第36話 想定外
浦山ダムから道を下り、国道140号線へと出た。秩父往還道と書かれた看板がある。
国道には打ち捨てられた車などは特になく、本当にただただ車通りの少ない普通の田舎道にしか見えない。人気は無く、道路沿いの民家も静まり返っている。感染者の気配は一切ない。
静か過ぎる。一抹の不安を抱えながらも、道路を右に曲がり秩父の中心方面へと歩き出した。
後ろを付いて来る2人の女子大生は山岳部ということもあってか、今のところ疲れた様子を見せない。9月の上旬とあってまだまだ暑いが、ともかく歩き続けた。
1時間ほど歩いた。今のところ感染者はなし。そしてダムから見えていた学校と思われる建物までやって来た。
学校は避難所になっているようで、校門には何人か人がいた。
「ですから、ここは15歳以下の子どもか、70歳以上のお年寄りしか受け入れてないんです」
「ンなこと知らねえよ、何でもいいから俺たちを保護しやがれ!」
校門を挟んで、警察官と思われる人物と一般人が揉めているようだった。俺はそんな校門に近付いて行った。
「誰だ!」
「すまない、聞きたいことがあって来たんだが…」
門の内側にいる警察官たちは面倒そうな顔を、門の外側にいる何人かの若い男たちは笑みを浮かべる。
内側はまた面倒なのが増えたな、と言った感じか。外側は増援が来たとでも思った感じか。
「ここは子どもと老人しか保護していません。それ以外の方は自宅か公民館でお過ごしください」
「そう、ですか。この避難所を管理しているのは警察ですか?」
「はい、埼玉県警○○署が管理しています」
「自衛隊は来てないんですか?」
「は?え、ええはい。自衛隊の方からはコンタクトはありませんよ。わかったら帰ってください」
「どうも」
俺はそう言って校門から離れる。外側にいる若者たちはそんな俺を見て唖然としていた。
後ろにいた女子大生2人を連れて避難所から離れ、状況を確認する。
「自衛隊は秩父には入って来ていないようです。連絡等もないなら、まだしばらく救助は来ない。もしくはそもそも救助は来ないか」
「ど、どうするんですか?あの学校は受け入れてくれないみたいですし」
「この地域はまだ感染者が少ないから、自宅待機するように言われている…だが一般家庭ではもう食料は尽きているはず。どこかでコミュニティが出来て、共同で避難生活を送っている場所があるはずです。危険ですが、中心街に向かいましょう」
そう言って、再度国道へと戻り北上することにした。
「それと、さっきの奴らがついて来てます」
俺は悟られないように、校門にいた数人の若者が追ってきていることを2人に伝える。
「えっと、なんででしょう」
「さぁ。聞いてみますか」
俺は女子大生2人を先に歩かせて、後ろからコソコソと追ってきている若者たちに声を掛けた。
「何か用か」
バレバレだが、若者たちは隠れたまま返事をしなかった。
明らかな敵対行為とは言えなかったが、少なくとも友好的ではないと判断。バックパックからライフルを取り出して、弾倉を装着し、セーフティーを解除した。
それでも姿を見せない若者たちを無視し、前方後方共に警戒しながら2人の女子大生を守りながら歩き始める。
「あの、向井さんって、自衛隊の方とかですか?それとも警察とか?」
「どっちでもないですよ。でも、公安の協力者ではありますね」
という説明をしても、若木さんは頭上にはてなマークを浮かべるような顔をする。佐川さんは真面目な顔で頷いているが、たぶん何もわかっていない。
そんな風に警戒しながら歩くこと数分。西武秩父駅前と書かれた交差点にやって来た。
交差点を通過すると、後方から追って来た連中が姿を見せた。そして前方にも数人の若者が現れる。
どっちもチャラい半グレのような若者だ。
「おう、兄ちゃんや。そっちの2人の姉ちゃん置いてさっさと消えな」
前方を塞ぐ半グレの1人がそう言う。何言ってんだこいつ。この非常事態に強引なナンパかよ。
俺はライフルのチャージングハンドルを引いて弾薬をチャンバー内に送り込んだ。
「おぉ?かっこいいねぇソレェ。エアガン?ガスガン?そんなもんで俺らがビビると思ってんのぉ?」
後方にいた半グレが半笑いで近付きながらそう言うが、エアガンでもガスガンでもない。
俺と女子大生2人は交差点で半グレ集団に取り囲まれてしまった。相手の数は8人。ジリジリと距離を詰めて来る。
俺はもったいないと思いながらも、上空へ向けて1発発砲。パァンという破裂音が周囲に響き渡った。
「え、お、おい、アレ本物じゃねえか?」
「馬鹿野郎、一般人が本物の銃を持ってるわけねえじゃねえか」
「こっちは数で囲んでんだ、怯むんじゃねえ!」
半グレたちは金属バットやら鉄パイプやらを取り出して、さらにジリジリと距離を詰めて来る。
「若木さん、佐川さん、伏せてて」
俺はそう言ってから、銃口を目の前の半グレに向けて引き金を引いた。
バァン
「あぁあああ、痛ぇええ、痛ぇえよぉお!」
「は?な、やっぱり本物じゃねえか!」
「うぐっ、いてぇよぉ、助けてくれよぉ!」
仲間が蹲り、血を流している様子を見ても半グレたちはその場で固まるだけで、動きを見せない。
パァン
「ウガァッ!あ、あ、あ、血が、嘘だろ、なんで俺ぁ」
「お、俺は降りるぜ、ケンジ、じゃ、じゃあな!」
「お、お俺も!」
「おい、待ってくれよぉ!」
仲間が2人撃たれたのを見て、後方を囲んでいた3人が逃げ出して行った。
残り、前を塞ぐ3人。
「別に撃ちたいわけじゃない。引き下がってくれればこっちも追わない」
俺はそう声を掛けるが、どいてはくれない。
引き金を引く。
合計で5人の半グレたちが、腕や脚、腹などから血を流して地面に転がった。
「なんで逃げなかったんだ、お前ら」
「うっせぇ、はぁ、はぁ、うっ、ビビったら、仲間に、笑われんだろうが…っ!」
しょうもねえ~。
「急所には当ててない。適切な治療を受ければ死にはしない」
逆に言えば、適切な治療を受けて止血しないと死ぬ。5.56㎜弾のM855は一般的な軍用FMJだが、着弾してすぐにタンブリングを引き起こし、実際の弾丸径よりも大きな外傷を負わせる。そのため見た目よりも傷は酷いものになる。
「クソッ、が、病院の、避難所、から、追い出されて、来た、っての、に。今更、どこで、治療、出来るってんだ」
病院の避難所。なるほど、そこに行ってみるか。
俺は身を屈めていた若木さんと佐川さんを連れて、歩き始めた。
後方から呻き声や恨み節が聞こえるが、知ったことではない。逃げるチャンスは2度与えた。
ここから先、えぐい表現、胸糞などの描写が増えていきます。ご注意を。




