第42話 怨敵‐弐
宅地は山と山の間を切り開くようにして造成されている。そのため正面から見て、左右と奥側は山だ。
そこでまずは偵察のために、道を外れて左側の山へと入っていく。大量の下生えと木々の枝に翻弄されながらも、あまり音を立てないように、時々マチェーテを使いながら山の中を進んで行く。
しばらく進み、山の中ほどまでやって来た。宅地を正面から見て真横、その山の中腹から宅地を偵察する。木々の枝や葉で良くは見えないが、何かが動いているのは見えた。
「人…か」
俺は少し宅地に近付いて、良く見える場所を探す。丁度木々がない場所を見つけ、偵察を再開。
宅地の中の方にある公園のような広場に、人が集まっているようだった。
俺はさらに近付いて行く。すると様子は見えないが、声が聞こえて来た。
「さて、審判の日から2週間。現世は既に壊滅状態にあるようだ。既に東京には生き人はいない」
審判の日…アウトブレイク初日のことか。声は初老の男性と思われるが、この場所からは見えない。俺は声を聞きながらもさらに宅地へと近づいて行く。
「そろそろ、我々も裁きを始める頃だ。この里の近くも、まだまだ生き人が多いようだ」
裁き…?生存者狩りのこと、だろうか。
「裁きに加わる者は、三等始祖及び四等始祖だ。より多く良い裁きを下せる者は、等級を上げることもできよう。良く励む者は、我々や我らの始祖が見ている」
何の話だ。等級が上がる…?元凶の組織内での格の話か?
その後も、何かを話しているがあまり要領を得ない。だが、こいつらが目的の元凶の組織だと言うことは確定した。
俺は既に宅地の端にある建物の敷地までやって来ていた。ライフルのチャージングハンドルを引いて、薬室内に弾薬を送り込んで、セーフティを解除する。マチェーテもすぐ取り出せるようにバックパックの中にしまった。
まず、近くにある建物内の様子を窺う。特に気配はなく、静か。カーテンの隙間から見える内部はまあまあ整えられていて、ちょっとした生活感が漂っている。
そのまま宅地内の道路の様子を窺う。誰もいない。恐らく、全員が公園のような場所に集められ、話を聞いているのだろう。
俺は建物の敷地に入り、玄関から中へと侵入する。中に誰かいる気配はなかったため、軽く玄関から様子を窺ってから、靴を脱いで靴をバックパックに入れて、廊下を進んで行く。
1階には誰もおらず、綺麗な新築の家と言った感じ。少し家具が少なく生活感が薄いが、新築で移り住んだばかりならそれほどおかしくもないか。
2階に上がる。すると玄関を開く音がした。俺は咄嗟に隠れ、覗くようにして玄関を見る。
白い服を着た男が、靴を脱いで中へと入って来た。特に違和感などを感じている様子もなく、そのまま1階の廊下を進んで行った。
俺は音を立てないように、静かに2階を探る。扉を開ける時も、慎重にゆっくりと。
寝室と思われる部屋に入る。
「…」
「…」
女性と目が合った。少し怯えた様子だが、叫び声をあげる様子はない。な、なんだ?
「助けて…ください」
掠れるような声で、女性はそう言った。助けて…?元凶の組織の人間ではないのか。
トントントン。階段を上がってくる音が聞こえる。さっき家に入って来た男だろう。
俺は咄嗟に扉の後ろに隠れた。
「へっ、何が裁きだ。さて、今日もやっとくかぁ…ぐぁっ!?」
そう言いながら部屋へと入って来た男の首に、後ろからマチェーテを回して首筋に刃を添える。
「大声を出したら、首を切り裂く。わかったら頷け」
男はおびえた様子で頷いた。
「ここは元凶の組織の拠点か」
「げ、げんきょう…?」
そうだった。元凶と呼んでるのは俺と公安の連中くらいだった。なんて言えばいいか…
「始祖を名乗る者か」
男は頷いた。探していた組織の連中で間違いないようだ。
「この女性は?」
男はうんともすんとも言わない。俺はマチェーテの刃で浅く首を切る。たらっと血が零れ落ちる。
「お、俺は4等だから、内部の人間とやれねえんだ。だ、だから、その、攫って来て…」
4等。やはり何か組織内でそう言った格付けがされているようだ。てか、攫って来たって…拉致かよ。
「この宅地は、何の施設だ」
「た、ただの宗教施設だ…ま、待ってくれ、えっと、要は下っ端の暮らしてる場所だ」
マチェーテに加える力を緩める。
「なるほど。それにしては随分良い家だな」
「お、俺たちの寄付で作られたんだ…給料のほとんどだったが、審判の日の後に安全に暮らすためだと、言われて…へ、へへ、ほんとだった」
なるほど。随分前から教徒がいたってことか。アウトブレイクが起きて、実際にここに住み始めたってことか。
「それで、ここには何人いる」
「お、俺を含めて14人だ」
「ここの責任者は?」
「い、いねえよ。う、嘘じゃねえ。マジでいないんだ。毎朝、公園で放送があって、その指示に従ってる…」
聞こえていた初老の声は放送だったのか…。
「そう、か」
「まっ…!」
もう聞くことはない。
思いっきり膝を蹴飛ばして男を転ばせ、マチェーテで適当にシーツを切り裂いて、男の口に猿轡を噛ませる。さらに同じようにシーツを切り裂いて、倒れ悶えている男の腕を後ろで縛った。
ベットにいる女性に目を向けると、腕を縛られていた。俺はマチェーテで縛っているロープを切り拘束を解いた。
俺は女性にマチェーテを手渡し、猿轡をされ腕を縛られた男を無理やり膝立にさせた。
「どうする?」
男は呻きながら首を横にブンブン振って何とか逃れようと藻掻くが、膝立の状態で俺に膝裏を踏みつけられていては逃れることはできない。
女性はゆっくりと立ち上がった。そしてマチェーテを男の首に添える。
「ユルヒテ…オフェファイ…ユルフィテ…」
そんな男の願いは叶うはずもなく。マチェーテは高速で横に引かれ、男の首から大量の血が噴き出した。
ゴポォッ、グッポォという音が数回聞こえ、部屋は静かになった。
「他に拉致された人がいるか、わかりますか?」
「はい…私と一緒に連れて来られた人がいます…」
そう、か。
「しばらく、ここで待っててください」
さて、クズ共をぶち殺しに行くか。




