第62話 選択
このまま病院にいる人たちを助けるか、村雨さんと協力するか、俺は迷った。
判断を間違うわけにはいかない。多くの人の命が掛かっている。
それに、必ずしも選択肢は2択であるとは限らない。
「村雨さん、元凶は既に生存者狩りを始めています。この病院も狙われている可能性があります。先にここにいる人たちをより安全な場所まで避難させる、そのあと、俺が村雨さんに協力する。というのはどうですか?お互いに、協力できると思います」
「…なるほど。悪くはないと思います…。いいですよ、わかりました。まずは私が向井さんたちに協力します」
ということになった。近くでそれを聞いていた安部医院長は何とも言えない顔をしながら、話し始める。
「なら、早い方がいいわね。明日移動を開始するわ。7台のトラックで300人ちょっとを運ぶとなると、2回に分けるべきね。そうすれば荷台に乗る人数は20人ちょっと、少し窮屈になるけれど、1時間くらい我慢してもらうしかないわ」
「先頭と最後尾に俺と村雨さんが乗って、脅威を排除します」
「そうね、村雨さんもライフルを持ってるみたいだし、心強い。じゃあ、今から乗車の順番なんかを決めないといけないわ」
そう言って安部医院長は病院の建物内へと早足で向かった。
「村雨さん、俺らも中に入りましょう。明日のために早めに休みたいですし」
「はい」
俺も安部医院長の後を追うようにして、病院の建物へと入って、自分に割り当てられた病室へと戻った。
「向井さんお帰りなさい。あれ、そちらの方は…?」
俺を出迎えた若木さんは、俺の後ろから入って来た村雨さんに視線を向ける。
「その服、自衛隊の方ですか?」
佐川さんはすぐに事態を理解したようで、少し喜色を含む声を上げた。
「お察しの通り、自衛官の村雨さんです」
「ど、どうも、村雨です。あの、向井さん、これはどういう…?」
ヒッ。なんか少し背筋に冷たいものを感じた。
「あ、あ、えっと、奥多摩湖の後、山の中で助けた大学生で、若木さんと佐川さんです」
俺が慌てて説明して、村雨さんが紹介した2人を一瞬凝視して、再度俺の顔を見る。
「なるほど。助けた方なんですね」
そう言って村雨さんの声色はいつも通りの凛とした鈴の音のように戻った。
ふぅ。俺がヤバい奴だと思われるところだった。ヤバい奴なのはこの部屋を用意した安部医院長の夫の禿オヤジで…
俺がほっと胸をなでおろしていると、村雨さんはゆっくりとバックパックを降ろした。かなり重いみたいだな。
「向井さん、89式はまだお持ちですか?」
「え、はい、もちろん」
俺は突然のことに一瞬戸惑いながらも、病室の隅にしまっておいた89式小銃を引っ張り出した。
「ただ、もう弾薬がないので使っていないんですけど」
「ご安心ください。こちらを…」
村雨さんはそう言って茶色い厚紙の小包を取り出して、テーブルの上に置いた。これは…
「頂けるだけ頂いて来ました。5.56㎜弾です」
そう言いながら小包を広げる。中には言葉通り、真鍮製の薬莢が眩しい弾薬が入っていた。
そんな小包を1個、2個、3個とテーブルに取り出していく村雨さん。その手はしばらく止まることなく、12個の小包をテーブルに積み上げた。
「1包み30発です。どうぞ」
「え、これ全部を…?」
「はい。私の分も同じだけあります」
360発…マジか。しかも村雨さんの分も同じだけあるってことは、合計で720発?おい、戦争でもおっぱじめるつもりか?
いや、まあ戦争みたいなもんか。
「それとこちらをどうぞ。多田野さんの89式なら、これが装着できるはずです」
そう言って渡されたのは、ホロサイト。え、ホロサイト!?
確かに多田野さんからもらったこの89式のトップレールは20㎜だから、特殊な工具無しで取り付けができる。
「前の照準器は壊れていると思ったので、それも頂いて来ました」
ん?壊れていると思った。あ、そうだ、いろいろあって忘れていたがEMPがあったんだった。それの影響で様々な電子機器が破壊されて使えなくなっている。
「そうだった…村雨さん、EMPのことについて聞いてもいいですか?」
俺はホロサイトをレールに取り付けつつも、村雨さんに聞いてみることにした。たぶん何か知ってるだろう。
「はい。弾道弾の発射地点は恐らく×省×市。7発の弾道弾を確認し、米海軍、海上自衛隊の艦艇が迎撃を行いました。飽和攻撃ではなかったので、迎撃は成功。のはずでしたが、うちの1発は完全に迎撃ができておらず、進路を逸れて高層大気圏で炸裂しました。同時に米軍が報復攻撃を発射地点に行い、××市は消滅しました」
俺は途中からホロサイトを置いて、頭を抱えていた。そうか、マジで核戦争が起きてたのか。
「ICBMにしては数が少なかったので、暴発か、システムエラーによって発射されたものかと思われます」
まあ、本気でやってたら世界が終わってただろうしね。地球に存在する核弾頭の数は、人類を数回消滅させられるだけの量があるんだから。
「EMPの影響はどうなってます?」
「直下ではほぼ全ての電子機器が破壊されました。EMP対策をしていた兵器や原子力施設は無事です。それと長距離無線通信が完全にダウンしています。電離層が破壊された影響なのか、とにかく電波が遠くまで飛びません。短距離の通信であれば、何とかなるようですが」
「そう、ですか…。え、じゃあ村雨さん、自衛隊と連絡は取れないってことですか?」
「はい。その通りです」
…良く一人でやって来たな、本当に。
「話は変わりますが。北海道の避難所はどうなってます?」
「20万人ほどの避難者を移送しました。今は何とか衣食住をギリギリ賄っているようですが、冬を越せるかは未知数です。それでも、感染者による脅威はほぼないのが救いでしょう」
「やはり、人口密集地を避けたのは正解だったんですね」
「そのようです」
俺は止めていた手を再度動かして、89式にホロサイトを取り付ける作業に戻る。
「あの、村雨さん?でしたっけ、その…」
「はい?」
「向井さんとはどういう…?」
俺と村雨さんの話を聞いていた若木さんと佐川さんは、俺が話すのをやめて作業を始めたのを見て、村雨さんと話し始めた。
村「アウトブレイクが始まった初日、皇居の避難所で出会いました。最初の避難者でしたね」
若「随分仲が良さそうですが…」
村「向井さんはこの通り、優秀な方なので、我々に色々と協力してくださいました。特に初期の避難誘導では、私は向井さんに命を救われています」
佐「じゃ、ここにいる3人とも向井さんに命を救われてるんですね!」
ホロサイトの取り付けが終わった。細かい照準調整は撃ってみないとできないし、後でいいか。
次は5.56㎜弾を空のマガジンに給弾しよう。確か、ここに空のマガジンが。
村「若木さんと佐川さんは、どこで向井さんと?」
若「雲取山の山頂近くだったと思います。感染者に追われていて、偶然出会ったんです」
佐「その時、私は感染者に嚙まれていたんですけど、薬まで貰って助けて頂きました」
村「え、噛まれていたのに助かったんですか?」
佐「はい。どうやら抗生物質を早期に服用できれば助かることもあるみたいです。安部医院長も条件次第では助かるだろうって言ってました。その抗生物質は今、調べているところらしいです」
村「そう、なんですか…」
若「村雨さん、東京ではずっと向井さんと?」
村「いえ、最初の数日は何度か一緒にいましたが、いつの間にか姿を消していて。それからまた数日後に、都内での救助活動中に偶然出会いました」
佐「え、都内で?そうだ、村雨さん、西東京の周辺で佐川っていう人を助けませんでしたか?」
村「は、はぁ…西東京では数十人の方を避難させましたが、流石に名前までは…」
若「朋美、写真持ってたよね?」
佐「そうだ…はい、これです、この2人なんですが…」
よし、持ってる空のマガジン全部に給弾できた。残りの弾薬はまとめてバックパックに入れておこう。
そうだ、地図を確認して明日の進行ルートを確認しておくか。なんて峠を越えるんだったかな。
村「…あ、この方なら避難させましたよ。今はもう北海道の避難所にいるはずです」
佐「え、本当、ですか…よ、よか、っだぁ…ぐすん」
若「良かった、よかったね、朋美…っ!」
村「きっといつか再会できますよ。必ずです」
佐「はいっ…はい…!よかったぁ…」
若「ほらほら、泣かない泣かない、生きてるってわかったんだから、泣かないでいいの」
佐「うぇぇん、うっ、だっでぇ…」
若「ほら、また向井さんに見られて…見られてなかったわ」
村「…」
ふむ。土坂峠。なんか、某有名漫画で見たことあるかも。橋の上にオイル撒かれてるとこだ。
大型が通れるか微妙だな。そういや、7台のうち1台は俺が運転しないといけないんだっけ。じゃあ俺が先頭か、いや、最後尾でもいいのか。
「あの、向井さん」
「はい、なんですか?」
「よく目の前でこんなに話してる人がいるのに、集中できますね」
「ガールズトークなんて、話半分聞いてればいきなり話振られても答えれるんで」
その一言で、俺は3人の女性から顰蹙を買った。




