第65話 夜襲-弐-
夜の闇に包まれる中、鋭い銃声が轟く。
『歩哨をキル』
.30-06のライフルにマウントされたスコープには、頭を撃ち抜かれ倒れている男が僅かな月明かりに照らされている。ピクリとも動いておらず、即死に至っているようだ。
『了…い』
ヘッドセットから聞こえる声は、不明瞭ながらも了解と言っているのがなんとなくわかった。100メートルも離れていない場所にいるはずだが、無線の感度はすこぶる悪い。これもEMPの影響なのだろう。
歩哨を射殺し、しばらく経つが元凶側に動きは見られない。前回の襲撃の際に確認しに行った者たちがさらに狙撃されて殺された教訓を生かし、安易に動かない選択をしたんだろう。
時間は流れる。
既に21時を過ぎた頃だと思うが、動きはない。
『動き…た』
周辺に気配がないか探っていると、ヘッドセットから声が聞こえて来た。
どうやらようやく敵も動き始めたようだ。ずいぶんと時間が経ったが、対策を練っていたのか。
さて、どう来る。はっ?!
白服を着た人間が、ぞろぞろと歩いているのが見える。その手には猟銃やら刃物や鈍器、手製の槍などが握られているようだ。
「人海戦術っ!?」
俺は咄嗟にライフルを構えて、月明かりに照らされている白服を照準に捉えてトリガーを引く。
鋭い銃声の後、白服の先頭の1人の胸部に弾着、膝からがくりと崩れ落ちてそのまま地面に倒れる。
「あそこだ!あそこの茂みが光った!」
ちっ、マズルフラッシュを見られたか。クソ、走り出したか。これじゃ暗い中で狙撃は無理だ。
白服が10人以上、こちらに向かって走って来ている。それぞれ武器を持っているため、その速度はあまり早くはないが、全員を狙撃で倒す前に接近されて囲まれる。
『移動します』
『…』
村雨さんの返答はない。聞こえているといいが。
俺は立ち上がって、空き地の茂みから出て、身を屈めながら移動する。
白服のうちの何人かがランタンか何かで俺がさっきまでいた茂みの辺りを照らしている。よかった、移動を見られてはいないらしい。
俺は小1時間ほど逃げ回り、敵拠点になっている保養所の反対側の出入口が見える位置までやって来た。
ここが事前に打ち合わせた集合地点だが、村雨さんはまだか…?
『「お待たせしました』」
ワァッ。って思わず声に出るところだった。ヘッドセットと耳にほぼ同時に村雨さんの声が聞こえて来た。すぐに振り返ると、月明かりの陰になっている場所から村雨さんがスッと音もなく現れた。
「脅かさないでください」
「あ、すいません。脅かすつもりは…」
「それで、首尾はどうです」
「はい、襲撃もビーコンの設置も完了です」
夜襲作戦は、俺が外部で陽動し、村雨さんが闇夜に紛れて保養所に侵入し移動用の車両などを見つけて発信機を設置、その後内部で何人かを殺害。保養所内に侵入された形跡をあえて残し、そこが安全ではないと思わせ移動を促す。そして車両に設置したビーコンを追って、元凶の重要拠点を見つけ出す。というものだ。
「車両は計3台、乗用車1台、マイクロバスが2台でした。どちらもここ3日くらいで動かした形跡があるので、壊れていないようでした」
「EMP対策がされていたか、修理をしたか…何はともあれラッキーか…」
もしも元凶が車両を持っていない場合は徒歩で移動となるだろうが、そうなると安易に移動しない可能性が高かった。だが、全員を乗せて移動ができる車両があるのならば、移動する可能性は高くなるはずだ。
「このまま監視を続けましょう。おそらく近いうちに移動し始めるはずです」
村雨さんは元凶が移動すると踏んでいるようだ。割と自信ありげな感じに聞こえる。
俺は半々くらいだと思うが。
そもそも元凶があそこを拠点にしている理由は、恐らく周辺の生存者を襲撃するためだ。そのための拠点を容易く放棄するかどうか。ただ、小鹿野町での襲撃は既に行われた後なわけで、絶対にこの拠点が重要かと言われると微妙だ。もしもより強固で設備の整った拠点があるのなら、戦力を温存するために撤退するという選択肢もあるのだ。
元凶側のリーダーがどういった性格かはわからないため、予想も付かない。
夜は更け、たぶん1時を過ぎた頃。流石に眠い。緊張の糸が解れて来てしまっている。
すると、耳元で。
「向井さん、私が監視していますから、少し休んでいて良いですよ」
と、村雨さんが囁いた。くすぐったいと思ったが、同時に心地よさも感じた。俺は軽くうなずいて、そっと瞼を閉じた。
「動きました…!」
ハッと目が覚める。急速に覚醒した意識で、瞼を閉じる前のことを思い出し、耳を澄ます。
エンジンを掛ける音。そして車両が動き出す音が僅かに聞こえて来た。
時間は、なるほど、日の出と共に出発か。ってことは今は5時頃か。
「ビーコンがあるので、見失っても大丈夫です。警戒しながら、追跡しましょう」
「わかりました。行きましょう」
パンパンと尻に付着した葉っぱや砂を払って、立ち上がった。村雨さんは既に立ち上がって準備完了といった感じだ。
俺だけ寝てしまったことに負い目を感じるが、今は目の前のことに集中するべきだろう。
俺と村雨さんは遠ざかって行くエンジン音を追って、南下し始めた。やはり、奥秩父方面か。