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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第五章 山梨編
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第77話 Absurdity

 じんわりと痛む脇腹。




 僅かな光。




 黴と埃臭い空気。




 覚醒した直後の俺の認知力はその程度だった。




 数分後、倦怠感に支配されている身体をゆっくりと動かす。右の脇腹の辺りに鈍痛が走る。


「ぐっ…」


 その痛みでようやく、自分の置かれていた状況を思い出した。川崎に右の脇腹を撃たれ、その後村雨さんに出血を止める特殊な薬品を注射してもらい…

 そこからは記憶が曖昧過ぎて、何があったか思い出せない。


 痛む脇腹を庇いながら、身体を起こして周りを見る。どうやらどこかの小屋の中にいるらしい。

 そして自分の身体は黴と埃の臭いがする床に横たわっていた。

 そのまま視線を巡らして行くと、部屋の隅の辺りで地べたに座り、壁を背にして寝ている村雨さんの姿が目に入った。


「村雨さん…」


 呼びかけてみるが、俺の声はカスッカスで到底寝ている人を起こせるような声ではなかった。

 だが僅か2秒ほど後、村雨さんはゆっくりと目を覚まし、互いに目が合う。


「…向井さん、起きたんですね」


 掠れた声の俺ほどではないが、村雨さんもやや疲弊したような声だ。彼女はすぐに立ち上がると、身体を起こした俺の隣まで近付いてきた。


「その、傷は大丈夫ですか…?」

「痛みますけど、何とか動けそうです」

「そうですか…弾は運良く臓器を避けて、脇腹の皮膚と筋肉を損傷させただけのようです。出血もあの薬ですぐに止まりましたし、傷口は化膿したり等はしていないようです」


 そう言われて、俺は服を捲って脇腹の傷を見る。肋骨と骨盤の間の腎臓の近くが傷のようで、包帯が腹に巻かれている。撃たれた時はバイタルをやられたと思ってかなり焦ったものだが、本当に運が良かった。いや、1キロ以上離れた場所からSVDで狙撃され、弾を食らっている時点でだいぶ運が悪いな。

 それと、服が新しい物に変わっている。弾痕も血糊も付いていない質素なグレーのTシャツだ。


 俺は傷を確認し終わり、視線を村雨さんに戻して問いかける。


「水、ありますか?」


 そう言うとすぐに彼女はバックパックを手に取って、中から水筒を取り出して俺に差し出した。




 受け取った水筒の水をひとしきり飲んだ後、カッスカスだった声が戻ったのを確認して話を続ける。


「それで、あれからどれくらい経ちました?」

「丸1日です。ずっと目を覚まさないので、心配しました」

「1日…か。それで、ここは?」

「私たちが拠点を監視していた場所から西に3キロほど移動した場所にある神社の中です」

「元凶の奴ら、どうなったかわかりますか?」

「向井さんに肩を貸して逃げている時、いくつかの車両音がしました。生き残った者が何人かいたようです」

「その車両、どっちに?」

「遠かったので、確証はないですが、おそらく南へ」


 ここから南へとなると、山梨方面か。雁坂トンネルを通って行ったんだろう。

 さて。追わないとな。

 痛む脇腹を押さえて、立ち上がる。傷口は動くと痛むが、歩けないわけではない。行けるな。


「俺は元凶を追います。あなたはどうしますか?」

「…もちろん、一緒に…」


 俺は村雨さんの振る舞いを忘れたわけではない。彼女は空爆を外すために、俺と一緒に誘導装置を撃ったのだから。

 幸いにも空爆は元凶の拠点内に落ち、感染者が大量に現れるという結果になったため、あの拠点を壊滅させるに至った。だがもし空爆が完全に外れていたら、もし感染者があの拠点内にいなければ、作戦は失敗していただろう。

 しかし、俺はその後に彼女に命を救われている。川崎に狙撃された後、俺1人では応急処置もままならず出血多量で死んでいたかもしれない。もし出血を止められたとしても移動できずに、その場で追撃を受けていた可能性だってある。それに、俺の腹に包帯を巻いて、服まで着替えさせてくれたしな。

 そのため村雨さんが完全に敵であるとは断言できない。だから、これだけは聞いておきたい。


「また、俺の邪魔をする気ですか」


 俺の言葉を受けて村雨さんの表情が曇る。


「…それは、わかりません。今でも、あの時の私の判断は間違っているとは思っていませんし、あの時と同じ状況が起これば同じことをするでしょう。いくら相手が数百万人、数千万人を感染者に変えた相手であったとしても、あの場所にいた子どもたちの命を奪っていい理由にはなりません」


 確かに、倫理的にはその通りだ。通常の軍事作戦であれば攻撃は中止されていただろう。


「ええ、俺も村雨さんが間違っているとか、おかしいことをしたとは思っていません。客観的に見れば俺の方が狂った振る舞いをしているんですから」


 自覚はしている。俺がただただ復讐を果たすだけの悪鬼だということを。


「それなら…なぜ」


 村雨さんの曇った表情は、より深刻さを増し、瞳は悲しげに、声色は今にも泣きそうだった。


「なぜって、それ以外に、どうすることもできなかったから」

「…」

「あの時、子どもが見えた時点で攻撃を中止していた場合、おそらく元凶の連中は自衛隊に狙われていることに勘付いて何かしらの対策を取っていたことは間違いない。川崎という元傭兵がいたんだ、空爆から逃れる術を知っているだろうし、二度と同じ手は通じなくなる。それにもし、元凶の拠点から子ども以外を排除する方法があったとして、残った子どもたちはどうなる。この世を破滅に陥れた連中の子どもを助けてくれるお人好しがどれだけいる。それに自分の親たちを殺された子どもたちが俺たちに大人しくついて来てくれると思うか。つまり、あの場で生きるも死ぬも、あの子どもたちにとっては同じことだったんだ」

「…」


 あまりにも、この終わった世界は理不尽だ。

 力無き者は淘汰される。

 特に子どもという力も知恵もない彼らには自分たちだけで生き残る術はなく、大人の庇護下にあるしかないのだ。そしてその大人たちが全ての元凶であり、これからも脅威であり続ける以上は排除するしかなかったのだ。


「どうして、いつも、割を食うのは、子どもたちなの…」


 村雨さんは地べたに座ったまま顔を伏せて、そう小さく呟いた。

 構わずに俺は続ける。


「俺はこれからも容赦せずに元凶の奴らを殺していく。女でも、老人でも…たとえ子どもであろうとも。俺が死ぬか、奴らが全て死ぬか、どちらかになるまで俺は復讐し続ける」


 もう、俺は引き返せないところまで来ている。もはや自分が人間であるかどうかすらわからない。


「それでも、共に来る覚悟があるなら、俺は止めはしない」


 あの時と同じように、俺に敵対する可能性があるとしても構わない。本当に敵だというのなら、俺のことを助けたりなんかしなかっただろう。




 やがて村雨さんは顔を上げて立ち上がり、俺を見る。さっきまでの曇った表情や悲しげな瞳は影もない。

 いつもの凛とした真剣な表情で口を開く。


「あなたが本当に間違っていることをしてると思えば、力尽くでも止めます。それだけはわかっていてください」

「ええ、もちろん。構わないですよ」


 彼女に殺されることがあったとしても、それはそれでいいのかもしれない。彼女は何も間違ったことはしていないのだから。いつか俺が本当に狂ってしまった時は、彼女が俺を終わらせてくれるだろう。


「じゃあ、行きましょうか。奴らは雁坂トンネルを抜けて山梨へと向かったはず。追いかけましょう」

「はい」


 俺と村雨さんは神社から出て、森の中を通る林道を歩き出す。

 数分も歩くと、沿道に小さな集落があった。村雨さんによると感染者も生存者もいないことを確認したという。無事に避難できたのか、もしくは元凶に拉致されたのかはわからない。

 集落を抜けて下り坂を歩き続け、国道140号線へと出た。この道を進むと、雁坂トンネルがある。2000年頃に開通した有料道路になっているトンネルで、埼玉山梨間を結ぶ唯一の自動車道だ。確か日本一長い一般道のトンネルだったと記憶している。


 そこからは緩い登り坂となり、沿道から建物はなくなり、比較的広く舗装も綺麗な山道を歩くことになった。

 とはいえ、俺の腹の傷のせいか進む速度はあまり早くない。覚悟があるなら共に来いと言ったくせに、なんとも格好の付かない男だ。


 1時間もせずに途中で休憩を取り、バックパックからグラノーラバーを取り出して、隣にいる村雨さんと共に齧る。ホワイトチョコとベリーが入った物だ。

 久しぶりの食事だったが、正直なところあまり食欲はなく、味も良くわからなかった。一時的な薬の副作用であればいいのだが。




 さて県境までもうすぐだ。あといくつかトンネルを抜けて橋を渡ると、雁坂トンネルがある。脇腹の痛みを堪えながら、さっきよりも早足で登り坂になった国道を歩き出した。






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