第30話 Jack-in-the-container
立ち上がった村雨さんと一緒に、最初のダンプが突っ込んだ場所へと向かう。ここからでも既に複数の人がダンプに跳ね飛ばされて息絶えているのが見える。クソッ。
ガタン。ゴン。
ん?何の音だ。大きな水音に紛れて聞き取り難かったが、トレーラーのコンテナ内から何か聞こえたぞ。
「村雨さん、あのトレーラー」
俺が言うまでもなく、異変に気が付いていた村雨さんは、既にコンテナの扉に向けてライフルを向けていた。鋭い聴覚を持つ彼女は中に何がいるのか、わかっているらしい。
そして次の瞬間、コンテナの扉が勢いよく開き、中から大量のゾンビがなだれ出た。
しかし、この状況でなら1体とも逃すことなく殲滅できる。次から次へとトレーラーのコンテナから出て来る感染者はドボドボと鈍い音を立て転びながら出て来る。倒れている状態の時に頭を撃つもよし、立ち上がってから頭を撃つもよし、這いずって移動する個体の頭を撃つのもそう難しいことではない。
突っ込んできたトラックと銃声、感染者の群れ、そしてまた銃声。避難者たちは騒然としながら距離を取り始めている。
「リロード!」
隣りで射撃中の村雨さんに声を掛け、空のマガジンを取り払って、全装填された新しいマガジンをバックパックのサイドポケットから取り出して装着する。
俺が装填を終えて再度射撃を開始すると、隣で村雨さんがリロードする。
そしてまた撃つ、撃つ、撃つ。撃ち漏らしのないように、次から次へと出て来る感染者を仕留めていく。
やがて出て来る感染者が止み、トリガーから指を離す。
銃口からは硝煙がゆらゆらと風に揺られて流れていく。
残弾の少なくなったマガジンを外し、また新しいマガジンを装着。隣の村雨さんも同様にリロード。
そしてトレーラーのコンテナの扉付近に溜まりに溜まった感染者の死体1つ1つを確認し、完全に活動停止しているか確認していく。死体の数は40体以上、大型のコンテナとはいえどうやってこんなにも大人数の感染者を詰め込んだのだろうか。
隣りで1発の銃声。どうやらまだ動いていたのがいたらしく、村雨さんがトドメを刺したようだ。
やがてすべての感染者の活動停止を確認して、コンテナの中を覗く。中にはまだ感染者がいるようで、僅かな呻き声が聞こえる。
村雨さんとアイコンタクトを取り、コンテナの中へと入る。コンテナの最奥では、衝突の衝撃で他の感染者に圧し潰されたと思われる感染者がいた。そのうちの1体が活動停止には至っておらず、しかし四肢がへし折れ身動きが取れなくなっているようだった。
その最後の1体にトドメを刺し、俺と村雨さんはコンテナを出た。
「…」
コンテナを出ると一緒に避難して来た自衛官の上田隊員がいた。この惨状を見て放心状態に陥っているようだ。そして俺と村雨さんと目が合った彼は、ようやく我を取り戻したかと思ったが、すぐに込み上げてくる物があったらしく、口を押さえて道路わきの茂みへと掛けて行った。
「とりあえず、被害の確認を…」
村雨さんはそんな上田隊員に目もくれず、ライフルを背中に回しながらダンプの突っ込んだ場所へと向かう。
こちらもかなりの惨状で、至るところに人体と思われる物が転がっている。ダンプの直撃を受けた人たちは原型を留めておらず、見るも無残な状態だった。
そんな状態の遺体の中に、自衛官の服装をしている者が2人いた。この避難所にいた自衛官は俺と共にやって来た4人しかいない。吐きに行った上田隊員の生存は確認していたため、つまり彼らは。
「尾崎さん、島竹さん、ですね」
別に言わなくても隣にいる村雨さんはわかっているだろう。俺の言葉に彼女はただ頷いた。
被害確認が終わる。2名の自衛官が殉職、民間人9名が死亡、重傷者が4名、軽傷者2名。
そして今、目の前で1人の少女が息を引き取り、合計死亡者数は13名となった。さらに残りの重傷者3名のうち1名も長くはないだろう。
およそ500人の避難者のうち、医療関係者は僅か2名ほどで、そのうちの1名も軽傷者。そして両名共に看護師であり、重度の外傷に対する十分な医療行為を行うことはできなかった。
次のヘリの到着までの時間は不明、さらにそこから30分以上掛けて下総まで飛行。危篤の重傷者はそれまでに息絶えるだろう。彼は家族と共に避難していた父親のようで、妻と子と手を取り合い、最後の言葉を伝えているようだ。2人が助かって良かった、と何度も何度も聞こえてくる。
俺と村雨さんは応急処置程度しか知識はなく、軽傷者2名の応急処置をすることぐらいしかできず、ただただ最後を看取る妻子を見守ることしかできなかった。
力を失いゆっくりと降ろされる手を握る女の子の目は閉じられていたが、目尻と目頭両方からぼとぼとと涙が流れ出ていく。
まだ小学生と思われる女の子だが、大声で泣くこともなく、ただただすすり泣く声が聞こえてくる。
隣りでそれを見ている村雨さんの手が震えているのがわかったが、俺は何をするでもなく、ただただ見守っていることしかできなかった。
「お、おい」
少しの沈黙の間をおいて、静まり返った惨状の湖畔に声が響く。
俺と村雨さんは声の主に向かって振り返った。
「あ、あんたら自衛隊だろ?ど、どうなってんだ?なんでトラックが突っ込んで来るんだ!なぜこんなにも人が死んだんだ!」
20代前半の男性が大声でまくし立てる。その声は既に震えている。どうやって説明するべきか考えているうちに、隣の村雨さんが答え始めた。
「突っ込んできたのはいわゆるテロリストです。この非常事態を引き起こした者たちと考えられます」
「え、え?」
「最初に突っ込んできたダンプを止めることが出来ず、死者は14名となりました」
村雨さんは感情も抑揚もない声で淡々と、男に聞かれたことに対して事実を答えるだけだった。
「て、テロ、なのか。わ、わかってたならどうして止められなかったんだ!」
「偏に私の力不足かと」
「…っ!」
男はさらにまくし立てようと村雨さんに近付こうと迫って来たが、俺が間に割って入って男を止める。
「な、なんだお前は、じ、自衛隊か?」
「悪者探しはやめないか。テロっていうのも公式な情報じゃない」
「わ、悪者探しだと?ち、違う!そんなんじゃない!お前は善良な国民である俺を非難するのか?!自衛隊員がそんなことしてただで済むとおも…」
「悪いが、俺は自衛官でもないし、警察官でもない」
「は、は?な、ならなおさらだ、お前が俺に何を言おうが知ったこっ…」
あ。何を言ってもダメなタイプの人間だわ。と思った瞬間には既に手が出ていた。
最小限の動作から繰り出されるアッパーカットがご高説を宣う男の顎を打つ。幸い舌は噛まなかったようだが、下顎から上顎、さらに頭蓋まで及ぶ衝撃を受けた男はそのまま後方へと尻餅をついた。
「ぅわ、な、なにを」
そのまま男の顔面を蹴飛ばし地面に倒して、頭を足で押さえつける。
「いがっ、いだい、やめ、やめろ!」
「いいか良く聞け。既に国家の機能は壊滅して法も秩序もあったもんじゃねえ。自衛隊はほとんど善意で避難を手助けしてるようなもんだ。助けられている側の人間が、あーだこーだ文句を垂れるんじゃねえ」
「うぎゃっ!頭がつぶれ、る!やめ、やめてくれ!」
「ダンプに続いてゾンビ入りコンテナを牽いて来たトレーラーがゾンビを解き放ってればてめえは泣きわめきながら逃げ回ってただろうな。その後に来たタンクローリーがヘリポートを吹っ飛ばしていたら自衛隊のヘリが着陸する場所は消し飛んでたんだ。わかるか?」
「ガガガ、ギギ」
「俺らが14人を死なせたんじゃねえ。14人以外を助けたんだ」
頭に血が昇って上から目線で語っているが、言っていることに間違いはないはずだ。俺と村雨さんがトレーラーもタンクローリーもそのまま通過させていたら、この場所にいる避難者およそ500人のほとんどが死傷し、救助も不可能になっていただろう。そもそも最初のダンプが突っ込んだのだって咄嗟にパンクさせていなかったら倍の死傷者が出ていてもおかしくはなかった。
俺は言い終わってから男の頭を踏みつけていた足をどけた。男はそのまま蹲って頭を押さえてブツブツと何かを言っているが、それこそ知ったことではない。
周りでそれを見ている人たちは、黙って静観しているだけだった。その中には警察官の西野巡査部長もいた。俺がここまでやっても止めないってことは、言っていることにある程度の正当性を認めたからだろう。
そして振り返り、今の話を聞いていたであろう、最愛の人の最後を看取った妻と子のそばへと行き膝をつく。
「助けられなくて、ごめんなさい」
しばしの沈黙の後、夫の手を離し、彼の両の手を胸の上で組ませた女性は、涙を拭う。そして隣ですすり泣く娘を抱きしめながらか細い声で切り出す。
「確かに、今あなたが言った通り、かもしれません。でも、お礼を言う気にもなれません」
太陽の熱射で高温になっているアスファルト上の惨状は、また沈黙の空間へと戻る。
まくし立てて来た男も、女性の言葉を聞いて頭が冷えたのか、道路の縁石の上に座って、頭のたんこぶを押さえながら惨状を見渡しているだけだった。
やがて次の救助ヘリの音が聞こえ、場を支配していた沈黙は人々の希望の声に変る。