第45話 拠点
簡易な地図を片手に、歩くこと15分。目的地と思われる場所にたどり着いた。鳥印のホームセンターの裏手の家ってここしかないもんな。
表札にも冴島って書いてあるし、ここで大丈夫みたいだ。俺は敷地に足を踏み入れて、玄関を開けた。鍵は掛かっていない。ガラガラとスライドするタイプの扉を開けて、玄関で靴を脱いで上がる。そして入ってすぐ右の部屋の襖を開ける。8畳ほどの和室、仏壇と床の間、タンスがある質素な部屋だ。
ふと、仏壇を見る。写真がある。少し若いがさっき出会って俺にこの場所を教えてくれた冴島の爺さんにそっくりな人が写っている。まさか、な。あの爺さんの近親者だろう、若いし、弟とかかな。
お線香とマッチが置かれていたため、1本だけお線香をあげて、手を合わせた。
仏壇から目を話し、振り返ると和室には少し不釣り合いな黒い縦長な金庫のようなものがあった。ガンロッカーだ。
「7、1、4…と。開いたな」
ガンロッカーを開けると、中には確かにライフルが入っていた。M1Aか…?
いや、でも30-06の仕様なんてあっただろうか。黒い樹脂製のストックに、5発仕様の短いマガジンが付いているようだ。しかも、オプティカルスコープまで付いてるんだが…?
さらにガンロッカーの中には30-06と書かれている弾薬箱がある。中を確かめると.308(7.62mmNATO)とは違うように見える。俺の記憶では30-06はメートルに直すと7.62×62㎜で、NATO弾より薬莢長が長くハイパワーな弾だったはずだ。セミオートマチックのハンティングライフルにしては大口径だと言える。
「何を狩ってたんだ…」
大型の鹿か、熊か…?
手に取ってチャージングハンドルを引いて、チャンバー内に弾薬が入っていないことを確認して、構える。搭載されているスコープはかなりガッチリマウントされていて動かない。等倍から6倍までの可変倍率スコープのようで、覗いてみるとかなり明るく見える。質の良い海外製の比較的新しい物のようだ。
俺はライフルと弾薬をバックパックの中に入れる。89式とP220、ショットガン、-06ライフルにそれぞれの弾薬、ちょっとばかしの食料と水。既に総重量は30キロ近い。
それを気合で担いで病院へと戻り始める。
病院まで40分ほど掛かった。荷物が重い…
正面の門を青年たちに開けてもらい、敷地の中へと入る。なんか、人が多い気がするな。
「地元の方たちが何人か避難して来たんです。どこの家庭でも水や食料が不足してきているみたいで」
逆にアウトブレイクから今まで良く家で耐えれたな。という感じもするが、この辺りは感染者が来るまで時間が掛かったため、食料を確保する時間があったのだろう。
今後も、この病院に身を寄せる人たちは増え続けるだろう。
「そうですか。ところで、医院長はどこにいるかわかりますか?」
「今は待合室の辺りで地元の方と話しているんじゃないですかね」
「どうも、ありがとう」
青年に礼を言って、病院内へと向かう。
待合室に行くと確かに安部医院長の姿があった。先日は見なかった数人と話している様子だ。
「あら、来たわね」
しかし俺の姿を見ると、すぐに話しを中断してこっちへとやって来た。別に急がなくていいんだけど。
「その様子を見るに、何か収穫があったのかしら?」
「奴らの住処を1つ潰して来ました。」
そう言いながら重たいバックパックを地面に置く。カチャリという音が出た。
「あら?銃を拾って来たの?」
「奴らから散弾銃を1丁、道中で老人からライフルを1丁貰ったんです。銃器の取り扱いができる方は避難して来ていますか?」
「どうかしらね、ここら辺も田舎だけれど、年々そういう人は減ってるから」
確かに、年々減り続けるハンターに減らない害獣被害。日本全国共通の問題だな。
「医院長のほうで扱える人をそれとなく探しておいてください。…人格的にも」
最後の一言は小さく、周囲の人たちに聞かれないように囁く。
「わかったわ。ところで、それ以外の収穫は?」
「あ、ああ、それが今回潰したところは下っ端の住処だったみたいで、特にはないです」
「そう…残念ね」
「ですが、生存者狩りを近々始めるつもりだということはわかりました」
「感染者に加えて、敵対的な人間…先が思いやれれるわね」
「ええ…」
「話は変わるのだけれど、明日食料を確保しに何人か若い人を出すのだけれど、守ってあげられないかしら?」
「…わかりました」
正直、元凶を追いたい気持ちはあったが、この拠点を失うと捜索はさらに難航しそうだった。友好的な人が増えれば、元凶の情報もさらに入ってくるかもしれないという期待もあるため、了承した。
「明日、9時から駅前にあるドラッグストアへ収奪。一度帰還してから残っている物があればまた同じドラッグストアへ。残っている物がなければ駅向こうのスーパーへ収奪しに行ってもらうわ」
「了解です」
俺は降ろしていたバックパックを拾い上げて、自分に割り当てられた病室へと戻った。
病室に入ると室内の様子が変わっていた。ベットが少しずらされて、3人掛けのソファーが追加されていた。
「あ、向井さん、お帰りなさい」
ソファーに座っている佐川さんが入って来た俺に気が付いて声を掛けて来た。若木さんはベットで横になっているようで、スースーと寝息を立てている。
「このソファー、医院長のご主人さんが持って来てくれたんですよ~」
安部医院長のご主人って言い方はどうだろうか。どちらかというと彼の妻の方がご主人って感じがする。
「そうですか」
俺はそう言いながら荷物を部屋の隅に降ろしてソファーに座る。柔らかく触り心地が良く、疲れた体が沈み込むようだ。
ふと、横にいる佐川さんの顔を見ると、少し困ったような顔をしている。なんか、悪いことしただろうか。
「な、なにか…?」
「いえ、あの、失礼だと思うんですけど、なんか、向井さん、クサいです…」
うっ…お、女の子に言われて傷つく言葉ランキングトップ3に入る言葉だ。
「焦げ臭い、というか、なんというか…」
そう言われて気付いた。銃を撃って硝煙を浴びまくったんだったな。
「ああ、ごめんなさい。ちょっとシャワー浴びてきます」
「それなら、これをどうぞ」
俺が立ち上がって足早に病室を出ようとすると、ソファーから立ち上がった佐川さんが何かを取って俺に差し出して来た。
これは、患者衣か…?でも、ちょっと違う。
「患者さんが着る服なんですけど、重篤ではない患者さん以外が着る、より服っぽい患者衣なんですって。ほら、萌咲が着てるのと同じです」
確かにベットで寝ている若木さんは質素な寝間着姿だが、よく見ると患者衣のような服装だった。
「へぇ、今はそんなのがあるんですか」
「私も見たのは初めてです…あの、寝ている女性をそんなにガン見するのは…」
「あ…すいません、それじゃ」
俺はすぐに視線を外して、病室を出てシャワー室へと向かった。




