ターゲット
大勢の人をかき分けて、遥香さんが俺に近づいてきた。
「私たちの置かれた状況を説明します」
遥香さんがそう言った。
電車で見かけた時のような、露出の高い服とは違い、部屋着のようなダボダボのパーカーを着ていた。
「蓮が伝えたと言っていたから、私たちがどういう存在なのかはわかるかしら」
「遥香さん、俺は君の口から説明を聞きたい」
俺はそう言っていた。
「そう。難しいことを聞きたいのね。あなた達は『自分達自身』のことをどれだけ説明できるのか聞いてみたいわ」
「俺は人間だ」
「簡単な言葉ね。私たちだって『人間』だ、と言いたいわよ。大した違いはないんだから」
ラジオくんが、俺に向かって近づいてくる。
「説明する必要ないよ。ここで締め殺せばいんだ」
「瑛人、やめなさい」
遥香さんが、瑛人の腕に触れると大人しく引き下がっていった。
「私たちは、自分達をモーフリングと呼んでいるわ。この国の人なら、変異者と表現した方が分かりやすいかもしれない。自分達で生殖できず、あなた達人間とペアになって子供を作る。けれど、あなた達とは成長速度が違うから、あなた達の社会に組み込まれない。どこの国でも半端者として扱われる」
「どこの国でも…… 今、そう言った?」
「まあ、今そんなこと言ってもあなたにも私にも何もできないけど」
俺は怖くなった。俺が無知なだけで、世界でこの種が増殖しているのかもしれない。世界の人口爆発は、もしかして、このモーフリング達のせい、なのだろうか。
「違いは他にもいろいろあるけど、やっぱり今言っても混乱させるだけだからやめとく」
「聞いてもいいか? 俺たちをここに落とした迷彩服の連中は何者なんだ」
「あなたたちが反社会勢力とか呼んでる連中と、それに雇われている人ね」
反社会勢力? ヤクザとか暴力団とか呼んでいる連中のこと?
「本来、モーフリングは反社とは敵対しない存在なのよ。さっきも言ったけど、私たちはあなた達にとって『脅威』だからまともな仕事ができない。私は反社の風俗で働いてた。ここにいる大勢の子供を育てなければならなかった。零歳の私を雇ってくれるのは反社しかなかった。この子たちも皆、同じように仕事を貰っている」
蓮がみていたネットの情報と同じだ。
「じゃ、なんで、こんなところに閉じ込められているの?」
「やっぱり、短期間に増えすぎて怖くなったんじゃない。あるいは国家権力と取引したかもね。見逃す代わりにモーフリングを処分しろとか言われた可能性はある」
遥香さんがついてくるように手を動かした。
俺は後をついて歩いていく。
人の間を縫うように進みながら、周りの人の顔を見る。
様々な顔の人がいた。女性だと、どことなく遥香さんの面影がある人が多い。
洞窟の出口が近づいてくると、同時に俺は絶望した。
遠くから見ていた時には分からなかったが、出口には金属の格子が嵌められ、出ることが出来なかった。
「そんな……」
「出口が閉じている程度は、まだ絶望するとこじゃないわ」
『ピピピピ、ピピピピ……』
単調なブザー音と共に、馴染みのある振動音が聞こえた。フードコートで注文の料理が出来上がったことを知らせるあのブザーと振動音だ。
遥香さんは群衆に呼びかける。
「誰!?」
「母さん、俺だよ」
モーフリング達が左右に分かれ、遥香さんと瑛人の間に道ができた。
「瑛人!」
洞窟の奥から瑛人が走ってくる。
そして遥香さんと抱き合った。
「瑛人……」
「大丈夫だよ。俺は死なない。絶対逃げ切ってやる。七星の滝で会おう」
洞窟の中に突然、声が響く。
『早く用意しろ。出てこないならその場で殺す』
その声はスピーカーを通じて洞窟内に響いた。
遥香さんは泣いている。
瑛人が、遥香さんを置いて出口に嵌められた金属の格子に近づいていく。
一部、通路のように筒状の部分が設けられており、その両端に扉がついていた。
手前の扉に瑛人が近づくと、ブザーが鳴って鍵が開いた。
瑛人は扉を開けて、閉めた。閉めるとブザーが鳴り止んだ。
筒状の通路を奥に進んでいくと、再びブザーがなった。そして奥側の扉の鍵が開いた。
俺は格子状の出口に近づいた。
「?」
瑛人は洞窟の方に振り返ると、手を振って頷いた。
「お父さん!」
蓮が叫んだ。
瑛人は優しく微笑んで、手を振るだけだった。
そして扉に向き直ると、洞窟の外に飛び出して行く。
俺はさらに出口に近づいた。
洞窟の出口の前は急斜面になっていて、そこを降り切ると扇型に広がっている。
扇の中心点は、洞窟の真正面にある建物だった。
ゴルフの打ちっぱなしのように、一階部分と二階部分があり、スペースが分けられていた。
「!」
建物側のスペースに、猟銃を持った男達の姿が見えた。キャップに防音用のイヤーマフ。
サングラスしている人もいれば、裸眼の人もいる。
こっちに狙いをつけている人も、弾をこめている人もいた。
まさか……
建物側から声が響く。
『ターゲットが放たれました!』
つまり瑛人が獲物なのだ。
建物側から銃声が響いた。
どこに飛んできたかわからないのに、反射的に体が避けていた。
「瑛人!」
「お父さん!」
「……」
洞窟の出口に近づいて来たのは、林さんと蓮、遥香さんだった。
ここに流れ弾が当たってもおかしくない。
「蓮、美奈子、遥香、ここから下がらないと俺たちにも当たる」
また銃声が響く。
『ヒットぉ! しかし、獲物の勢いは衰えません!』
瑛人の足に当たったようだった。しかし、まだ走り続ける。
「おおお!」
瑛人は、フィールド全体を見渡した結果、逃げ場がないと判断したのだろう。
建物方向に向きを変えた。
撃つのを躊躇っていたように思えた銃声が、迫ってくる獲物に反応して連続して聞こえ始める。
撃ち手が下手なのか、瑛人の回避動作が早いのか、止められない。
『ほら、相手はゾンビですよ!? 食われますよ? ほら、頑張って!』
ライフルとは違う銃声がした。オートマチックのハンドガンだろうか。
致命傷を負った瑛人は立ち止まってしまう。
さらに銃声が重なっていく。
あちこちから、血飛沫をあげ、瑛人の体はズタズタになっていく。
俺はそれ以上、見ていることが出来なかった。
蓮や美奈子、春香と体を寄せ合って、泣き、震えていた。