表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/20

デジャブ

 奴らは追ってこなかった。

 追ってこようとしているのかもしれないが、警察との撃ち合いで時間を費やしているのだろう。

「美奈子、運転出来たんだ?」

「これ、お父さんの車と同じだったから、操作を知ってるの」

 鍵がついて、エンジンがかかっていたことから考えて、この車は警察の車両と思われた。

 公道に出ると車の運転を代わり、街に出たら車は乗り捨てた。

 車に入っていた財布から現金だけ抜いて、俺たちは街でタクシーを拾い、病院に向かった。

 俺は撃たれた部分の傷の手当てをしてもらうと、電車に乗った。

「なんかここは、別の世界に来たみたいに平和だ」

「……」

 林さんは、俺の言葉を聞いているのかいないのか、窓の外を見ている。

 トンネルだから、窓の外は何もない暗闇だった。

 死んでしまった蓮や、瑛人のことを考えているのだと思った。

「美奈子……」

 俺が呼ぶと、涙を流した顔を向けた。

 抱きしめると、俺は彼女の髪に口づけした。


 なんとか自宅に着いた俺たちは、パソコンでインターネット・ニュースを、テレビやラジオをつけてニュースや報道番組をしらみつぶしに見たが、どこにも記事になっていなかった。

 翌日、俺たちは怖くて家から出れなかった。

 同じように必死に調査するが、何も記事になっていない。少なくとも一人の警官が死んでいる。その後の撃ち合いを考えれば、四、五人の警察官が死んだり、怪我をしたりしているはずだ。

「俺たちの居場所はバレているんだろうか」

「……瑛人にここの住所を伝えたことはないわ」

「けど、部屋に招き入れたんだろ?」

 彼女は怒った。

「なんでそんなこと蒸し返すの」

「モーフリング側が、俺たちの情報を掴んでいて、反社がそれを知ったら、ここにやってくるかも」

「じゃあ、どうしろっていうの。一生、逃げ回れと?」

「……」

「私は明日大学に行って、休学してくる。そして仕事を探すわ。忠さんはしっかり大学に行って」

「どういう意味だよ」

「ついでに、私の部屋も引き払ってくる」

「だから、どう言う意味だよ」

「私、あなたと結婚する」

「!」

 勝手に決めるな。俺が何か言ったのか。怒りのような気持ちが湧いてくる一方、運命の女性なのだ、これを受け入れるべきだ、という考えがあり、二つがせめぎ合っていた。

 断るなら、今言うべきだ。

 俺は断らなかった。


 その夜、俺は夢を見た。

 ノートPCのような機械を開き、机に座っている。

 対面する机に、男が座っていた。

 髪は短く、丸く刈り込んでいた。

 しばらく髭をあたっていないらしく、顎と鼻下に髭が見える。

 俺は慣れないタバコを口にして、煙を部屋に吐き出していた。

 俺は一度立ち上がり、窓の自動シャッターを下げると椅子に戻る。

 シャッターが下がっていくにつれ、部屋が暗くなっていく。

 天井についた羽根、シーリングファンがゆっくりと回っている。

 羽根(シーリングファン)の影が、俺と対面する男の間を行ったり来たりしていた。

 俺はノートPCのディスプレイで自分の口が、相手に見えないように、少し低く座り直した。

「質問するから、可能な限り早く答えて。反射速度のテストだ」

 俺はなぜ(・・)そんなことを言っているのかわからなかった。

 最初は、ノートPCに表示される質問を、読み上げた。

「嫌だね。そいつに刺されたくないからな」

 男の挙動は何かを隠しているようだった。

 オドオドした感じ、というべきか。

 次の質問は、ノートPCから発せられた。

 俺には聞き取れなかった。

 だが、男は答える。

「デッカードって言ったっけ? あんた、俺に死ねって言うのか?」

 ノートPC『確定』の表示が点滅する。

 俺はタバコを口に咥え、手を上着の下に滑らせる。

 固く、ひんやりしたグリップを握り込むと、素早く取り出して、男の額に照準を合わせる。

 銃身が綺麗に一直線に揃ったタイミングで引き金を絞る。

 銃の重さやグリップの硬さから想像できないほど、トリガーは軽い。

 射出された弾丸が、正面に座っていた男の頭蓋を破壊した。

 俺は立ち上がって死体を確認する。

 そしてスマフォで連絡する。

「モーフリングを一匹処理した。後片付けを頼む」


 そこで目が覚めた。

 変な寝汗をかいていて、シャツがべったりと体に張り付いていた。

 俺の右腕に頭を乗せ、林さんが寝ていた。

 右腕が痺れるのは、このせいだ。

 下手をすれば変な夢もこの腕の痺れのせいかもしれない。


 俺は林さんと結婚した。

 それから間もなくして、彼女の妊娠が分かった。

 日付から考えて、蓮にパソコンを教えた日だと思われた。

 日付もそうだったが、その日ぐらいしか『避妊』を考えずにした日がなかったからだ。

 お腹の中で、ゆっくりと、時間をかけて成長する子供の姿(エコー)に、俺も彼女も安堵した。

 俺は大学を卒業し、働き出した。

 彼女と、そろそろ子供を幼稚園に入れようとか、そんな話をしている時期だった。

 その朝、勤めている会社に行くため、俺は電車に乗った。

 大学と勤め先の住所は違ったが、大学時代と同じ路線を継続して利用していた。

 ふと見た座席に、如月遥香に似た女性が座っているのに気づいた。

「!」

 隣に座っている男も俺が『ラジオくん』と呼んでいた如月瑛人に似ていた。

 いや、完全に死んだんだ。あの時、確実に。

 俺は首を振り、二人を見ないように努力した。

 突然、車内に声が響いた。

 

『昼のラジオは飛満津(ヒミツ)ヒカリのヒマに任せて。こんにちは! ヒミツヒカリです。アシスタントの今川アキです。今日は水曜日。ヒミツヒカリのヒマに任せて! スタートです。

 プープップープープ。(オープニング音楽らしい)』


「こら、ここは電車の中だぞ」

 女性が、隣でラジオ番組の真似をする男をたしなめる。

 まるまま『ラジオくん』の再現だ。

 俺は男の顔を見た。

 違う。

 如月瑛人ではない。どこか違う。隣の遥香さんに似た人も、遥香さんそのものではない。

「……」

 俺は気づいてしまった。

 ラジオのモノマネをした男と、隣に座っている女性。

 ただのチョーカーではない。『ハントクラブ』でつけられたあの『首輪』そのものをつけていた。

 そして、二つの首輪から、フードコートで注文の仕上がりを知らせるようなブザー音が鳴る。

 同時に、バイブレーターの振動音。

 さっきから、車内の全員がその二人に注目していた。

 男と、女は、『何かが聞こえている』様子であたりを確認している。

 電車が次の駅に止まると『首輪』をつけた二人が降りる。

 ホームの反対側に下りの電車が入ってきた。

 キョロキョロと周りを見回しながら男と女がそこに立っている。

 下りの電車からサングラスを掛けたスーツの男が降りてきて、そいつは自身の上着に手を突っ込んだ。

「まさか……」

 立て続けに銃声がして、電車の窓に血が掛かった。

 換気のために上部が少し開いていた窓から、血が車内に入った。

 二人を撃った男は、銃を左脇の下に収めると、何事もなかったようにスーツの男は下りの車両に乗り込む。

 撃たれた二人の体が、俺の乗っている上り電車の車両にもたれかかってしまい、電車が出発出来なくなった。

 上り電車がトラブルで止まっているのをよそ目に、下り電車は走り去っていく。

 騒ぎ出した乗客と、倒れた二人を確認しにきた駅員が事態に気付き、大騒ぎになった。

 車内にはスマフォで映像を撮り始める狂った奴らがいて、俺は吐き気がした。

 俺は電車を降りてこの場を去ろうしたが、駅員は、警察が来るまで動かないでくださいと言い始めた。

「取引先との約束に間に合わない。降りてタクシーをつかまえなきゃ」

 駅員は警備を呼んできた。

 警備の人が言った。

「お名前と連絡先を教えてください」

 携帯に一度掛けるまでされてから、俺は解放された。

 駅を出ると、会社に連絡して、今日は休むと告げた。

 そしてタクシーを捕まえ、自宅に戻った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ