第31話 The last word
視点は村雨。時系列は前話の翌日。
「黙って行っちゃうんですか」
私は最後の避難者を乗せるヘリが着陸してる最中、ひっそりと歩き出した彼の背中に声を掛けた。
彼は声を掛けられたことに少しだけ驚いたようで、すぐにこちらへと振り返った。
「…ハハ、バレましたね」
立ち止まった彼に追いつくように走り出し、ヘリのローター音に声が遮られない距離まで近づいた。
「向井さん、私も一緒に、行かせてください」
私の言葉に、彼は苦笑いしながら。
「村雨さんは自衛官として、これからも国民を、避難者を助け続けるんじゃないんですか」
確かに向井さんの言う通り、私は人を助けることを信念にここまでやって来た。ただ、先日の襲撃を間近で見て、本当にこのまま避難者を助け続けるだけでいいのかと考えた。
「私は…私はこのまま同じような活動をして助けられる人数と、あなたと一緒に元凶の組織から生存者たちを助けられる人数、どちらが多いかと、1日中考えていました」
襲撃の直後、私に責任を被せようとしてきた男性に、向井さんが放った言葉。『助けられなかった人よりも、助けた人の数の方が重要』という言葉。それを丸1日掛けて反芻していた。
「さぁ。それはわかりませんよ。案外、秩父の拠点で何も出来ずに死ぬかもしれません。そしたら助けた人はここにいた人たちだけでしょう?それに、村雨さんは自衛官ですよね?勝手にいなくなったりしたら…」
「それについては、問題ないんです。既に我々のトップである内閣府、防衛省共に喪失しています。今は統合幕僚長の判断にて、各隊員に避難者の救出任務に就くか否かを自由に決めさせています。家族のもとに行くもよし、避難者の中に家族がいる者は共に避難者として北海道に行くもよし、自衛官として救助活動を継続するもよし、自衛官をやめてただただ自由になりたい者もよし、となってるんです」
「そう、だったんですか…」
「もちろん、自衛隊を去るのなら小銃や拳銃など武器の類は返却ということになりますが、M.I.Aなら…」
M.I.AとはMissing In Actionの略。日本語にするならば行動中行方不明。遺体が見つかればK.I.Aとなるが、見つからなくてもほとんど死亡扱いである。
「バカなことを」
「え?」
「村雨さん、あなたの手は汚れていない。俺とは違います。俺は昨日の襲撃に来た連中を殺してますし、渋谷にいた組織の連中も皆殺しにしてます。俺はただの復讐に燃えるケダモノです。でもあなたは違う。人を助けるという信念を持ち、今もそのために行動している」
「っ、だからそのためにも…!」
「俺はこの先、元凶の組織の奴らを殺すことを最優先にします。道中で生存者を助けるのは気まぐれで、片手間でやる程度でしょう。村雨さん、正義感の強いあなたにそれが耐えられますか?感染者や元凶の組織から生存者を救ったとしても、その後は放っておくでしょうし、もしも俺と同じ境遇で元凶の組織の前に立ちはだかる者がいれば容赦なく殺します。それが例え子を人質に取られた親でも、恋人を人質に取られた若者でも、老人でも、女でも…子どもでも」
最後の一言を聞いて、体がびくりと反応した。彼の目は冗談などではなく、本気で迷いない、揺るぎないものだった。
身体が動かなかった。喉も、唇も、言葉を返すことができなかった。
そんな私を見て、彼は続ける。
「あなたがこれからも、救助活動を続けているなら、会うこともあるかもしれませんね。もしも、俺の戦いが終われば、その時は…」
「おぉおーーーーーい!そこの2人!早く乗り込んでくれ!」
彼が何か続けようとした時、ヘリの方から私たちを呼ぶ声がした。振り返るとヘリに乗り込む避難者を誘導していた警官の西野さんだった。
「早く、行ってください。今、この1分1秒の間に助けられる人の数は減っていきます。自衛隊に残って、これからも人を助けてあげてください」
ヘリの方に振り返った私に、彼が声を掛ける。
数舜の葛藤。
そして彼の方へと振り返り、口を開く。
「私は…」
しかし、振り返ると、彼はおらず。ヘリのローター音だけが周囲に響くだけだった。
「私は…っ――――――――――――――」
私の言葉はヘリのローター音に切り裂かれるだけで、誰にも聞こえていなかった。




