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別れ

 その日、俺は如月さんの知り合いのマンションに泊まった。

 さまざまな初めてを経験して、眠りにつくまでの俺は幸せだった。

 だが、翌朝、目が覚めると、俺は一人きりだった。

 部屋のどこを探しても如月さんはいない。

 俺のびしょ濡れだった服が、乾燥機にかけられ、畳んでテーブルに置いてあった。

 そのうち戻ってくるのだろうかと思って寝ていたベッド戻ると、その枕元に便箋があることに気づいた。

 書き留めてある内容を読むと、部屋から帰る方法が書いてあった。

 文書は全て事務的で、機械的に思えた。

 スマフォで時間を確認し、さらに、いつもの電車が、このマンションの最寄り駅に何分に着くかを調べた。

 俺は便箋に書かれていた通り部屋を整えると、部屋をでた。

 モーター音がして扉の鍵がしまる。

 俺は駅に急いだ。

 いつも乗る車両番号に立って、電車がホームに入ってくるのを待った。

 電車が止まり、扉が開くと『ラジオくん』が降りてきた。

 俺は車両と扉が間違いないと確信して、電車に乗り込んだ。

 いない。

 如月さんはどこにいない。

 何度も、何度も確認した。

 後ろの車両も探していたが、やはりいなかった。

 次の日も、次の日も。

 同じ車両に『ラジオくん』は乗っているが、如月さんは乗っていない。

 連絡も取れない。

 幸せの絶頂から、絶望の谷底に落とされた気がした。

 大学の授業が身に入らなかった。

 授業が終わっても呆然と座っていると、呼びかけられた。

「ああ、毛利か」

「お前、この授業取ってるんだな。そこを通りかかったらお前が一人で座っているから入ってきたんだ」

「へえ」

「村上、どうした? お前が研究会に来ないから、林さんがお前のこと心配してたぞ」

「そうなんだ」

「おい、心ここにあらずという感じだな。とにかく何があったか話してみろよ」

 俺は考えがまとまっていなかった。

 とにかくあった事実を、出鱈目な順番で、ひたすら話していた。

「そうか…… いたした次の朝に『ばっくれる』なんて、お前、相当下手だったとか?」

「……」

「嘘だよ。多分、彼女にも彼女の事情があるってことだろ。もう少し寛容になれよ。じゃないと本当に嫌われるぞ」

 そうか、と俺は思った。

 自分の気持ちが満たされないことを、勝手に彼女のせいにしていた。

 彼女にも事情があるかもしれないのに。

 俺は頷いた。

「週末は合宿だぞ。今日、明日のどっちか顔出せよ」

「ああ、そうする」

 話したせいなのか、毛利のその一言のおかげなのか、少し心が落ち着いた。

 その日は午後の授業が休講になり、研究会には顔を出さず、そのまま家に帰った。

 翌日はいつもの電車に乗るも『ラジオくん』すらいなかった。

 午後の授業の後、研究会の部屋に顔を出した。

「村上、やっと来たか」

 毛利が近づいてきた。

「連絡あったか?」

「いや」

「そうか。けど、焦るなよ」

「ああ」

 視野の端に露出度の高い服をきた女性が見えた。

 俺は、何気なくその女性の方を向いた。

「村上くん久しぶり」

「えっ? 林さん? 別人かと思った」

「ああ、これ? 私、今日、合コンなんだ。ほら、男ってこういうの弱いでしょ」

「そ、そうかな」

「村上くんがそんな事言うとは思わなかったわ。村上くん、そういう(ひと)を彼女にしたって聞いたケド」

 冷たい表情。研究会に顔出さないうちに、いつもの優しい林さんが変わってしまった。

 毛利が言う。

「林さん、明日は合宿なんだから、合コンで遅くなっちゃダメだよ」

「そんなの私の勝手でしょ」

「……そうだけど、寝坊しないでね」

「お持ち帰りしたら、起きれないだろうから、合宿先に行ってて。私は電車で追いかけるから」

「今日は林さん、どうしたの?」

「どうもしないわよ。合コンに呼ばれたってだけ」

 俺は話題を変えようと思った。

「俺は誰の車になったの?」

 毛利が答える。

「林さんと村上(おまえ)と佐々木が俺の車だよ」

「村上くんも同じ車だったのね」

「林さんが言うから……」

「そうだったっけ、忘れたわ」

 林さんは時計を見ると、言った。

「もう私、時間だから。じゃあね」

「ああ、じゃあね」

「林さん、本当に寝坊しないでね」

 林さんは言葉では答えず、指先をパタパタと動かしただけで、部屋を出ていった。




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