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復讐者が征くゾンビサバイバル【第三章完】  作者: Mobyus
第二章 東京脱出編
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第32話 The recluse

 最後のヘリが上空へと上昇していくのを見守った後、俺は山を登り始めた。

 奥多摩湖から秩父へ抜ける道路は、東西のどちらかに大きく迂回することになる。そこで俺は山を突っ切るルートを取ることにした。この辺りは東京から近く、登山者がそこそこ多い。高尾山のような初心者向けな人の多いところを避けて、この辺りの山々へと赴く登山者も多い。

 しかし、この登山道、看板は出ているがぱっと見民家に続いている…本当に大丈夫かこれ。と思ったのも束の間、しっかりと山を登る道に続いていた。

 登山道はかなり急傾斜だが、踏み固められた道に下生えの少ない地面のため歩き難さはない。急傾斜だが。

 途中でゴロゴロとした岩のある区間に出くわした。怪我をしないように少し慎重に進む。

 それからまたしばらく進むと、周囲の景色が変わってきた。かなり標高が高くなってきたため植生が変わったようだ。

 そしてまた登り続けると、尾根に出た。あとは尾根を伝って西へと進んでいく。

 尾根伝いに進むこと十数分で石碑のある山頂に到着した。六ツ石山・標高1478.8メートル、と刻まれている。もちろん人っ子一人いない。

 そしてまた歩き出す。尾根を西へ、西へと。




 ここで少しこの周辺の地形について説明を挟む。東京から西にある地域は、北から秩父、奥多摩、大月、道志村、小田原などがあるが、それらは東西に貫く道があるだけで、南北に縦断する道路は繋がっていない。そのため奥多摩から秩父へ行くには東に進み青梅市へ行き、北上して県境を越えて飯能市へ入り、そこから西へと向かって秩父へと抜ける、というルートになる。

 ちなみに奥多摩と大月を繋ぐルートは最近になって3000m以上あるトンネルによって開通した。それ以前も道路はあったが激ヤバ林道であったため、一般人が通り抜けるのは難があったと言えるだろう。




 そして俺が西へと向かう理由もこれだ。この地域、南北に進むと高低差が激しい場所が多く、東西に進むと比較的高低差の小さい場所がある、という地形なのだ。

 今は日原川にっぱらがわという西から東へ流れる川を含む渓谷を迂回し、その源流付近を北に抜けるルートを取っている。

 尾根を伝って比較的高低差の小さい登山道を進み、次に辿り着いたのは水根山という山らしい。看板にそう書いてあった。特筆すべき点はない。先ほどからほぼほぼ変わらぬ景色だ。秋に来ていれば紅葉など楽しめたかもしれないな、と思ったくらいか。少し休憩して、歩き出す。

 次に見えて来たのは立派な石碑に刻み込まれた鷹ノ巣山の文字。標高は1736.6mだそう。奥多摩湖から1000メートル以上は登っているらしい。夕暮れ時になり、空が茜色に染まりつつあるのが良く見える。この山頂は木々が少なく、とても景色が良い。こんな世の中でなければ、この景色を堪能し、気分良く下山できたのだろうか。


 暗くなり始めた登山道を少し降り、山小屋を見つけた。今日の宿にしよう。

 もちろん人っ子一人おらず…おら、ず…?


「ほぉ、登山者か。久方ぶりに見たのぉ」


 山小屋の外にあるベンチに、老人が座っていた。白髪混じりの髪が季節外れのニット帽からはみ出している、60代前後の男性。慎重は160センチ程度、やや痩せ型、革製のベストを着ており、それなりにデカいリュックを背中に背負っている。


「あ、ああ。ど、どうも、こんばんは」


 突然の遭遇に、俺は堪らずドモった。まさかこんなところで人と出会うとは、動揺を隠せなかった。


「ほっほぉ、驚きましたかね、ほっほっほぉ」


 驚きを隠せない俺に、老人は笑いが止まらない様子だ。


「は、ははは、はぁ。あの、えっと、向井と言います。あなたは…?」

「わしか?わしはぁ、奥沢井、って名じゃったかな…?普段は川上村に住んどるんじゃが、滅多に名など聞かれんでなぁ。もっぱら屋号呼びじゃしぃ」


 川上…村?川上村、川上村。手元の地図で調べてみる。

 ふむ、長野県だな。山梨、群馬、埼玉の3県と隣接する自治体で、ここから最短直線距離でも30キロ以上はあるぞ。今すぐ山を降りて車を使った場合、150キロ以上の道のりになるような場所だ。


「爺さん…いや、奥沢井さん、あんた一体…」

「ほっほぉ、若いもんには世捨て人なんて言われたりするがのぉ。山ぁ降りた時は畑やったり、木切ったり、鹿撃ったり、鮎釣ったり、まあ、何でもやってるのぉ」

「へぇ~。普通に東京言葉で喋るんですね」

「ここらぁ、色んなとこから山登りくっから、ここで人と喋る時はなるべく気ぃ付けてるよ、ほっほぉ」


 てか、この爺さん、もしかして…


「じ…奥沢井さん、今、世界で何が起こってるか知っていますか?」

「なんじゃ?そういやぁ最近全く山ぁ人いないが、何かぁあったか」


 俺は頭を抱えた。たぶん、この人半月以上山籠もりしてるわ。


「ええ、ええ、大変なことになってるんですよ。未知の病気で人が蘇り、死人が歩き出して人を喰らうってるんです。映画とか漫画とかで見たことないですか、ゾンビっていうやつ」

「ゾンビ?ああ、知ってるぞ、火葬されず埋められた死人が蘇る、とかいう洋画のアレだろぅ?ほっほぉ、そのぐらい世捨て人のわしでも知っとるよ」

「想像が古いな…ってまあ、当たり前か。そう、そのゾンビが現実になったんですよ。東京にはほとんど生存者はいないし、国会も政府も、もう機能していません」

「ほっほっほぉ、ほっほっほぉっほっほっほ、ほぉ、ほぉ…マジ、かのぉ?」

「ええ、冗談とかじゃなくて、本当に起こってることです。2週間前くらいから全く登山者を見ていないんじゃないですか?」

「ふぅむ。確かに、そうじゃな、それくらい前からぷっつり人が来んくなったのぉ」

「奥沢井さん、もしゾンビに遭遇したら、声を掛けず、静かに逃げてください。奴らは音にはそれなりに敏感ですが、視力は大したことありません、足も速くないし、足場の悪いところなら猶更です」

「ほう、なるほどなぁ。映画そっくりじゃな」

「噛まれたり、引っ掻かれたりすると感染するみたいですから、とにかく近付かない方がいいです」

「ほぉ、向井さん、丁寧に教えてくれてありがとうぅさん」


 奥沢井さんは俺の忠告を素直に聞き入れて頭を下げた。俺も、慌てて同じように頭を下げる。


「ところで、向井さんはなぜぇ、ここへぇ?逃げて来たんでぇ?」

「ええ、まあ、そんなところです。奥多摩湖から秩父に抜けるために山を登って、尾根伝いに進もうかと」

「ほぉ、そりゃ賢明じゃな。秩父さ行くなら、わしが案内しよぉうか」

「え、良いんですか?これでも、それなりに山歩きは得意ですけど…」

「ほっほぉ!若者に舐められたもんじゃなぁ。良き、山歩きの本懐、教えたる」

「まあ、その前にここで一泊ですかね」

「そうじゃな」


 こうして奇妙な世捨て人との短い旅が始まった。









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