第37話 協力関係
半グレ集団を撃ってから市街地に入った。道路にぽつぽつと感染者と思われる人影が動いていたため、いったん引き返し、市街地を迂回することにした。
とはいえ、大きな迂回というわけでもなく、何本か通りを大回りしただけであったため、小1時間ほどで半グレたちが言っていたと思われる病院にたどり着いた。
道路に看板が出ているだけあって、かなり大きな総合病院のようだ。外周は通常のフェンスを急造で補強されており、フェンスの上部には有刺鉄線が敷かれている。
俺は若木さん、佐川さんを連れて、病院の表門へとやって来た。鉄板で補強されている門の向こうには青年が数人と制服を着た警官が数人いた。
ここも警察の管轄なのか。と思いながら、彼らに話しかける。
「こんにちは。少しいいですか」
「はい、どうしました」
「ここは避難所でしょうか…?」
「ええ、そうですよ。入場を希望されますか?」
「はい、お願いします」
そう言うと、ガラガラと音を立てて鉄板で補強された門が開かれる。青年5人掛かりで開けている、随分頑丈にしたな。
「まず、感染していないかチェックさせてもらいます」
敷地内に入り、後ろで門が閉じられる中、医師と思われる中年の男を連れてやって来た警官と青年たちに囲まれた。
マズい。
先に医師は若木さんと佐川さんをチェックした。女子大生相手にニヤニヤしながら触診していて大変気色悪いが、文句を言える立場でもなかった。本人たちも目を瞑って我慢していた。
佐川さんの足の傷を見られるかと思ったが、健康そうであること、医師が注意散漫だったこともあり気付かれなかったようだが、俺の傷は腕。絶対に気付かれる。
「そっちの2人は大丈夫ですか?」
「はいぃ。とってもよかっ、健康です。では次はあなたです」
「俺は結構です。すぐに出て行くので」
「「「え?」」」
若木さん、佐川さん、医師、周囲の警官と青年たちが同時に声を上げる。
俺は腕の袖を巻くって巻かれている包帯を取り去り、傷口を見せる。
「感染はしてませんが、この傷を見れば入れては貰えないはず」
「噛み跡…少し古いようですね。これはいつ?」
医師は興味本位のように質問して来た。険悪な言葉ではなかったため、応じることにする。
「1週間と少し前、感染した恋人に」
「…1週間前、ふむ。何か変わったことはなかったんですか?」
「噛まれてすぐに抗生物質を服用、その後しばらく寝込み続けた」
「なるほど。やはり、そうか。だが、ふぅむ」
医師は顎に手を当てて唸りながら頷いている。勝手に自分の世界に入り込まないで欲しい。
「あ、あの、もう出て行っていいですか」
「待ちなさい。中で話がある、女の子も一緒に来てくれ」
「え…」
てっきり追い出されると思っていた俺は拍子抜けだった。しかも病院内に通されるとは…
通された部屋は応接室。ちょっといい革のソファに俺と若木さん、佐川さんの3人で座る。対面には先ほどの中年の医師に加えて、中年の女医師が座った。さらに数人若い医師と思われる者が部屋へと入って来た。
「私が医院長の安部よ。こっちは夫、ただの外科医よ」
口を開いたのは中年の女医師、安部。どうやら病院の医院長だそう。確かに、貫禄はある。
「向井です」
「若木です」
「佐川です」
「ふぅん、向井、若木、佐川ね。よろしくねぇ。それで、向井さん、あなた感染者に噛まれて発症していないんですって?」
「その通りです」
「飲んだ抗生物質は何かわかるかしらね」
俺は聞かれて、自分が使った抗生物質の残りを差し出すか迷った。市販品ではない医薬品と思われるため、再度入手するのが難しいだろう。だが、ここでテキトウに誤魔化していいのだろうか。
僅かに泳いだ俺の視線に、安部医院長の眉が動く。見透かされているように感じる。
「現物が残っている。これだ」
俺は観念して残りの抗生物質を目の前の低いテーブルに置く。
「失礼」
安部医院長は容器を手に取って蓋を開けて中身を見る。
「1錠、貰えるかしら」
「こっちの2人を保護してくれるなら」
容器を覗き込む目が、こちらにギロりと向く。
僅かな間があって。
「いいわよ。でも、向井さん、あんたはどうするのよ」
「俺にはやることがあるので」
「やること…?生き延びることより大事なことがあるのかしらね?」
「ええ。この惨劇を引き起こした者たちへの復讐なので」
部屋にいる者たちの視線が一層強まった。若い者たちから安部夫妻まで鋭い目付きに変わる。
「やはり、何者かが起こしたバイオテロ、なのね?」
嘘は吐かせないぞという強い意志を持った視線で安部医院長が尋ねて来る。
「はい。間違いなく。東京の感染の中心だった渋谷に残っていた組織の連中を殺し、情報を入手しました。テロを起こした理由、これからの動向、そして拠点の場所を手に入れています」
「この近くに、いるのかしら?」
「秩父にいる、ということはわかっています。恐らく拠点化しても気付かれない別荘地か空いた分譲地か」
「なるほど…」
しばしの沈黙。
「この病院を拠点にして捜索すると良いわ。医療物資も融通してあげるし、地元に詳しい人もいる」
「いいんですか?」
「その代わり、そのテロリスト集団が持っているこの未知の感染症の情報が欲しいわ。もし治療薬や予防ワクチンがあればそのサンプルも。我々なら解析して新しく作ることも可能かもしれない」
「なるほど、わかりました。良いですよ。拠点にある情報や物は全てお渡しします」
そう言うと、安部医院長は立ち上がってこちらに手を伸ばした。俺も立ち上がってその手を握る。
「希望が、見えて来たわ」
「ええ。奴らには絶望を見せてやります」
俺は安部総合病院を拠点とすることとなった。




