第27話 Tama River
タイトルに深い意味はありません。
「改めて、向井です。分けあって旅の途中です」
教師たちに缶詰を渡し、食べて貰っている間に自衛隊員に自己紹介をする。
「分隊長の尾崎です」
指揮を執っていた自衛官は尾崎、と名乗った。ベテランっぽい見た目で、日焼けで浅黒くなった肌、短髪で筋肉質な肉体を持っているが、メガネの先にある瞳は知性のある真面目な印象を受けた。
「島竹です」
「上田です」
残る2人の隊員は島竹と上田と名乗った。島竹は30代前半くらいで、あまりやる気のなさそうな顔をしているが、まあこの状況じゃ士気も上がらんよな。上田は体格が良いというよりは少し小太りな感じの青年で、おそらく俺とそう変わらない歳だ。
「村雨です」
「知ってます」
缶詰を食べ終わって一息つき始めた教師たち。名前を聞くほどでもないが、一応代表っぽい感じで話している男性教師と女性教師に名前を尋ねる。
「城嶋です。この○○中学校の2学年で学年主任をしていました」
男性教師の名は城嶋というらしい。40代手前だと思うが、真面目で誠実そうな感じがする。流石学年主任だ。
「浜田です。えっと、1年2組の…って関係ないですよね、これ」
ほぼ言い終わってから必要のない情報だと気付いたようだ。女性教師の名は浜田というらしい。20代後半と思われるが、すっぴんでも美人な女性だ。さぞ生徒に人気があったに違いない。
「他の3人は佐藤先生、久保先生、坪田先生です」
と浜田先生が教えてくれた。たぶん先述から国語の先生、体育の先生、家庭科の先生だと思う。これは完全に見た目でそう判断した。まあ、それっぽい見た目ってだけだが。
「それで、もう行けそうですか?」
缶詰を食べ終わって胃に物が入ったからか、多少顔色が良くなった教師たちを見て、俺は尋ねた。
「ええ、なんとか。皆さんどうですか?」
城嶋さんはそう言って1人1人の顔を見たが、特に問題はないようだ。
「大丈夫そうです。早く移動しましょう」
「そうです、ね、ってあれ、なんで俺が。尾崎さん、どうしますか?」
なんで俺が指揮してるんだと自問自答して、尾崎さんに問う。
「準備が出来たなら移動しましょう。私と島竹、上田の3人が先導します。先生方は付いて来てください。村雨、殿を頼む。あと、向井さんも後方をお願いできますか?」
「ええ、もちろん」
本当は秩父の方まで急ぎたいのだが、乗りかかった船は最後まで乗るべきだろう。
「では、出発します。なるべく足音は立てず、感染者がいたら身を屈めてください」
尾崎さんはそう言って島竹・上田隊員を連れて先に歩き出した。
教師たちはそれに続いて歩き出し、俺と村雨さんも彼らの後ろについて歩き出した。
学校を出てすぐ、線路沿いの道に出た。確かこの路線は、青梅?だったか。奥多摩まで続いている路線だったはずだ。
そう言えば、これに乗って悠陽と奥多摩でBBQをしに行ったな。そこで鮎だかを釣る体験をした。今となっては遠い記憶だ。
そんなことを思い出していると、隣で周囲を警戒しながら歩いている村雨さんに睨まれた。
「あの、ぼうっとしてないですか?熱中症ですか?」
「ああ、いえ、大丈夫です」
「そうは見えませんが…」
「ちょっと昔のことを思い出しただけです」
「え?思い出した、記憶が戻ったんですか?」
あれ、記憶喪失の話って村雨さんにしたっけか。
「多田野さんに聞きました。記憶喪失だったとか」
俺から視線を外して再度警戒に戻った村雨さんは、俺が記憶喪失だとわからせてくれた多田野さんから聞いたという。まあ、俺の監視役って感じだった彼女に説明していてもおかしくはないか。
「確かに記憶喪失だったみたいですけど、数日前に記憶が戻りました」
「そうなんですか…ショック性の記憶喪失って聞きましたけど、理由はわかりましたか?」
「目の前でゾンビになった恋人が人間を喰ってたのを見たから、です」
「っ…すいません」
流石に俺の回答には、警戒のために視線を外していた村雨さんも、俺の顔を凝視してから目線を下げた。
「いいんですよ。事実ですから」
「…それで、いつの間にか皇居から姿を消していましたが、何をしていたんですか?」
そういえば、多田野さんに公安が待ってると言われて皇居の避難所からすぐに渋谷に向かったんだったな。
「俺が記憶を失った渋谷で、公安の者が待っていると多田野さんから教えて貰ったんです。それで渋谷に行き、記憶が戻りました」
「なるほど」
村雨さんは再度、視線を外して周囲警戒に戻りながらも、相槌を打った。
「パンデミックを引き起こした奴ら、俺はそいつらに無理やり協力させられていたんです。恋人を人質に取られて。銃器の扱いを教え込まれ、何年も荒事の手伝いをさせられ、ようやく恋人を解放してやると言われて渋谷に来てみれば…」
「そこで感染した恋人を見て記憶喪失、ですか」
「ええ。渋谷では公安の土井という人物と接触して、元凶の組織の拠点を制圧しました。奴らの目的は文明のリセット、そして自らが人類の始祖となること」
「始祖となる、ですか。そんなことのために…?とても信じ難いです」
「そうですね、俺もそう思いますよ。本当に」
バカげた話だが、事実は小説よりも奇なり、という言葉があるくらいだ。下手な物語よりも下手な筋書きが現実に起こっていたりする。
「始祖となるために、そいつらは生存者たちを狩る計画を立てているそうです。そこで、土井には元凶の組織の拠点を攻撃し、生存者狩りを食い止めてくれと頼まれました」
「…向井さんがふざけた戯言を言っているとは思えません。それに、我々は避難行動中に何度か何者かに妨害を受けましたし、この事態がテロだとほぼ断定しています」
「信じてくれますか?」
「はい。とりあえずは」
そこで会話は途切れた。一行は線路沿いを進む。
線路を渡ると、立派な建物があった。市役所らしいが、人気はない。
線路沿いの住宅街を通り、西へと向かう。
途中に高校があったが、こちらは避難所に指定されておらず、ほとんどの人たちは奥多摩へと避難誘導されていったらしい。
住宅街を抜けると、少し太い道路に出た。道沿いには少しレトロチックな建物が並ぶ。商店街?のようだ。
「青梅街道、ですね」
村雨さんがぽつりと言う。
そのまま歩いていると、前方で動きがあった。
「感染者だ。身を屈めて、ゆっくり」
進行方向に感染者の群れがいた。数はざっと30。道路を塞ぐようにぼうっと突っ立ていたり、腰を降ろしている個体もいる。
身を屈めた隊長の尾崎さんが、こちらへハンドサインを送る。引き返せという指示のようだ。
ある程度引き返し、再度隊列を組みなおし、南へ一本道を逸れて西に進む。が、そこにも同じように感染者が群れを成していた。また南に一本道を逸れるが、また感染者が。そうして一行は南へと南へと向かわされる。
そして迂回すること4回。川沿いの道に出る、これは確か多摩川だったはずだ。青看板には青梅街道と表記されている全4車線の道路だ。新道かバイパスだろう。
だが、その道も西に向かうと感染者の群れに突き当たった。
「どうやら、ここら辺は感染者の溜まり場のようですね」
「この数なら制圧できるか…?」
「制圧している間に他の道路にいた群れがこっちに来るんじゃ…」
尾崎さんと意見を交わしていると、教師陣の中から声が上がった。
「あの、あっちに吊り橋があります。西に抜けられるはずです」
声を上げたのは浜田先生だった。土地勘があるようで、彼女の案内で川沿いに向かうと、確かに歩行者専用の吊り橋があった。鮎見橋。蛇行する多摩川に掛かった橋で、その向こうには釜の蓋公園という川沿いの公園があるようだ。そこには感染者がおらず、なんとか大きな迂回をせずに西へと抜けることができた。
Tama River たまり場 なんつって。さーせん。
実際にある施設名は流石にアウトだと思うので、一部はぼかしたり、別名だったりします。地域名、道路名、路線名はセーフかなと思うので基本そのままです。




