暴力装置
履いていたチノパンの太ももが破れ、血が出ていた。
完全に足を貫いたわけではない。しかし布と皮膚を引き裂いている。
『ヒットぉぉぉー! まだまだ獲物は元気です。続いていきましょう!』
林さんの肩を借りて、立ち上がることはできた。
「よくも村上パパを!」
蓮が拳に力を入れている。
「やめろ蓮、迂闊に動けばお前が標的になるぞ」
銃声が聞こえてこない。
俺に当てているのだから、とどめを刺しにくるとか、追い討ちをしてくるところなのに。
銃を試している客達も、何か異変を感じたのか、こっちを見てはいるものの、建物の奥の様子をチラチラ伺っている。
俺は小さい声で言った。
「(チャンスかもしれない)」
「そうね」
「僕もそう思う」
俺は建物の端に置いてある白い機械のついた棒を確認した。
その機械の周りにいたはずの迷彩服の男たちがいなくなっている。
何かトラブルが発生していると考えていいだろう。
「行こう、あの機械で首輪を無効化して外すんだ」
「分かった!」
「蓮、だめよ一人で行ったら」
俺は足を抑えながら、蓮を追いかける。
「美奈子も!」
走れていない俺も建物まで四十メートルを切った。
気がついた客達が、再び銃向け、撃ち始める。
しかし背後の騒ぎに気が散って、注意が散漫なせいか、なかなか当たらない。
「きゃっ!」
先に撃たれた者の血で、林さんが滑ってしまう。
客の銃口が一斉に林さんに向けられる。
「ママ!」
蓮は引き返して、林さんの前に手を広げて立ち尽くす。
「ほら、立って!」
俺が林さんを引き起こす。
「蓮、逃げて!」
「ママ!」
俺たちを振り返った蓮に、銃弾が命中する。
一つ、二つ、三つ……
いや、あっという間に、数え切れないほどの銃弾が、蓮の体に突き刺さっていた。
血飛沫の量で、助からないと悟った。
「蓮!」
「蓮、死んじゃだめ!!」
蓮は血を噴いて、膝をついた。
「ダメだ。僕は死んじゃう。助からない……」
林さんが蓮に近づこうとするが、俺は引き留める。
「蓮、あなたを死なせない。私が助けるから!」
「いい? ママ達は、僕が言ったらあの建物に向かって走って。僕の方が耳がいいから」
「何を言ってるの、喋っちゃだめ。死んじゃだめなんだから!」
膝をついたまま、蓮は手を横に開いて首を横に振る。
「僕は幾つも弾が当たっていて助からない。ただ聞こえるんだ。建物の奥に警察が来ている。僕が生まれた病院で見た人だよ」
俺は思い出した。
確かに、蓮が生まれ林さんが入院していた時、つけてくる男がいた。
何故小さい蓮がそのことを覚えているのかはわからない。
『止まれ、令状なしの捜査は違法だぞ』
『そこから銃声がしてる。調べさせろ!』
蓮は建物から聞こえてくる微かな声を聴き、言った。
「今だ! 警察が来た。客は銃を撃てない」
銃声が止んだ。
「蓮、だめよ、死んじゃだめ」
言い終えた蓮は、膝立ちのまま、目を閉じる。
建物側から声が響いてくる。
「大音量で映画を流してるんですよ」
「なら別に困らないだろう。本当に銃を撃ってないなら、証拠を見せろ」
「不法侵入で訴えますよ、止まりなさい」
俺は腿を抑えながら必死に歩いた。
「蓮の死を無駄にしちゃいけない!」
林さんは頷く。
そして泣きながら走りだす。
建物から客達が話す声が聞こえる。
「ガサ入れらしい」
「急いで銃を隠せ」
「残った二人をどうする」
「大丈夫だ、一人は怪我をしていて、もう一人は『ヒト』の『女』だ」
「モーフリングじゃないなら、大丈夫か」
建物の奥の扉が開き、男が出てきた。
確かに見覚えのある男だ、俺がつけられていたのは、まだ二、三週間前の話なのだ。
「警察だ。全員、銃刀法の不法所持の現行犯で逮捕する」
俺は白い機械を持って、林さんの首に当てる。
長い電子音がして、首輪の一部が点滅した。
俺はそこを押すと、林さんの首輪が外れた。
そっと床に置くと、今度は林さんが俺の首に機械を当て、俺の首輪を外した。
「どうして銃刀法違反だとわかる?」
客の中の一人が、警察に食ってかかる。
聞き覚えのある声。俺は寒気がする。
こいつがヒミツヒカリだ。
「残念だが、これは単なる反社会勢力のシノギではないんだぞ。お前のような警察の下っ端が扱う案件じゃない」
ヒミツは、大口径の自動拳銃を警察官の頭に当てた。
「お前一人ぐらい消しても握りつぶせる」
ヤバい。
本当にそうだとしても、それは嘘で、ヒミツの妄想だとしても、ここに踏み込んだ警官を殺すような奴と戦ってはいけない。逃げる、それしかない。
「美奈子、とにかく建物の外に!」
「!」
林さんは扉を開けて、建物の外へ出た。
俺は痛む足を抑え、引き摺りながら、遅れて外に出る。
突然の爆裂音、同時に振り返ると、俺をつけていた警察官が倒れた。
もう顔はぐちゃぐちゃで、本当に俺を尾行していた警察官と同一人物かどうか、見分けはつかなかった。
「おい、お前達も逃すかよ!」
ヒミツにハンドガンを向けられて、俺は死を覚悟した。
「乗って!」
林さんがどこからか、真っ黒なワンボックスに乗って、やって来た。後部のスライドドアが自動でゆっくりと開いていく。
再び爆裂音、扉のガラス部分が振動でヒビが入り、金属部分に穴が開き裂けたが、弾は俺まで届かなかった。
「早く! 乗って!」
警官らしき人物が言う。
「こら! その車止まれ!」
もう一人の警官は、建物側に向かって銃を向け、言う。
「銃を捨てろ!」
ヒミツ以外にも、建物の窓から銃を持った連中が次々現れる。
ヒミツヒカリが、それら全員をしきっていた。もしかして、ヒミツは客ではないのかも知れない。俺は勝手にそう思った。
駐車場と建物に分かれ、警察とヒミツヒカリを中心にした迷彩服を着た反社側が、互いに銃を手にして対峙した。
俺はワンボックスに飛び込み、車の椅子にしがみつく。
「乗った!」
横のドアを開けたまま、黒いワンボックスは走り始めた。
車が退くのを待っていたかのように、撃ち合いが始まった。
手の力で這い上るようにシートに上がり、後方を見ると、警察側がどんどん撃たれている。
「ダメだ、すぐに連中が追いかけてくるぞ」
「なら、飛ばすわよ!」
林さんがアクセルを踏み込むと、砂利が激しくタイヤハウスに当たる音がして、車は速度を上げた。