第28話 Rest area
しばらく歩き続け、2時間ほど。道路上の青看板には大丹波と書いてあるところまでやって来た。
8月下旬というだけあって、かなり暑い。水分補給と休憩のために道路を逸れて木陰に入る。
俺は持っていた500ミリリットル入り飲料水を1人1本ずつ配った。
「結構な量の水、持ってたんですね」
「ええ、まあ」
先日入手した水は、これで残り2本になった。どこかで水を補給しておきたいな。
飲料水が空になったペットボトルを回収してバックパックにしまい、再度出発。
隊列は先ほどと同じだ。
「そう言えば村雨さん、今日って何月何日でしたっけ?」
「え?」
「渋谷で記憶が飛んでから、日にち感覚がぼやけてて、今って8月の終り頃でしたっけ?」
「あぁ、そういう…今日は9月1日ですよ。まだまだ暑いですね」
9月1日か。
それからまたしばらく、無言で周辺警戒をしつつ傾斜のきつくなりつつある青梅街道を進んでいく。
4時間後、奥多摩湖まであと少しまで来たところで問題が発生した。
どうやらトンネルの入り口が完全に塞がれているようだ。元々が狭いトンネルのようだが、トラックが横転した状態で斜めに入り口を塞ぎ、今も火災が発生しておりトンネル内に煙が充満している様子も見て取れる。
感染者が通れないようにあえて塞いだのか、事故で塞がれたのかは不明だが、どちらにしろトンネルは通行不可能だった。
しかし、トンネルのすぐ脇にトンネルが造られる前に使われていたと思われる旧道が存在していた。とはいえ、道幅は非常に狭く、かなり急な坂道で、曲がりくねっていて見通しも悪い。
「先生方には休憩が必要だ。村雨、この道がトンネルの向こう側に続いているか偵察してきてくれ」
「わかりました」
「俺も行きましょう」
尾崎さんの指示で偵察に向かう村雨さんに続き、俺も旧道へと入っていく。
傾斜が15度くらいある急坂だ。滅多に人や車が通らないためか、路面には苔が生えている。
そんな道路を進み、カーブを1つ、2つ曲がって行くと、路上に何かがあった。
それに気が付いた俺と村雨さんは咄嗟にライフルを構えて警戒するが、それが動き出すことはなかった。
「遺体、ですね」
近付いて行くと、それが感染者の死体だとわかった。よく見ると銃創や打撲痕があることがわかる。
「この先にいる生存者たちが倒したんでしょうか」
「えぇ、恐らく」
そのまま道を進むと、またいくつかの死体を見つける。進むにつれて銃創のある死体は減り、外傷の酷い死体は増えていく。銃を持った者が負傷したか弾薬が尽きたのかはわからないが、少しずつ後退しながら鈍器で感染者を倒していったのだろう。
合計で死体の数は30体ほど。そのほとんどが鈍器による頭部外傷によるものだと思われる。老若男女問わず道端に転がる死体に嫌気が差すが、構わずに進んでいく。
道路はトンネルの反対側まで続いており、かなり急な登り傾斜と下り傾斜があり死体が散乱していること以外に問題はなかった。
「村雨さん、先に戻って報告してください。俺は、遺体を端に避けておくんで」
「…そうですか、わかりました」
村雨さんは道端に散乱する死体を見て、少し思案してから頷いて来た道を戻って行った。
流石に一般人の教師たちに散乱した死体を見せるのはマズい。頭部の形が変わるほどの外傷を負った物なら猶更だ。死人も生人も撃って殺して来た俺でも、こうして多数の死体を見るだけでも気分が悪くなるのだ。
死体を引き摺り、一カ所に集め、不法投棄されていたブルーシートを掛けて見えないようにする。その作業が終わるまで30分ほど掛かった。
そして他の人たちが待つトンネル前まで戻る頃には既に空は夕焼けに染まり、山間のこの場所は徐々に暗くなりつつあった。
「向井さん、ご苦労様です」
村雨さんから報告を聞いて待機していた尾崎さんが深く頭を下げて来た。その行動に報告を聞かされていなかった他の2人の隊員と先生たちは不思議そうにしていた。
「いえ、お気になさらず」
そこからはまた元の隊列に戻って、トンネルの脇にある旧道を進む。
暗くなりつつある道だが、血痕の残る路上に隊員たちや教師たちも気が付いた。俺が何をしていたのか、想像に難くないだろう。そしてトンネルの向こう側まであと半分ほどの地点に無造作にブルーシートを被せられた何かの山があれば、それが何かは理解できるだろう。
その時、夕方特有の風が吹き、ブルーシートを揺らして捲る。
「うっ…」
捲られたブルーシートから覗く死体の山、その中の1つと目が合ってしまった浜田先生は手で口を塞ぐが、耐え切れずに道端に嘔吐する。
そんな浜田先生に村雨さんが駆け寄り、背を擦る。
俺はすぐにそれを追い越して、ブルーシートを掛けなおした。何という間の悪い風だろうか。
そんなハプニングがありながらも、なんとか一行は峠を越えてトンネルの反対側へと出ることができた。
そこからは特に問題もなく、奥多摩湖まで行くことができた。
奥多摩湖を堰き止める小河内ダム、そのすぐ横にある駐在所の前にバリケードが設置されていた。車やらどこから持って来たのかわからないフェンスなどで無造作に造られているバリケードだ。
そんなバリケードの目の前までやって来た。既に日が落ちて辺りは夕闇に包まれつつある。
「人だ、生存者だ」
バリケードの前で立ち止まっていた一行は、そんな声を耳にする。
すると、バリケードの一部がズリズリと音を立てて動く。バリケードの一部を形成する車がゆっくりと動いたようだ。そしてバリケードに隙間ができ、中から人が出て来て手招きして来た。
一行はすぐにそのバリケードの隙間をくぐり抜ける。
「良くここまで辿り着けましたね」
薄暗くて見えにくいが、どうやら警察官と思われる人物がバリケードを抜けた先で待っていた。
「とりあえず、奥へどうぞ」
少し小声で案内する彼について行くと、奥多摩湖沿いにある休憩施設や駐車場には明かりが灯っていた。持ち運びできる発電機の音がするため、それを使ってライトスタンドに電気を供給しているのだろう。
明かりに照らされている場所には多くの避難者と思われる人たちが座り込んだり、立ったまま不安そうに周囲を見渡したりしている。
「さて、とりあえずここでいいでしょう。私は西野巡査部長です。あなたたちは、自衛隊ですよね?」
明かりのある辺りまでやって来た警察官は、立ち止まって振り返り名乗った。巡査部長、っていうと交番や駐在所の主任か、恐らくバリケードが置いてあった駐在所の人なのだろう。
「ええ、実は○○中学校に残っていた教師の方たちを救出しに来たのですが、着陸に失敗し機体が墜落してしまい、教師の方々を連れてここまで」
尾崎さんが対応し、事情を説明する。
「なるほど、それは大変でしたでしょう。昼は暑かったですよね、水はたくさんありますので脱水症状に気を付けてください」
「ありがとうございます」
どうやら飲料水は確保されているようで、休憩スペースのテーブルの上に水タンクが置かれている。
あれ?ここは水道が通ってるのか?
「ここは水道が使えるんですか?」
「いえ、近くの湧き水です。あ、ご安心ください、私も数日前から飲んでますが全く問題はありません」
「あー、なるほど」
湧き水か。後で空いたペットボトルに補給しておこう。
「お疲れでしょう。救助のヘリは明日も明後日も来るようですから、とりあえず今日は休んでください」
「ありがとうございます」
1日中歩いていた俺たちは、ようやく安全な場所まで辿り着いて、腰を降ろした。




