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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第三章 埼玉編
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第40話 心的外傷

「む、向井さん!?ど、どうしたんですか」

「説明は後に、開けてくれるか」


 僅か1時間ちょっとで変わり果てた姿で帰って来た俺を見て、門番をしていた青年たちは青褪めた表情になりながらも、重い門を迅速に開けて敷地内へと入れてくれた。

 外で煙草を吸っていた安部医院長も騒ぎを見ていたのか駆け寄ってくる。


「この子、頼む」

「っ!?わかったわ。担架ぁ!」


 すぐに担架が到着し、俺は担架に背負っていた少女を降ろす。


「薬物の影響下にあるかもしれない」

「ええ、わかったわ。後は私たちに任せなさい」




 割り当てられた病室に戻る。扉の近くにある椅子に座る。激しい動悸が収まらない。

 少女を助けるためとは言え、数人を射殺した上に、薬物影響下で動けない人間が多数いる家屋に火を放った。本当の悪魔はどっちだ。

 強姦犯で薬物乱用者であったとしても、皆殺しにするのが正しかったのだろうか。銃で撃たれ、首を刺され、生きたまま焼かれる。これは明らかな私刑だ、正当防衛でもなんでもない。俺は、奴らと何も変わらない、ただの大量殺人者だ。


 激しい動悸は続いている。


「悠陽…」


 ふと、脳裏を過った愛しい人の名が口に出る。二度と姿を見ることのできない人の名が。




 スッと、背中に暖かいものが触れる。椅子に座ったまま膝に肘を当てて頭を抱えたまま座り込んでいる俺の背中に、人の手が触れているようだ。

 身体の芯まで冷えた感覚だったからか、妙にその手は暖かく感じられた。


「む、向井さん…」


 震えた声の主は、若木さんのものだった。そう言えば、この病室にいたんだったなと今更思い出した。


「何が、あったんですか」


 答える気力も、つもりもなかった。

 数秒、数分だろうか、沈黙が流れる。


「と、とりあえず、着替えませんか。随分、その、汚れていますよ」


 ようやくそこで思い出した。返り血、浴びまくったんだったな。

 赤黒い染みが大量にある俺のTシャツ、ジーパン。もう使えなさそうだな。と自分の姿を見ながら思う。


「お、おい、向井さん、あんたなあ、そんな恰好で院内を歩き回らんでくれ。こっちだ、温水は出ないがシャワーがある」

「安部のオッサン…」


 安部医院長の夫、ただの外科医と紹介されたオッサンだが、良い人だったらしい。最初の印象はただのすけべおっさんの冴えない外科医だったが、俺の中では評価が爆上がりしている。

 廊下を連れられ、シャワールームにやって来た。俺は服を脱ぎ捨てて、蛇口を捻り水を出し、浴びた。

 実に数週間ぶりのまともな洗体だ。


 髪についていた硝煙カス、埃、返り血などが洗い流され、ゴワゴワベタベタしていた髪は元の健全な状態へと戻って行く。

 身体についていた埃、汗、垢をこそぎ落とすと、肌の感覚が一気に変化する。スッキリというか、なんというか、不思議な感覚だ。

 身体に出来た細かな傷が沁みる。いつの間に出来たんだろうという傷がいくつもあった。植物か何かで擦った痕、熱された空薬莢による火傷の痕、不明な細かな裂傷痕や打撲痕。胸部には落下して来た金属バットで受けたと思われる大きな青痣がある。


 水を止める。既に安部のオッサンの気配はなく静かで、シャワーヘッドから水が滴る音が響く。

 オッサンから受け取っていたバスタオルで身体を拭いて、それを腰に巻いてシャワールームから脱衣所へと出る。


「あ」

「「あ」」


 全く同じタイミングで、脱衣所に若木さん佐川さんが入って来た。腰にバスタオルを巻いたのは英断だったと言えるだろう。


「あ、ああ、えっと、着替えを持って来ました」

「それと、包帯の交換を…」


 確かに、2人は男物の服と包帯を持っていた。とても気が利くなぁ。


「ありがとう。助かるよ」


 俺は佐川さんの持つ包帯に手を伸ばす。が。


「包帯の交換は私がします!」


 と言われてしまった。断る口実も見つからず、俺は頷いてベンチタイプの椅子に腰かけた。

 左手首の包帯は既に取り払ってある。傷口は塞がってはいるが、やや腫れているため、未だ包帯での保護が必要だった。

 左腕を出し、処置して貰うこと数分。丁寧に巻かれた包帯の内側には抗炎症剤が染み込んだガーゼまで入れてもらった。


「ありがとう。本当に」

「いえ、命の恩人ですから。このくらい」

「あ、服をどうぞ」

「ああ、うん、そこに置いておいて」

「…」

「…」

「…?」

「…あっ、では私たちはこれで」


 一瞬の間をおいて、2人の女子大生は脱衣所を出て行った。

 俺は用意されたシャツを着て、用意されたジーパンを履いた。靴下もあったが、今はいいか。


 頭を別のタオルで拭いて乾かし、脱衣所を出た。


 いくらか、精神状態はマシになった。

 俺は安部医院長の居場所を聞いて、とある病室へと向かった。


「お疲れ様。あら、向井さんあんた結構オトコ前ねぇ」


 と安部医院長に褒められた。褒められたのか?いや、今までが汚かったと言いたいのだろうか。


「あの、それより…」

「ええ、この子の容態が気になるんでしょ?」

「はい」

「外傷は大したことないわ。薬物の影響下にあるけど、点滴打ってしばらくすれば体調も回復するわ。ま、命に別状はないわね」

「そう、ですか。よかった」

「ただ、心の傷ってのは中々癒えないモノよ」

「…」


 周りの医療関係者たちも、押し黙り、病室は十数秒間沈黙が流れる。


「向井さん、始末、したのかしら」


 安部医院長は俺の目を見て、問う。


「…ええ。1人残らず」

「そう。良くやったわね。私たちには出来なかった」

「…?」

「この院内で奴らを始末するべきだった…そうしていれば、この子は…」


 安部医院長は病室のベットに横たわっている少女の頬を優しく撫でる。労わるように、そして申し訳なさそうに。


「気に病むことはないわ。既に地元警察も無いようなものだし、クズ共が弱者をいたぶるものなら、構わず、やりなさい。向井さん、あなたにはその力がある」

「…だが、結局は暴力だ。奴らと同じ、ただの人殺し…!」

「そうかしら…あのクズ共は人を救っちゃいない。でもあなたは現にこうして少女の命を救ってる。そこが相違点ね」

「…」


 納得はできないが、理解はできた。

 クズ共から人々を守る。それは元々、元凶の組織への復讐の副産物ではあった。それなら、今更迷うことはない。他人の尊厳を踏み躙るようなクズが見える範囲にいれば、ぶち殺す。それでいいのだと。

 既に国家は崩壊。法も秩序もありはしないんだ。




 俺はしばらくして、自分に割り当てられた病室へと戻った。

 既に病室に差し込む日差しはオレンジ色に変わっている。若木さんと佐川さんは、黙って夕陽を眺めている。

 俺は水瓶からコップに水を注ぎ、飲み干す。常温の水を飲み干すと、人心地付けた気がした。

 やがて、陽は沈んで辺りは暗くなっていく。病院内は最低限の明かりだけが確保されるだけで、病室も徐々に暗闇に呑まれていく。

 俺は窓辺にあるテーブルに椅子を移し、座ったままテーブルに突っ伏す形で寝ることにした。そう、この病室、ベットが1つしかないのだ。


 俺が寝る態勢を取ると、ベット譲るという若木さん佐川さんとの押し問答が続くが、俺は単純に疲れていたため、彼女たちの言葉を無視して寝た。やっぱ安部のオッサンの評価は最低ラインに留めておこう。そう思いながら、眠りに落ちる。








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