第46話 調達‐壱
シャワーを浴び、病室に戻る。寝ていた若木さんも起きており、2人はソファーに座っている。ぱっと見は仲の良い女の子同士だが、やはり友達というには2人の距離は近いように感じる。
俺は部屋に置いてある机にバックパックの中身を取り出す。以前から持っている89式、P220、それに手に入れたショットガンと30-06ライフル、さらにその弾薬。空になったペットボトル。
次に弾薬の残量も確認する。
STANAGマガジンから弾薬を取り出して数えると、5.56㎜弾は残り46発。フルのマガジンが1つとハーフマガジンが1つ。かなり心細い残弾数だな。9㎜弾も5発しか残っていない。
次に拾ってきた12ゲージの弾薬は40発。ショットガン本体には空薬莢が入っているだけだった。日本の散弾銃の装弾数は2発までと規制されているため、あの時撃って来た相手は弾切れだった。
そして頂いた30-06の弾薬は60発。それと脱着可能な5発マガジンが2つだ。
5.56㎜弾が少なくなってきたな。9㎜弾に至ってはたったの5発。
「明日はショットガンで行くか…」
「どこに、行くんですか?」
俺の呟きに座っていた若木さんが反応する。
「ああ、明日は近くで食料の調達をするんです。何人か若い人を連れて」
「そうなんですか、じゃあ私たちも行きます」
「え…?」
「私たち山岳部でしたから、足腰には自信があります。それに、ただここに置いてもらっているのも少し居心地が悪いので、協力させて欲しいんです」
なるほどな。この2人は俺が安部医院長と協力する条件として病院内で安全にいられるように配慮して貰っている。他の避難者たちとは違い、病室を個室として使わせてもらっている。しかし、それは彼女たちにとっては居心地が良くないのだろう。病室以外の人がいる場所にあまり行かないのもそう言った後ろめたさがあるのかもしれない。
「わかりました。話は通しておきます。でも、危険ですから、覚悟はしてください」
「はい。でも、向井さんが守ってくれるんですよね?」
「ええ、それはもちろん」
その後、夕刻まで彼女たちと雑談をし、夕食を取って、日が落ちて周囲が暗くなってくる時間となった。俺はソファーで、2人はベットで眠りにつく。
とはいえ、2人はなかなか寝付けない様子だ。ひそひそと話す声だけが聞こえる。
そりゃいつ終わるかも知れないこの状況、不安を感じずにいられるわけがないだろう。東京に住んでるとも言っていたし、家族や知り合いのことが心配で堪らないだろう。運が良ければ、自衛隊と共に避難しているだろう。運が良ければ。
2人のひそひそという声が、どことなく心地良く感じられるようになり、俺はいつの間にか眠りについていた。
起きたのは、まだ日が昇る前。月明りでぼんやりと見える病室を、じっと眺めている。近くにあるベッドでは2人が寝息を立てている。
やがて徐々に窓から入る光が太陽光へと変わっていく。5時前くらいか。
立ち上がって、ベッドで寝ている2人を起こす。
6時。俺と若木さん、佐川さんは病院の前に集まっている集団に合流する。
俺ら以外は7人。20代か30代前半の男性が集まっている。みんな普通の社会人のようで、気の良さそうな好青年たちが揃っている。
出発前に、安部医院長がやって来た。調達隊の1人1人に声を掛けているが、しばらくして俺のところまでやって来た。
「向井さん、どうか全員連れ帰って頂戴ね。それと、これ」
そう言って差し出されたのは、ファスナー付きのエイドキットのようだ。
「中には普通の包帯とか止血帯も入っているけど、重要なのは使い捨て注射器よ。赤テープが巻いてあるのはモルヒネ、強力な鎮痛剤ね。青テープは強力な止血剤、効果は絶大だけど副作用で動けなくなる。緑テープは、興奮剤みたいな物で一時的に反応速度や筋力を増強できるけどそれほど長くは続かないわ」
俺は実際に開けて中を確認しながら安部医院長の話を聞いた。確かに使い捨ての注射器が3色のテープで識別できるようにされた状態で各3本入っている。
医療用というよりは、戦闘時に使用するための物なのだろう。医者以外が使っていいものじゃないってのは俺でもわかる。
「使わないに越したことはないけど、もしものためよ。注射器の中身は本来であれば医者でも使えないレベルの内容物よ、この状況では法なんて在って無いようなもだから関係ないのだけれど」
「ありがとう、医院長」
「ま、気を付けるのね」
そう言って安部医院長は俺らから離れながら、懐から取り出した煙草に火をつけた。プカーと紫煙をくゆらせながら歩いて行った。
「じゃあ、そろそろ行きます。準備は良いですか?」
俺は食料調達隊に向かって声を掛ける。皆がこちらを見て頷いたり、大丈夫ですと声を上げたりしてくれた。反応が良いのは頼もしいな。
「感染者を見ても声は出さず、落ち着いて先頭にいる俺に教えてください。気付かれた時は声を出して俺に知らせてください。感染者は走れないので、近付かれなければ問題はありません。とにかく、落ち着いて、冷静に、です」
そう説明すると、皆真剣に聞いてくれた。初対面の俺を皆が信頼してくれているのは、安部医院長が何か言ったからだろう。ずいぶん皆に慕われてるんだな、医院長。
俺が門を開けるように頼むとガラガラと開かれて、俺を先頭に10人の調達隊は病院を出た。そこでショットガンに弾薬を装填し、いつでも撃てる状態にしておく。
少々細い住宅街を抜けて、目的地へと向かう。歩く速度はかなりゆっくりで、最大限に警戒しながら進んでいく。
十字路では左右を丁寧にクリアリングし、駅前へと続く細道を進むこと5分。国道に出た。
俺は国道を確認してから1度下がり、後ろに続く人たちに状況を話す。
「感染者がいます。目的のドラッグストアはすぐそこですが、進路上にいるので感染者を排除します。俺が2体の感染者を仕留めたら、身をなるべく屈めて付いてきてください」
全員が頷くのを確認して、俺は国道へと足音を立てないように出て、車道の真ん中にいる感染者に近付いていく。
感染者は俯いており、周囲を警戒していない。東京では感染者はフラフラと歩いていたが、ここら辺の感染者は非アクティブな感じがする。
感染者まで2メートルほどまで近付くと、ようやく感染者は俺の足音に気が付いたようで、頭を上げて俺を視界内に捉えた。その瞬間には俺が引き抜いたマチェーテが首元まで迫っており、感染者はそれを避けることもできない。
首の半分ほどを切り裂くと、感染者の首から血がだくだくと溢れて、僅かな時間の後倒れて活動を停止。
もう1体の感染者は少し離れたところにいたが、俺の踏み込んだ音とマチェーテが首を切り裂いた音に気が付いて、既にこちらを視界に捉えていた。体の向きを変えて、両手をぐわっと持ち上げて俺の方へと迫ってくる。
それと同時にその感染者に向かって俺は駆け出した。高速で近付いてくる俺に向かって感染者が飛び掛かろうと少し腰を落とすのが見えて、俺はもう1段速度を上げて近付いていく。
前のめりになる感染者の頭にマチェットを振りかざす。頭蓋骨が割れるゴギャという音と共に、感染者は倒れた。
マチェーテに付いた血液を、活動停止した感染者の衣服で拭っていると、身を屈めた状態で近付いてくる調達隊の面々。
俺は周りに感染者がいないのを再度確認してから、立ち上がるように指示をする。
国道を少し進み、目的のドラッグストアへと到着した。
「向井さん、あっちです」
調達隊の青年の1人が、俺の名前を呼びながら店の裏手を指さす。
「客用の入り口は内側から鍵が掛かってます。自分が従業員用の鍵は持ってます」
そう言って彼はポケットから取り出した鍵を見せた。なるほど、従業員か。
俺たちは彼に従って、ドラッグストアの裏手へと向かう。
裏手には感染者はおらず、扉もすぐに開いてバックヤードへと入ることができた。
「自分はここの従業員だったんです。この騒ぎが起きてから丸1日くらいはここで働いてました」
バックヤードでそう説明してくれたのは、佐々木という名の青年でドラッグストアの従業員だったという。
「じゃあ、何が残ってるか大体は把握してますか?」
「はい。食料品だと、カップ麺やレトルトはほぼ残ってないです。逆にお米や乾麺が多く残ってます」
そう言って、米や乾麺のあるコーナーへと向かう。店内は外から入ってくる光のみで薄暗いが、特段問題なく進んでいく。
「米と乾麺、であれば、何か調味料とかありますか?」
調達隊の持っているリュックに米や乾麺のパスタや蕎麦、うどんなどを詰めて貰いながら、佐々木さんに調味料があるかを尋ねる。味噌とか醤油とかあれば、米や麺も食べやすいだろう。
「はい、それはこっちです」
案内してもらい調味料コーナーへ。塩、砂糖、油、醤油、味噌、めんつゆ、ポン酢、何でもありだ。最近の大きいドラッグストアは何でも揃ってるんだな。
それらも荷物に詰め込み、調達隊の荷物は一杯になった。
米40㎏、乾麺12㎏、他調味料多数を持ってドラッグストアを後にする。
帰り道は、来た道と同じルートを辿る。1人当たり5~6㎏の荷物を背負いながら、なるべく音を出さないように歩き、病院へと帰還した。たったの30分ほどで大戦果だ。
米1㎏あたり15人前と計算して40㎏の米は600人前。この病院にいる人の数が現在100人程度であることから、1人当たり6食分の米が手に入ったと考えていいだろう。少し切り詰めれば3日分くらいにはなる。
安部医院長に報告し、ドラッグストア近辺の情報を伝えると、さらに10人ほど調達隊に加えて、駅付近にあるスーパーマーケットへ調達へ向かうように指示された。
流石に20人は守り切れないと思ったが、他の避難所から合流していた警察官の1人が護衛に付くと説明された。さらにガタイの良い2~3人が金属バットや鉄パイプで武装している。
かなり大所帯になるが、なるべく感染者の少ない場所を通って行けば問題ないだろう。
俺が先頭に、警察官が殿について、2度目の食料調達が始まる。




