第47話 調達‐弐
20人体制の食料調達隊は、目的地のスーパーへと向かって行く。とはいえ、20人ともなると移動しているだけでかなりの足音になる。
スーパーへの道中は、俺が数体の感染者を排除しただけで特に問題はなく到着した。俺が感染者を躊躇いなく倒しているのを見ていた一同は若干引き気味だったが、感染者が既に生きた人間ではないと医者である安部医院長が説明していたため、誰も取り乱したりはしなかった。
スーパーはファストフード店と100円ショップが併設されているタイプの建物で、大きな駐車場と屋上駐車場ある。
俺は駐車場に人がいないのを確認して、調達隊を引き連れて敷地内に入っていく。
建物の2階に人影が見えた。一瞬目があったが、人影はすぐに物陰に消えていった。
「誰かいます。感染者じゃなさそうです」
俺の言葉に後ろの人たちが反応して、俺が見ている2階に視線を向ける。が、そこには誰もいない。
「他の生存者でしょうか」
「なんで隠れたんだろう」
俺のすぐ後ろにいる若木さんと佐川さんが不思議そうに呟く。確かに、生存者ならこちらから隠れる必要はなさそうだが。こちらが大人数のため驚いてしまったのかもしれない。
「とにかく、中に入りましょう」
後ろにいる何人かが、気にすることはないと中に入ることを勧めてくる。反対意見も出なかったため、俺は警戒しながらスーパーの入口へと向かう。
このスーパーは入口が施錠されておらず、既に自動ドアが半開きだった。
中は特別荒らされている様子もなく、感染者の気配もない。が、入り口からすぐにある青果コーナーではいろいろな物が腐り果てており、腐臭が漏れて来ている。
半開きの自動ドアを強引に開けると、中から腐臭がモアァっと出てくるのが感じられる。後方に控えている調達隊の面々は咄嗟に鼻を押さえて嗚咽を漏らす。
俺が中に入ると、若木さんや佐川さんが続いて入ってくる。その後方も躊躇いながらも中へと入ってくる。
青果コーナーを避けて、まずは缶詰めやレトルト食品が置いてある場所へと向かう。が、そのほとんどが既に売り切れていた。ここも先ほどのドラッグストアと同じように、アウトブレイクから数日間は営業していたのだろうか、それとも他に食料を取りに来た人がいるのだろうか。
その後、比較的残っている米、乾麺を集める。大型のスーパーだけあって、かなりの量が陳列してあった。他にも手分けしてお菓子やおつまみ類、調味料なども調達していく。
20人全員が持っているリュックなどにぱんぱんになるまで食料を詰め終わる。入ってきたところと同じ場所から外へと出る。
「何か、います」
俺は駐車場に停まっている車の陰に何かがいることに気が付き、俺の後ろに続いて出て来た人たちに警戒しながら告げる。
車の陰にいるのは1人ではない。複数の車の陰に、複数の人間がいる。俺は咄嗟に肩に掛けていたショットガンを手にもって、ゆっくりとフォアエンドを引いてチャンバーに弾薬を送り込んだ。
こちらの人員が全員外に出て来たが、その場で警戒態勢になったのを見て、自分たちが気付かれているということが分かったのか、車の陰からぞろぞろと姿を現す者たち。
数はざっと14~5人。全員が金属バットや鉄パイプ、レンチなどの鈍器で武装している。高校生か大学生ぐらいの若者たちがほとんど。後方で30代くらいの明らかに年齢にそぐわない恰好をしている者が周りの若者に指示を出しているようだ。
「今すぐその荷物を置いて失せろ!この建物は俺たちが占有してんだ!」
先頭に立つ若い男がこちらを威嚇するようにバットを地面に叩きつけながらそう叫んだ。占有って、さっきまでいなかったじゃねえか。要は物資の横取りってわけだ。
「こいつら、地元の珍走団の連中です」
俺の後ろから俺にそう教えてくれたのはガタイの良いオッサンで、彼も金属バットを持って臨戦態勢を取っている。
多少は荒事に慣れている相手が鈍器で武装していて15人、対するこちらはショットガンを持つ俺が1人に拳銃を持ってる警官が1人、鈍器で武装する大人が3人、それ以外は非武装である。
「どうしたぁ!寄こさねえならぶん取るまでだぞ!!」
こちらが言うことを聞く気がないと分かったのか、相手は徐々にこちらを取り囲むように動き始めた。
まずいな。
「ど、どうするんですか…?」
俺のすぐ後ろにいる若木さんは不安そうな声で俺に尋ねるが、どうするか。俺は後ろにいる他の面々にどうしようか尋ねようとするが、誰かが俺の横を駆け抜けて行った。
どうやらその人物は一番後方にいた警官だった。俺の前に出てホルスターから拳銃を抜いて構えた。
「お、おまえら、と、止まれ!動くな!」
38口径の回転式拳銃を構えて相手が近付いて来ないように威嚇する。しかし、その声も体も震えており、銃口は定まらず震えたままだ。
とはいえ銃口を向けられた若者たちはその場で止まり、少し後退った。
そして僅かな静寂がスーパーの駐車場を支配するが、突如として静寂を切り裂く破裂音が響いた。
俺の前にいる警官がその破裂音の主ではない。後方からでも前方に向けた拳銃の発砲煙やマズルフラッシュが見えるはずなのだ。
そう考えていると、俺の目の前にいた警官が両膝を地面について腹を押さえる。そしてその警官の向こうで30代の男が拳銃を片手で突き出すようにして構えており、その銃口から発砲煙がゆらゆらと流れ出ていた。
俺はそれを認識して咄嗟にショットガンを構え、トリガーを引いた。鈍い銃声と共に銃口から射出された散弾は亜音速で飛翔する。
それとほぼ同時に相手も次弾を撃ってきた。その弾丸は俺の目の前で両膝を着いて腹を押さえている警官の頭に直撃した。
こちらが撃った散弾は、銃を片手で突き出す男の胴体に数発が当たった。距離は20メートル程度、00Bの散弾の直撃を受けて、後方へと倒れた。
「下がって!建物の中へ!」
俺は銃口を下げることなく、後方で事態を呑み込めていない味方へと声を上げた。
「うぉおおおおおおお!よくもぉおぉおおお!」
こちらを取り囲んでいた1人が、バットを振り上げて走り寄ってくる。俺は急いで排莢し次弾をチャンバーへと送り込み、銃口を向けてトリガーを引く。
走り寄ってくる若者の胴体に散弾が複数当たると、その勢いのまま倒れ込み動かなくなった。
すぐにフォアエンドを引き排莢、押し出して次弾をチューブマガジンからチャンバーへと送り込む。
仲間が撃たれたのを見て、若者たちは咄嗟に近くに停めてある車の後方へと身を隠した。そして。
「やりやがった!!あいつ、やりやがった!!」
「クソ!クソォ!チキショー!」
と大声を上げている。
俺はそんな中、ポケットから12ゲージのショットシェルを取り出して、チューブマガジンへと装填。
こちらへ飛び出てくる者がいないのを確認して、目の前で倒れている警官の安否を確認する。
額に弾が当たったようで、既にピクリとも動かない。首筋に触れて脈を確認するが息絶えていた。
「ウォォオオオオオオオッ!!!」
警官の死亡を確認していると、車の陰に隠れていた若者が突然飛び出て走り出した。こっちに来る、わけではないようだ。なるほど、30代の男が持っていた拳銃を拾いに行ったのか。
ひっそりと取りに行けばいいものを、わざわざ大声を出して教えてくれるのか。
俺は銃が落ちている場所に照準を合わせ、若者が銃に手を掛ける瞬間にトリガーを引く。
銃に手を伸ばす若者の腕に00Bの散弾が食い込む。絶叫しながら腕を押さえてその場でのたうち回る。
「オルラァァァァアアアアアアアアアッ!」
「オオオオオオオオオオオッ!」
銃に手を伸ばした若者がのたうち回る中、今度は俺に向かって絶叫しながら走り寄ってくる若者が2人。
咄嗟にフォアエンドを引いて押し出し、排莢と装填を行ってトリガーを引く。
僅か3メートルほどの距離、散弾はほぼ拡散せずに向かってきた若者の胴体へと集弾。血飛沫を上げながら走る勢いそのままに後方へと倒れる。
そして咄嗟にショットガンを手放し、ベルトに付けたマチェーテを引き抜いて迫り来るもう1人の若者にこちらから向かって行く。
それが予想外だったようで、反応が遅れながらもバットを振り上げ、走る勢いに任せて振り下ろそうとする。対して俺はマチェーテを引き抜きざまに振り上げる。
マチェーテの刃は男の振り下ろすバットを握る手首へと向かう。鋭い切れ味のマチェーテの刃は、振り下ろされる力と俺の振り上げる力を以て、手首を切断した。
バットはそれを握る手と共に地面に落ちて、甲高いカラコロカランという金属音を上げた。
「アァア!アッ!!あぐぐあぁぎゃあがぁうあああああああ!」
両の手首から先が無くなったことに気付き、その傷口を押さえることもできない若者はその場に倒れ込んで喚き苦しんでいる。
俺はマチェーテをベルトについてる鞘に納め、再びショットガンを構える。
「やっぱり、来てるか…」
当たり前だが周辺の感染者に音を聞かれており、続々とスーパーの駐車場に向かってのそのそと感染者が向かってきているのが見えた。
「や、やばい、に、にに逃げるぞ!」
その声と共に、車の陰に隠れていた若者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
俺は30代の男が持っていた銃を回収する。腕に散弾を受けた若者と両手首を失った若者は、その場で未だに苦しんでいたが、こちらを気にする余裕もない様子。
そんな奴らは放っておき、俺は亡くなった警官からも拳銃を回収する。ベルトに繋がっているためマチェーテを使って切断した。名も知らぬ警官だったが、勇敢だった。
両手を合わせ成仏してくれと願い、俺はスーパーの建物の中へと向かった。
外での俺の一方的な戦闘を見ていたのか、皆の視線に畏怖のようなものが籠っているように感じられる。
「お、おい、向井さん、増永さんはどうしたんだ?」
スーパーの中で、全員がいるか確認し終わると、調達隊の1人がそう尋ねて来た。増永、おそらく銃弾を受けて倒れた警官のことだろう。
「彼は、頭部に弾を受けていて、既に…」
「なんてことだ…」
「そんな、嘘だろ?」
「あぁ、あんな良い人が、どうして…」
俺の言葉を聞いて、うなだれる調達隊の面々。皆に慕われる警察官だったんだな。惜しい人を亡くした。
だが、今は行動しなければ。
「ええ、悲しいのは俺も同じです。ですが、音を聞いて感染者が集まってきてます。逃げないと」
そう言って出入口の方に視線を向けると、スーパーの駐車場には見えるだけで10体ほどの感染者がやって来ていた。
そして、蹲って呻いている腕に散弾を受けた若者が感染者に襲われていた。抵抗したものの、2体、3体と感染者が体を掴む。まず腕を噛まれ、次に足を噛まれ、さらに腹を噛まれ、最後には首を噛まれて押し倒された。
両の手首を失って倒れていた若者もそれを見て逃げようとしているが、うまく立つことすら出来ず、別の感染者に馬乗りにされて顔面に嚙みつかれた。
流石にそんなショッキングな光景を見れば、殉職した警察官のことよりも逃げることが優先順位を奪う。
「バックヤードの方から逃げましょう」
俺はそう提案して、スーパーの従業員通用口の方へと急ぎ足で向かって行った。




