第35話 Escape from Tokyo
翌日。意識を失っていた佐川という女子大生が意識を取り戻した。そして案外健康そうで、十分に動ける体力も残っていた。
俺は数日間も生死を彷徨っていたんだが、どういうことだろう。何か条件があったのか、それとも純粋な健康状態の問題か。
「とりあえず、今日は安全を取って休みましょう。それと、これからどうするか決めないといけません」
「はい。えっと、これから、どうする、というと?」
「俺は東京都心から逃げるようにここに来ました。奥多摩湖で2日前に最後の避難者が自衛隊のヘリで空港へ、そこから北海道へと避難していきました。次はどこに誰が救助に来るかもわかりません」
「東京には、戻れないんですか…」
今朝意識を取り戻した佐川さんにもわかるように説明すると、彼女も若木さんと同じように狼狽えた様子だった。
「俺は秩父に向かいます。そこで果たす目的があるので。銃もあるし、多少の食料もありますから、付いて来るなら最低限の安全は保障しますけど、どうしたいですか?」
「…向井さん、あなたが悪い人ではないのは、私の後輩の命を救ってくれたことからも信じられます。でも、その、なんで助けて頂けるんですか?」
疑念の目で若木さんが俺を見る。確かに、助けるメリットは俺にはない。
「俺の目的は、復讐なんです。この災害を起こした連中を始末すること。その道中、助けられる人は助けていくつもりです」
「復、讐…ですか」
若木さんも佐川さんも少し引いているようだが、事実を言っておいた方が良いだろう。そもそも、助ける理由については本心だ。
「秩父の方がどうなってるかはわかりませんが、恐らく都内よりは感染者が少ないはずです。自衛隊か警察か、もしくは両方が避難所を用意している可能性もあります」
「わかりました。向井さん、一緒に行かせてください。とりあえず、安全な避難所を見つけるまでお願いします」
というわけで、山岳部の女子大生2人と秩父へと向かうことが決まった。
すると、じいさん、奥沢井のじいさんが部屋にやって来た。今までこのじいさんどこ行ってたんだよ。
「ほれ、向井さん、これを持ってきなさい」
そう言って俺に手渡したのは刃物。いや、普通の刃物じゃない。これは…。
「マチェーテ…?」
マチェテ、マチェーテ、マシェット、マシェティ、山刀、etc…呼び名は様々あるが、とにかくマチェーテだった。カバーがされているのを取り払うと、薄刃の刀身が見えた。しかもほぼ新品のようだ。
「わしのじゃが、持って行け。何にでも使えて便利じゃ」
「奥沢井さん、あんたこれどっから」
「ここらの山はわしの庭のようなもん、ここの山荘にも荷物を置かせてもらってたんじゃ」
おいおい、明らかに銃刀法違反の危険物を他人の山荘に置いてんじゃねえよ。と言いたかったが、黙ってありがたく頂くことにした。
「じいさん、あんたはどうする?秩父まで来るか?」
「わしゃいい。元々、この山中に骨を埋める気じゃったし」
「そう、か」
その日は、各人で好きに過ごし、夜を越した。
翌日。俺、奥沢井のじいさん、若木さん、佐川さんの4人は山荘を日が昇る前に出発した。僅かに霧で霞む視界の中、尾根伝いに北を目指す。
道中は特に何もなく、尾根を伝うルートを外れて山を下り始める。やがて軽トラなら通れるような未舗装路に出て、さらに数分歩くと舗装路に出た。随分降りてきた、もうここは埼玉県のはずだ。
「案内はここまでじゃ。3人とも、気を付けてな」
「じいさん、いや奥沢井さん、ありがとう。助かった」
「おじいちゃん、ありがとう」
「またどこかで」
奥沢井のじいさんは、俺たちを見送り、また山へと登って行った。不思議な人だったな。
というわけで、ここからは女子大生2人と一緒の行動になる。何もない平和な日だったら、多少は嬉しい気もしなくはないが、この非常時にそんな気分になることは微塵もなかった。
舗装路を進み、トンネルを抜け、しばらく歩くと湖が見えた。確かこれは浦山ダム湖、だったか。
その岸沿いを伝う道路を北に向かって歩く。すると今度はダムが見えてきた。浦山ダム、日本国内でもトップクラスの高さを誇るダムだったはずだ。
ダムの横にある公衆トイレに女子大生2人が入っていった。水も止まり、電気もつかないだろうが、野原で用を足すよりはいくらかマシだろう。俺は関係なく立ちしょ…。
数分で出て来た2人は、少し汗を額に纏わせていた。締め切られていて暑かったのだろう。2人にペットボトルの水を渡し、ダムの天端の上を歩く。
ダムの天端からの景色はとても良く、秩父の町を一望できた。そこから周囲を見渡し、避難所になっていそうな場所を探す。
目を凝らすと、遠くに学校のような建物が見えた。避難所になっているかはわからないが、とりあえず、そこを目的地にすることとした。
後書き。2章東京脱出編はここで終わりとなります。
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