にわか雨
如月さんと知り合いになって数日経った。
研究会にいくと、毛利が話しかけてきた。
「どうだ『彼女』とは順調か?」
やけに声がデカい。
「なんだよ、彼女じゃねぇし」
「さっさとヤって感想聞かせろよ」
俺は如月さんとのことを、毛利に話したのは失敗だったと後悔した。
「おい、女子もいるんだぞ」
すると、毛利は苛立ったように睨んで言った。
「彼女いるのに、ここでもいい格好しようとしてんのか」
「なんだよ、そんなの関係ないだろ。一般的な常識を」
「そうかよ、俺は常識ないって言うのかよ」
林さんがやってきて言った。
「毛利くん、やめなさいよ」
「……」
毛利は、急に大人しくなって部屋の奥に行ってしまった。
「村上くん彼女できたんだ」
「林さんまで、そこ聞いてくるの? いや、彼女というか……」
「女子に対してなら言ってもいいでしょ。悩んでるなら相談のるよ」
俺は林さんにも如月さんの話をした。
「……そう。それは『フレンド』ね。脈はないから諦めた方がいいわよ」
「そ、そんな」
「真面目な話よ。村上くんにはいつもそばにいる、露出の少ない格好をした大人しい人がいいんじゃない?」
部屋の中の女子を一通り見回してから、林さんを見た。
「この中で言ったら?」
「えっ、そんなこと……」
「村上、机移動するの手伝ってくれ」
俺は林の言葉を待たずに、机移動の手伝いに行った。
大学を出ると雨が降り出してきた。
駅までならなんとかなると思って歩き出すと、急に雨粒が大きくなってびしょ濡れになった。
早めに判断して、コンビニで傘でも買えばよかった。俺は後悔した。
ターミナル駅で乗り換えて、家に向かう。
座席は空いていたが、びしょ濡れなので、椅子に座れない。
俺は扉近で立っていた。
すると、脇腹をつついてくる人がいた。
「?」
振り返ると、そこに如月さんがいた。
「珍しいですね。帰りの電車で会うなんて」
「帰りの電車で会うのは初めてですよ。それより、どうしたんですか? びしょ濡れじゃないですか」
俺は経緯を話した。
「この状態で、ずっと電車乗ってたら、かぜひいちゃいますよ」
如月さんは俺の服を摘んで引っ張った。
絞れるぐらい濡れている。
「やっぱり、電車を降りて、着替えましょうよ。着替えを貸しますし、それが嫌なら乾燥機を回す間休んでいきましょう」
いつも、俺が乗っている時には如月さんは電車に乗っている。つまり、俺の家の方が、如月さんの家より近い。だから、俺が家に帰った方が早いはずだ。
だが、如月さんは変なことを言ってきた。
「次の駅で降りますよ。そこからなら、知り合いの家がすぐです」
知り合いの家か。俺は自分の中で、微かに浮かんでいた『邪な考え』が間違っていたことがわかり、落胆した。
「その知り合いの方に迷惑ですよ」
「大丈夫です。心配ないですから」
「いや、どう考えても」
如月さんはスマフォを見ている。
「あ、もう知り合いが部屋を空けてくれました。これで行かないと知り合いに迷惑ですよ」
駅についても、イヤイヤを続けていた俺を、如月さんは強引に腕を引っ張って下ろしてしまった。
確かに準備させてしまっているのに、伺わないとなったら、それはそれで申し訳ない。
俺はそう言いかせて、如月さんについて行った。
そこは駅近くの築年が行ったマンションだった。
如月さんがスマフォを使うと鍵があいた。
「?」
部屋は真っ暗だ。
知り合いがいるのだと思っていたが、そこから見える限り暗闇だった。
如月さんが照明のスイッチを入れると、振り返る。
「どうしたの? 誰もいないから上がって」
後ろで扉が閉まると、モーター音がして鍵がしまった。
俺は戸惑い、上がれずにいると、如月さんが言う。
「そうか、えっとシャワーはこっち。靴下も濡れてるよね? そこで脱いじゃって」
そんなことはどうでも良かった。
俺は『誰もいないから上がって』と言う意味が知りたかった。
当初、『知り合いの家』だというから、家族のいる一軒家をイメージしていた。
ただ俺が着替える為だけに、その知り合いからマンションの一室を丸ごと借りたのだろうか?
俺が反応出来ず、かつ、部屋にも上がれずにいると、如月さんは言った。
「そうだよね、足を拭かないと部屋汚しちゃうもんね。とりあえず、タオルと肌着を持ってくるから待ってて」
俺は靴下を脱ぎ、タオルで拭いてから部屋に上がった。
如月さんに言われるまま、服を全て脱いで洗濯機に入れた。
シャワーを浴びていると、如月さんが言った。
「背中、洗ってあげようか?」
その言葉を耳にした瞬間、気持ちが爆発しそうになった。
「えっ、あの……」
答える前に、扉が開いて如月さんが入ってきた。
鏡に映る如月さんは、一糸もまとわぬ姿だった。