第34話 Tragedy in the Lodge
3体の感染者が接近してくる。それぞれ登山者の恰好をしていて、外傷が見られる。
足場が良くないため、感染者の動きはそう早くはない。ライフルを構えて、頭部へと照準を合わせて引き金を引く。
山中に轟く銃声。鳴り響く破裂音は何度も山の斜面にぶつかり反響する。慣れている者でなければ何発の銃声かも聞き分けられないだろう。そのため感染者も音の発生源を特定できない可能性が高い。
引き金を引く度に後方にいる女性が短い悲鳴を上げるが、お構いなしに3体の感染者を無力化。まだ付近に感染者がいる可能性を考えて、ライフルを持ったまま振り返る。
「は、は、な、なんで撃ったんですか!」
「え?なんでって、感染者…」
「感染…者…?」
なるほど。どうやらじいさんと同じようにこの女性も状況を理解していない様子だった。
「死んだ人間が蘇り、生きている人間を襲っている。感染者に噛まれると感染して、やがて死んで、奴らと同じように蘇るんです。近くで見たなら、少なくとも奴らが正気じゃないってことはわかりませんでしたか?」
「た、確かに。え、あの、東京は大丈夫なんですか?これから、か、帰らないと」
「東京は既に壊滅しています。たぶん救助もありません」
「そ、そんな…」
「ともかく、そちらの方が意識を取り戻すまで、休める場所に行きましょう」
それにはじいさんも女性も納得して頷いた。じいさんと女性に意識のない女性を任せ、俺は先行して歩き始めた。
しばらく歩き、建物を見つけた。かなりしっかりした山荘のようだ。
「ここで、さっきの、感染者?でしたか、あれに遭遇したんです」
「他にもいるかもしれないので、見てきます。ここで待っていてください」
俺はなるべく足音を立てずに山荘へと近付き、ゆっくりと扉を開けて中へと入った。
玄関には登山者の荷物と思われる物が置いてあった。パッと見て5~6人分だろうか。さっきの女性2人の荷物、そして無力化した感染者の荷物、とするとあと1人…?
「う゛ぅぁああ」
荷物に気を取られ、廊下の角から飛び出して来た感染者に気が付くのが遅れた。咄嗟にライフルを盾にするように構え、噛まれないように顔に押し当てる。
そのまま押す力を強め、感染者を押し倒すことに成功するが、盾にしたライフルごと倒してしまう。
感染者はライフルを自分の後方へと投げ飛ばし、立ち上がり始める。
そこで咄嗟に、登山者の荷物に紛れていた登山用ナイフを手に取った。刃渡りは10センチ程度だが、それで十分。
起き上がる感染者の喉元めがけてナイフを突き出す。
「ぶぼっ…」
ナイフから手を離し、喉元に突き刺したナイフの柄を蹴り飛ばす。
感染者は仰向けに倒れ、しばらくもがいたのち、活動を停止した。
筋肉が動いているということは、酸素供給を立てば活動を停止させられる。という仮定は正しかったようで、気道を完全に破壊し塞ぐことで感染者を無力化できることが判明した。
「ふぅ…」
投げ飛ばされたライフルを拾い、さらに内部を捜索するが、新手の感染者はいなかった。
山荘の中の安全を確保し、玄関で格闘の末仕留めた感染者を外へと引き摺り出す。
そして近くの茂みから様子を伺っていた2人に声を掛ける。
「中は安全だ。中で休もう」
山荘の居間に意識のない女性を寝かせ、人心地ついたところで俺は女性に名乗る。
「向井です。今は警察の協力者、みたいなもんです」
「私は若木萌咲です。XX大学の山岳部です。こっちは同じ山岳部の佐川朋美、私の後輩です」
「わしは奥沢井、山で遊んで暮らしとる」
女性の1人は若木と名乗り、もう1人の意識のない女性は佐川というらしい。どちらも山岳部だというが、女子大学生2人で登山…?
「若木さんと佐川さんは2人だけで登山に?」
「いいえ、元々は5人だったんですけど、途中ではぐれてしまって。それで何とかこの山荘まで2人で辿り着いたんです。この山荘には既に4人の方がいて、そのうちの1人が今の佐川みたいに意識がなくて…。それで今朝に亡くなって、それからしばらくしたら亡くなったと思ってた方が起き上がったんです。それに驚いて近付いた方が噛まれ、それからは阿鼻叫喚。何とか噛まれた方たちと山荘の外に逃げ出したんですけど…噛まれた方の出血が止まらなくって、すぐに亡くなって…そしたらまたその人も起き上がって…」
そこまで言うと若木さんはその光景を思い出したのか、青褪めた顔で自分の身体を抱き、恐怖で震え出した。
「だいたいわかりました…大丈夫です、佐川さんには抗生物質を飲ませたので、奴らのようにはなりません」
「はい…はい…」
それでも先ほどの今朝の事件がトラウマになっているのか、彼女の身体の震えが止まることはない。
「大丈夫、俺も噛まれてから抗生物質を飲んで、助かったので」
そう言って腕の傷を見せる。若木さんは明らかに歯型だとわかる傷を見て、俺の顔を見る。
助かったことが本当だとわかると、青褪めていた顔が僅かながらに希望を見出したように明るくなった。
その日は山荘にある食料を食べ、明るい時間だが眠りにつく。久しぶりの布団の感触に包まれながら、ふわふわと眠りに落ちた。




