第75話 狂気の沙汰
時系列:物語開始の約1年前
場所:某所車内
「今回の仕事は面倒だぞ」
真夏の川沿いの道路を走り、2割ほど開けた窓からは涼しげな風が強めに流れ込んで来るが、隣でハンドルを握っている川崎はしばらくの沈黙を破って、渋い声で仕事の話を始めた。
「相手は地方のカルト教だ。森の奥に信徒を集めて集落を作っている。そいつら全員を逃がさずに殺せ、とのお達しだ」
「俺1人でやれって言うのか…?」
「いいや。今回はお前と俺、そして数人仲間がいる」
「仲間…?」
「まあ、今のところは仲間だ。1人を除いて同じ境遇の連中さ」
他にも俺と同じような境遇の者がいるのか。家族や恋人などを人質に取られ、謎の組織の下っ端として汚れ仕事をさせられているわけだ。
しかしどおりで今回はいつもと違う7人まで乗れるワンボックスに乗って来たわけか…
ただ…
「…1人を除いて、と言ったか?」
「ああ。その1人は俺がお前に技術を教えているのと同じように、自分の配下数人に殺しの技術を教えている男だが、自ら望んでその仕事をしている酔狂な野郎だ」
そりゃとんでもねえ野郎だ。川崎は自分の孫を人質に取られて致し方なくやっているが、そいつは自らが望んで人殺しに加担している、本当に狂った奴なんだろう。
そんな奴と共に行動するのは不安だが、やらねば死ぬのは俺だけではない。
「それで。仲間?は何人いる?」
車は川沿いの道を外れて、大通りへと出てすぐに高速の入口へと進入した。料金所のETCレーンを走り、ゲートを通り抜けて、東京方面へ向かう分岐に進む。
「4人だ。都内で合流する」
川崎はそう言って車を高速道路の本線へと合流させるためにアクセルを踏み込んだ。
ここからだと東京までは3時間ちょっとか。俺は川崎を横目で見て、話し始める素振りがないのを確認して、少し深めにシートに座り直して目を閉じた。3時間でも寝ておくか。
ギィ…というサイドブレーキを引く音が聞こえ、目を覚ます。どうやら目的地に到着したらしい。
軽く目を擦り、隣にいる川崎を見る。腕時計で時間を確認し、眉をひそめている。車外に目を向けると、見たことのある景色…俺が少し前まで通っていた大学の近くの大通りの路上だった。端に寄せて停車しているようだ。
「待ち合わせの場所か…?」
俺が隣にいる川崎に声を掛けると、彼は無言で頷いてからまた時計に視線を落とす。どうやら待ち合わせの時間なのに仲間は現れないらしい。
それから無言で待つこと15分。数人の男たちが4人、脇道から歩いてこちらに向かってくる。川崎が停止させていたエンジンを掛けたため、どうやら彼らが待ち合わせの相手だったようだ。
男たちは俺と川崎の顔を見ながら近付いて来て、後ろのスライドドアを開けて、中列の座席をずらして2人が後列へ乗り込み、座席を元の位置に戻してから2人が中列に乗り込んだ。
スライドドアが閉まったのを確認すると、川崎はサイドブレーキを降ろし、ウィンカーを出して車を発進させた。
「いやぁ、悪い悪い、川崎のおっさん、飯食ってたらよぉ、ちと遅れちまったわ、へへっ」
車が発進してから数秒すると、中列に座った男の1人が悪びれる様子もなくしゃべり出した。
「時間は守ってくれ。特に俺と仕事する時は」
川崎はそう言ってルームミラーに目をやって、後ろに座っている男に一瞬だけ視線を向けた。
「ああ、悪かったって、今からはあんたの指示通りに動くさ。ところで、おっさんの部下は1人かぁ?」
そう言って後ろに座っている男は、助手席にいる俺の顔が見えるように身を乗り出して前列へと近付いてきた。
俺はその気配を察して首を30度ほど右に向けて動かす、視界の端にその男の顔が写るように。
身を乗り出した男は、30代前半くらい、中肉中背だが衣服に隠れていない首の部分の筋肉はかなりのモノで、只者ではない雰囲気だ。顔は少しチャラい感じだが、整っているという印象を受ける。
少しして、横で運転を続ける川崎が口を開く。
「俺の部下の向井だ。今回の仕事では俺と一緒にお前らを援護することになる。向井、その男が例の野郎で、赤城って奴だ」
「おいおい、おっさん、どんな紹介だよそりゃ…」
…この赤城という男の声、どこかで聞いたことがある気がする。
「へへっ、よろしくー向井。んじゃこっちの紹介もしようか、俺の隣に座ってるのが牧田、後ろに座ってるのが村上と飯塚」
赤城は指を指しながらそれぞれ紹介していくが、俺の位置からは後列に座っている1人は見えなかった。まあ、別に興味もない。同じ境遇だからと言って馴れ合うつもりもないからな。
「紹介は終わったな…」
川崎はそう言ってから黙り込み、車を高速の入口へと向かわせる。
「これから向かうのは島根だ。途中で運転代わってもらうぞ…」
どうやら俺に言っているらしい。面倒だなとは思ったが、拒否権はない。
高速道路に入り、しばらくしてから川崎がまた話し始める。
「向井、後ろに乗ってる奴らは俺たちとは違って銃を使わない連中だ」
「え…?じゃあ、何を?」
殺しの技術を教えている、と言ったから川崎と同じように銃の扱いについてだと思っていた俺は、少々驚いて、言葉が一瞬詰まったが、川崎に問いを返した。
「それはなぁ、近接武器だよ。鈍器とか刃物とかを使って人を殺すのさぁ」
俺の問いに答えたのは川崎ではなく後ろにいる赤城だった。まるで自分の好きなことを聞かれた子どものように浮かれて話す赤城に、俺は咄嗟に振り返っていた。
後ろを振り返ると、赤城の隣に座っている牧田という男は赤城のことを横目で見ながらうんざりした顔をしている。当の赤城はシートベルトをしながらも座席から腰を上げて、俺の座席のヘッドレスト付近まで顔を近付けて来ている。その顔は前述したように、まるで自分の好きなことを聞かれた子どものように笑顔だった。
こいつ…本当に狂ってやがるな。
そして、こいつの配下になった3人には同情する。俺はまだ銃を使って殺しをしているが、彼らは面と向かって目の前にいる人間を殺さざるを得ないのだから…
4/19 追記…過去回想編から村雨視点の数話を削除しました。




