合宿へ向かう車中
俺はスマフォが鳴ったのを確認して、外を見た。
毛利の運転するステーションワゴンが、俺の家の前に止まっている。
バッグを持って、外に出ると、毛利が窓を開けて手を振ってきた。
後ろに荷物を置くと、ドアを開けて乗り込んだ。
「助手席は林さんに乗ってもらうつもりなんだけどな」
俺は言い返した。
「今、林さんが乗ってないんだからいいだろ」
「……」
車は走り出す。
いつもなら毛利から何か話しかけてくるのだが、運転に集中しているのか、何も話してこなかった。
俺から口を開いた。
「昨日の林さん、なんか変じゃなかったか?」
「ああ、そこは気づいたんだな」
「なんだよ、その持って回ったような言い方」
ナビが信号を曲がれといった。
「そもそも林さんの気持ちに気づいてたのかよ」
「なんだよそれ」
「ナビの到着予定時間何分って書いてある?」
俺は数値を読み上げた。
「じゃあ、話してやるよ。林さんはお前のこと好きだったんだ。なのに、お前が電車で見かけた女を抱くから、林さんがあんなになったんだぞ」
「どういう言い方で俺のこと林さんに言ったんだ。昨日の林さん、服の趣味がガラッと変わってたぞ」
「事実しか言ってねぇよ。それともお前の彼女の話は秘密にしろってか。お前ばっかり良い目にあいたいのかよ」
きっと林さんを煽るだけ煽って、毛利が林さんのことを思っている、というアピールに失敗したに違いない。
「お前が彼女を作る前に、しっかり林さんのこと断ち切ってくれてれば……」
「俺のせいにするのか?」
「だって俺が林さんのこと好きなことは言っただろうが。なんか半端に気があるそぶりを見せるから、林さんもきっと期待してたんだよ」
「そんなそぶりなんか見せたか?」
「見せたよ。だから林さんがあんなになったんだろ」
「……」
全部俺のせいかよ、と言いかけてやめた。
すでに車の運転に支障が出ている気がしたからだ。
俺が話すのをやめると、毛利も黙ってしまった。
車が、ナビの予定時刻より五分ほど早く目的に着いたことを告げた。
車を止めると毛利は、林さんに電話した。
「……うん。ああ、いるよ…… うん。ちょっと待ってて」
毛利が言う。
「林さん気持ち悪いから荷物持って欲しいって。ここだと車がきたら動かさなきゃいけないから、林さんの部屋、お前が行ってこい」
「いいよ」
「うん。村上が行くから…… うん。分かった」
電話を切ると、毛利は俺に顎で指図した。
文句を言うのも面倒臭い、と思って俺は黙って林さんのマンションに向かった。
入り口で部屋番号を入れるようになっていた。
スマフォのメッセージアプリを見ながら、番号を入れる。
「村上くん? 今開けるね」
開いたオートドアを通ってエレベータにのる。
林さんの部屋に着くと、鍵が開いた。
扉を開けると、林さんが口を手で押さえながら言う。
「ごめん、ちょっと入って待ってて」
俺は玄関に入ると、林さんは奥に消えた。
部屋が、かすかに酒臭い。
声や音から、吐き戻しているようだった。
「大丈夫?」
トイレを流す音が聞こえる。
林さんが顔を出すと、言う。
「……うん。お酒弱いのに、昨夜、ちょっと飲み過ぎただけだから。今、吐いたら楽になった」
「無理しなくても」
急に表情が厳しくなった。
「何、私がきちゃだめ?」
「いや、そう言う意味じゃないよ。体調悪かったら楽しめないんじゃないかと思って」
林さんは意地悪な笑みを浮かべる。
「大丈夫。旅行中、ずっと村上くんが荷物持ってくれるんでしょ」
「……かまわないよ」
「気がないくせに、やさしいのね」
大きなスーツケースが、部屋の奥に見えた。
「あれが荷物。上がっていい?」
「うん」
俺が部屋に入ると、林さんは言った。
「私の部屋に入る男のひと、これで二人目ね」
「へぇ、光栄だな」
「そんなこと思ってないくせに。けど、良いの。昨日で村上くんと対等になったから」
「?」
俺は林さんの言っていることが分からなかった。
とりあえずスーツケースを持って運び始める。
「私も昨日初めての経験をしたってことよ。これで村上くんと五分よね」
「そ、そうなんだ」
「そんな言い方すると思った」
俺たちが玄関を出て、扉が閉まった。オートロックらしい。
エレベータに乗ると、林さんがスーツケースを持つ手と反対側の腕にしがみついてきた。
「えっ?」
「まだ体調が万全じゃないかも。私、車の移動中、後ろで寝ててもいいかな」
俺の脳裏に毛利の顔が浮かぶ。
「毛利が助手席に座ってくれって言ってたけど……」
「村上くんも一緒に後ろに座ってよ」
「だから毛利がさ」
しがみついた腕から、歪んだ表情をして見上げてくる。
「……生理的に嫌いなの。村上くんがどんなに悪者で、あいつがどれだけ性格が良くても、受けつけないものは受け付けない。無理なものは無理なの」
「そこまで言う?」
すると林さんは、冷静な声になる。
「言わないわよ。そんな言葉を直接本人に言ったら研究会に居づらいじゃない」
車のところに来ても、林さんは腕を掴んだままだった。
毛利が、ウィンドウを下げると言った。
「大丈夫?」
表情は厳しい。
「ごめん、合コンの二日酔いなの。後ろの席で休んでていい?」
「……ああ。代わりに村上は助手席」
「村上くんに横にいてもらわないと」
「……」
林さんを睨むことが出来ない毛利は、俺を睨んでくる。
「吐いたりして車汚さないためにも、横にいて欲しいの」
「……分かったよ、林さん。もし吐くときは村上のシャツの中に履いていいから」
俺はドアを開けて林さんを乗せると、スーツケースを後ろに積んでから、後部座席に座った。
車が走り出すと、いきなり林さんが言う。
「私、お腹減った」
毛利がルームミラーに顔を寄せながら言った。
「佐々木のところに寄ったらコンビニ寄るから、それまで待って」
俺は横の林さんを見た。
シートベルトが斜に掛かっていて、胸が強調されているせいか、以前の林さんより大きいような気がした。