第60話 石棺‐参
注意
・本日は同時刻に2話投稿されています。最新話がこちらです。
休憩室を出て、懐中電灯で廊下を照らす。奥へと向かい、出庫課と書かれた扉を開ける。たぶんここにトラックのキーがあると思うが。
「ぅ゛ぁああ゛」
扉を開けてすぐ、感染者が唸り声をあげてこちらに振り返った。
左手に懐中電灯、右手でマチェットを取り出して振るう。刃は首を切り裂いて、血飛沫を上げる。
「感染者1体くらい、そう難しいことでも、ねえだろうに」
マチェットについた血を払いながら、俺は呟いた。
「考えても、仕方がないな」
俺は自分の頭の中から考えを払うために呟いて、室内を見まわした。
業務用のデスクが1ダースほどあり、その机の上には無造作に書類やパソコン、筆記用具などが置かれいる。建物はかなり新しいが、この部屋の中は少し年季を感じさせる。
視線を上げて再度室内を見まわすと、壁に棚が取り付けられており、その扉には鍵穴があった。これだな。
マチェットの持ち手を思いっきりぶつけて、棚についている鍵、いやスライド式の扉ごとぶっ壊した。
中には案の定、キーが12個入っており、それぞれに番号が振られていた。これだな。無造作にすべての鍵を引っ掴んで、俺は部屋を出た。
階段へと戻り、バックパックを回収して4階へと上がり、入ってきた時と同じ非常階段出入口から外へと出た。
そしてもう1度建物をぐるっと回って大型の立体駐車場へと向かう。
「花丸さん、無事ですかぁ」
俺がそう声を掛けると、6人いたドライバーたちはトラックの陰から姿を現した。
「ああ、向井さん、無事だったか。よかった、さっき銃声みたいなのがして、心配してたんだ」
外まで聞こえてたのか。
「ええ、中で感染者に…出くわして」
「だ、大丈夫かい。顔が少し、青いよ」
「ええ、ええ、とりあえずこれを」
ポケットに突っ込んでおいた鍵の束を花丸さんに渡す。
「1番から12番。トラックは7台しかないが…スペアキーかな」
そう言いながら車体に3番と書いてあるトラックに乗り込んだ花丸さんは、キーを鍵穴に差し込んで回した。
―――オォンォンォンォンォン、オォンォンォンォンォングルルゥン
エンジンが掛かった。セルをかなり回したが、通常通りの手順で問題なくエンジンは始動した。壊れていない。
「おぉ、掛かった掛かった!メーターも生きてるし、ディスプレイも大丈夫みたいだ。おい、ガソリンも満タンだぞ!」
はしゃぐ花丸さんから、他の5人のドライバーにトラックのキーが渡される。1台1台、エンジンを掛ける際に少々セルを多めに回したが、問題なくエンジンは始動してディーゼル特有のガラガラとした音が駐車場内に鳴り響く。
「向井さん、あと1台あるけど、どうするか」
「え。普通免許しかないんですけど…」
「あれ、AT限?」
「いいえ…」
「なら大丈夫だよ、2速で発進、すぐ3速入れて、あとはゆっくり走るから。多少ぶつけたっていいからさ」
え、ええ…花丸さん、テンション上がってんなぁ。
「わ、わかりました。やってみます」
「よし、じゃあ俺が先頭を行くから、2番目に。おい、みんな乗り込んでくれ!」
そして出入口に一番近い車両に花丸さんが乗り込み、その次の車両に俺が乗り込む。他のドライバーたちもそれぞれがトラックに乗り込んでいった。
同じ目線の高さにいるため、横を見ればアイコンタクトが取れる。花丸さんはハンドサインを出してさっそく出発した。
俺も遅れないように、言われた通りに発進を試みる。
クラッチペダルを奥まで踏み込んで、シフトレバーをニュートラルから2速へ。アクセルを軽く煽りながら半クラになるようにクラッチペダルを緩める。
ゴトンガッコン言いながらも進み始め、俺は急いでハンドルを切って出口へと向かう。
エンジン音がすごいな…あ、3速に入れなきゃ。
などとやっているうちに、すぐに立体駐車場から降りるための螺旋状のスロープまで進んできた。
「忘れてた。おい、これ無理だろ。初めてなんだぞ!!」
前を行く花丸さんのトラックは既に螺旋状のスロープを下り始めている。ミラーで後方を確認すると後ろのトラックは既に少し車間を空けながらついて来ており、その次のトラックも発進し始めていた。
ああ、運転代わってくれって言える状況じゃねえやこれ。
俺は腹を決めて、スロープへと進入していく。そうだ、内輪差に気を付けて行けばいいんだ。あ、あああ、ちょちょちょ。ガコン。
外側の壁に左フロントをぶつけた。いや、大丈夫、こすった程度だ。
そのままハンドルを切ってスロープを降りていく。
何とかその後はぶつからずに降りてきた。地上では花丸さんの車両が待機しており、運転席から腕を出してついて来いというハンドサインを出している。
俺の後ろからも続々とトラックがスロープを降りてくる。流石皆さんプロドライバー、俺みたいにぶつけたり危なっかしい運転をしている人は他にはいない。
動き出す花丸さんのトラックを追って、俺も物流倉庫の敷地を出た。花丸さんのトラックは来た道とは別の道を辿っていく。
「あ、感染者」
俺が花丸さんのトラックの前方に感染者を見つける。そして次の瞬間、感染者は花丸さんのトラックに弾かれて道路の隅のブロック塀に叩きつけられた。
大型車って、怖いね。
花丸さんのトラックが少し減速した。俺もそれに合わせる。前方に道路を塞いでいる放置車両があった。
ゴガァ。と花丸さんは放置車両を押しのけて進む。
すげえな、あのオッサン。なんていうか、その、すげえわ。
そして少し遠回りなルートで、病院へと帰ってきた。おそらくなるべく太い道を花丸さんが選んでくれたんだろう。
門番をしていた原沼夫妻が重い門を開けてくれる。
病院の敷地内へと花丸さんのトラックが入っていく。俺も続いて。ガリリリ、と門に軽く車体を擦っての入場。
「やっちゃった…」
俺たちの帰りを知って、病院から出て来た安部医院長と目が合う。他にも病院の窓からいろんな人が見ている。恥ずかしくて死にそうだ。
いや、まて、俺は今日初めての大型車の運転なんだ。しょうがないんだ。うぅ。
花丸さんのトラックの横に車体を停める。ドン。え、俺ぶつけてないぞ。あ、クラッチ操作してなかったわ。エンストしたんだ。
キーを抜いて、トラックから降りる。
「向井さん、悪くなかったよ、壊さずに帰って来れた」
隣のトラックから先に降りて来ていた花丸さんが声を掛けてくる。
おい、おまえ、それフォローとか励ましになってねえぞ。
「い、いやあ、ほら、難しくなかったでしょう?」
俺の鋭い目線が刺さったのか、花丸さんは目も合わせずにそう言いながら安部医院長の方へと歩いて行った。
まあ、俺もそっち行くけどね。待ちやがれこn




