第67話 殺シ
ゆっくりと、トンネルを迂回する歩道を進む。
トンネルの向こう側が見える位置まで来た。いる。狩猟用の散弾銃を持った男が2人、無警戒でキャンプ用の椅子に腰かけてくつろいでいる。
ここからおよそ30メートル。余裕で狙える距離だ。
『俺が右を』
『では左を』
――――パパァンッ――――
ほぼ同時にトリガーが引かれ、同時に射出された弾頭は座っている男たちの頭を撃ち抜いた。
1人は椅子に座ったまま首を上に向けて即死、1人は一瞬だけ身体は動いたのかバランスを失って椅子と共に地面に倒れた。
「なんだ!」
「どうした!」
それから5秒ほど、銃声の残響が鳴り止むと近くにあった平屋の建物から男たちが飛び出してくる。
1、2、3、4人。散弾銃を持ったのが1人、狩猟用ライフルを持ったのが1人、特に何も持っていないのが2人だ。
「2人やられた!」
「敵しゅ…」
追加の敵が出てくるまでの5秒間、こちらが何もしていないはずもない。俺と村雨さんは5メートルほど前進して、電柱を遮蔽にしてハイ・ローで射撃体勢を取っていた。
1人が敵襲だと叫ぼうとした瞬間にトリガーを引いた。
散弾銃を持って建物から出て来た男1人の胴体中央に1発の弾頭が命中、少しふらつきながら地面に倒れる。
素手のまま出て来た1人も、村雨さんの銃弾を喰らって尻餅をつくようにして倒れた。死んではいないが動けないだろう。
だが残りの2人はすぐに建物の中へと退避した。判断が早いな。
そしてライフルを持った男が建物の出入口を遮蔽にする形で応戦してきた。俺の目の前にある電柱に弾丸が当たり、コンクリートの破片が飛散する。
俺と村雨さんはすぐに身体を電柱の裏に戻す。
直後、1発、2発、3発と電柱にライフル弾が直撃してさらに破片を飛散させる。
まずい、顔を出せない。向こうがどう動いているのか窺うことができない。
俺は咄嗟に背負っているバックパックを外し、道路の方へと放った。
パコーンッ、と銃声が聞こえる。これで5発。
「カバーを!」
俺はそう言って電柱の陰から飛び出して、89式を構えながら建物へと接近していく。
さっきまでライフルを持っていた男がいた建物の出入口にホロサイトの照準を合わせながら、小走りで進んで行く。
『他の場所から顔を出してくる様子はありません』
建物まで残り10メートルほどまで近付くと、村雨さんから報告が来る。
『その場でカバーを』
それだけ返答して、地面に尻餅をついて下腹部を抑えている男の頭に照準を合わせて、トリガーを引く。至近距離で頭を撃ち抜かれ、そのまま仰向けに倒れた。
俺が胴体を撃ち抜いて倒した散弾銃を持っていた男がうつ伏せで倒れている。こっちも適当に2、3発撃ち込んで確実に息の根を止める。
俺はさらに建物へと近付いていく。
そうしていると、銃声が聞こえた。
どうやら建物に近付いた俺からは見えない角度にある窓から、村雨さんに向けてライフルを発砲しているようだ。
『撃ち合うな、こっちでやる!』
そう早口で指示を飛ばし、俺は建物の外壁まで走りながら89式のセレクターをフルオートに切り替えて、建物の薄い外壁に銃口を向けてトリガーを引き続けた。
―――――ズババババッバッバッン―――
マガジン内に残っていた弾を全て吐き出し、89式を手放してショットガンに持ち替える。
薄い木製の壁に開いた複数の穴から、僅かに中が見える。動く物に大雑把に銃口を向けて、トリガーを引く。フォアエンド引いて排莢、フォアエンド戻し装填、トリガーを引く。もう1度。
パラパラパラ…という木片が散乱する音と舞う塵や埃。
ショットガンから89式に持ち替え、マガジンを交換してチャージングハンドルを引いた。
塵と埃、硝煙が落ち着くと、目の前の建物の外壁が崩れ、その向こうで血塗れになって倒れている男が見えた。その手元にはライフルも落ちている。
あと1人。
「おぉぉおおらぁああああああっ!」
すぐ横で聞こえる大声。視線を向けると、釘バットを振りかざしている男がいた。クソ、撃ちまくってたせいで近付いてくる音に気付かなかった。
咄嗟に頭を守るように腕を盾にした防御態勢を取る。
だが、予想していた衝撃は襲って来ない。
代わりに銃声の残響が聞こえ、目の前でどさりと崩れ落ちる音が聞こえた。
腕を降ろし、見てみると釘バットを振りかざしていた男は俺の足元に倒れていた。
…そうか、村雨さんに助けてもらったのか。
念のため、足元で倒れている男の後頭部に銃弾を撃ち込んでおく。
周囲を警戒し、近くに残存した敵がいないことを確認し、振り返る。
村雨さんは遮蔽にしていた電柱からこちらへと向かって来ている。だが、彼女の右肩が赤く染まっているのが見えた。
「っ!?」
俺はすぐに村雨さんに駆け寄っていくが、彼女は右手の手のひらをこちらに向けながら。
「大丈夫です、コンクリの破片で切れただけですから」
と言う。嘘ではなさそうだ、普通に右手を動かせているみたいだし。
「とりあえず、止血しましょう」
「いえ、先に周辺の安全を確認しましょう。大丈夫ですから」
そう言われてしまっては、強くは言えない。俺は村雨さんと共に、建物の周囲を確認し、建物の内部へと警戒しながら入っていく。
結局、殺した6人で全員だったようで、他に人はいなかった。
放り投げたバックパックを回収し、安全を確認した建物内で、村雨さんを椅子に座らせる。
ちなみに、バックパックには銃弾による穴が開いており、中に入っていたジャーキーが貫かれていた。他の物に損傷がなかっただけヨシだ。
「傷を見ます、上着を」
「…はい」
村雨さんは戦闘服を脱いで、俺に傷を見せる。上腕三頭筋の付け根辺り、確かに、大したことのない傷だ。浅いし、肌の切れている範囲も広くはない。だがそれなりに出血はしている。
バックパックから、まだ未開封の飲料水入りペットボトルを取り出して、蓋を開ける。ギリリッ。
とりあえず傷口を流水で軽く洗い流し、コンクリート片が傷口に残っていないかを確認。大丈夫そうだな。
安部医院長から貰ったファストエイドキットを取り出し、カーゼを当てて血流が止まらない程度にゆるく圧迫し包帯を巻く。
「すいません、下手くそで」
「いえ、自分でやるよりは全然…」
そう言いながら、村雨さんは戦闘服を着る。
「ありがとう、ございました…」
「いや、ああ、ええ、どういたしまして」
微妙な空気感で、数秒沈黙が流れる。
「向井さん、奥多摩の時に教えてくれましたよね。元凶に銃器の取り扱いを教え込まれたと」
「え?ああ、そうですね」
「戦い方も、ですか?」
「…」
そうか。俺がただ銃の扱いに慣れているだけではないと、今の戦闘で理解したんだろう。確かに、俺は対人戦闘を強制的に教え込まれたんだ、元凶に。
俺は黙って頷いた。
「どうやって、ですか」
村雨さんの声は、静かに、震えるような声色で尋ねる。
「長くなるので、後にしませんか。今は時間が無いんですよね」
「…はい、その通りです…」
「あ、ただこいつらの持っていた弾薬を貰って行きましょう。武器は使えないように無力化します」
「…確かに、このまま置いていくのも危険ですね」
そうして、俺と村雨さんは手分けして死体から銃器と弾薬を回収し、建物内にあった大きなハンマーでショットガンの機関部を破壊し無力化した。
1丁あったライフルは俺が撃った弾が直撃していたようで、銃身は割れ、ストックにも穴が開いており、どのみち使用不可能だった。
弾薬は12ゲージバックショットが15発、20ゲージバードショットが30発、.300口径のライフル弾が15発あった。20ゲージも.300も使える銃を持っていないが、今後使うかもしれない。一応バックパックに入れておいた。
そんな作業をさっさと終わらせ、道路を進み始める。ロスした時間は20~30分くらいだったか、迂回するよりは随分早かっただろう。




