、そんなの分かるわけないじゃん。しっかりそれを見る余裕もないし」
当たり前か。俺だってそんな知識があるわけじゃない。
「つーか、美奈ちゃん。これ重要だけど、生でやったの?」
「……」
俺は俺で、如月さんといたした時のことを思い出していた。
初めはつけていたのに、最後の方は少し怪しかった。
「だって寸前で外されたらわからないよ……」
「ちょっとその男の連絡先とかない?」
「付き合うつもりなんかなかったから。ただ村上くんと対等になるためだけに、関係を持ちたかったんだもん」
朝からずっとそれを言われているのだが、俺はその感覚を理解できなかった。
「写真は撮った」
「ハメ撮り?」
俺は顔を叩かれた。
「馬鹿、そんなわけないでしょ」
「見せて」
俺たちは相手の写真を見た。
「どんな連中なの?」
「学生じゃなく、社会人だって言ってた」
「で、どいつ?」
林さんがスマフォでピンチインして拡大する。
どこかで見たことがある。
頭の中に声が響く。
『昼のラジオは、ヒミツ光のヒマに任せて……』
そうだ。こいつ『ラジオくん』だ。
「そんな」
俺の言葉を聞いて、三崎さんが言う。
「知り合いなの? 連絡先とか知らない?」
「知り合いじゃないけど、電車でいつも見ている奴に似ている」
「そいつに間違いないの?」
いや、見間違えかもしれない。
ラジオくんなら、如月さんに会えれば素性がわかるかも知れない。が、そもそも今俺は、如月さんと連絡が取れないのだ。
三崎さんが詰め寄る。
「ハッキリしてよ」
「動いた」
「美奈? 何それ『動いた』って? どういうこと? ねぇ、どう言うことよ」
何度も三崎さんが聞き返すと、林さんは泣いた。
「村上くん、救急車を呼んで。私と一緒に病院に行って。お願い。私、一人じゃ耐えられない!」




