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追放園児~年少さんでありながら《砂場の王者》と呼ばれた俺、ボール遊びからハブられ復讐を誓う~

作者: 林 樟賢


 年少ねんしょうさんの頃、俺は「もつなべ園」のヒーローだった。


 スコップ、バケツ、そして砂型――さまざまの道具を使いこなし、砂の山を築き上げる俺のことを誰もが尊敬し、《砂場の王者》と呼んだ。


 この男――そーた君がやって来るまでは。


「サッカーしようぜ」


 俺と超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君が砂山にトンネルを開通させたとき、突然やってきたそーた君が言った。


 超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は困ったようにそーた君と俺を見比べた。俺は何も気付かない振りをして砂型に砂を敷き詰め、カニさんの形の砂山を作った。


「おい、聞いてんのかよ!」


 そーた君は俺の作ったカニさんの砂山を蹴っ飛ばして怒鳴った。


「――っ! なにしやがる!」


 俺が怒鳴り返しても、そーた君は悪びれる素振りもない。


「いつまでそんな子供のお遊びをしてるんだよ。このオレがサッカーに誘ってやってんだぞ?」

「砂遊びをバカにするなよ。お前たちのサッカーのゴールポストは、俺が作ってやったってことを忘れたのか?」


 もつなべ園の園庭にある遊具はたったの二つだけ。耳の垂れたワンちゃんの形をしたすべり台と、座り込んだパンダだかクマだかの形をした、遊び方のよくわからない置物。つまりまともな遊具はすべり台だけだ。


 まったくもって馬鹿げている。園の上層部は俺たちをなんだと思っているんだろう。すべり台なんて、一日にそう何度も遊ぶもんじゃない。登っては滑り、登っては滑りを外遊びの時間中繰り返すなんて、賽の河原と相違ない。この世の無常でも悟ってしまいそうだ。


 そんなことだから園児は遊具に見向きもせず、砂遊びかボール遊びを嗜む。ボール遊びと言ったって、そーた君が来るまでは、お互いにボールを蹴り合うパス練習みたいなことをするだけだった。


 だがそーた君は、外部からこの園内に新しい文化を持ち込んだ。


 サッカー。このゲームの画期的なところは、プレイヤーを二つのチームに分け、得点数を競うという部分だ。


 知育では無く、闘争を目的とした過激な遊びに園児たちは夢中になった。


 だがもつなべ園の狭い園庭に、サッカーゴールなんてものは無い。そこで俺が砂を使って、仮初かりそめのゴールを建設したやったのが、ひと月ほど前の話だった。


「バケツに砂を入れてひっくり返すだけだろ。誰にでもできる」


 だというのにこの男は、感謝の言葉の一つもない。当然だ。こいつは根本的に砂遊びを見下しているんだから。


 去年と比べて、砂遊びの人口は減っていた。年中ねんちゅうさんにあがってから、他の連中はみんなそーた君とのサッカーに夢中だった。園庭と比べたら砂場は狭い。いつまでも競技人口が増えるとは思っていなかったが、まさか新しい年少さんまでもが砂遊びを敬遠するとは思わなかった。今だって、砂場で遊んでるのは俺と超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君の二人だけだ。


 だから、俺はこいつが嫌いだった。俺から仲間を奪ったこいつが。


「俺には球蹴りの方がよっぽど幼稚に見えるね……みんなで一つの球を追っかけ回して、まるで獣の遊びだ」

「なんだと……?」


 よほど気分を害したらしい、そーた君が俺を睨む。他の連中もこうやって脅してきたんだろう。こいつに人望なんてない。この男にできるのは、暴力と脅迫による支配だけだ。


「失せろ。俺はサッカーなんかやらない」

「勘違いすんなよ? オレが誘ってるのは超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君だ」


 思わず鼻で笑ってしまう。バカなやつ。超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は一年以上俺と砂遊びをしてきたパーティメンバーだ。今更サッカーなんかになびくようなナンパな男じゃない。


「なあ、超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君。オレの仲間になれよ。こんなやつほっといてサッカーしよう」

「で、でも……」

「こんな遊びに未来はない。オレたちはもうすぐ年長ねんちょうさんに昇格するんだぜ? その次は園を出て小学校に行くんだ。学校にはサッカークラブだってある。……砂遊びクラブはないだろうけどな」


 超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は少し迷って――砂場から足を踏み出した。


「おい、超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君……?」

「決まりだな。お前とはもう遊びたくないとよ」

「嘘だよな……? 俺たち、パーティだよな……?」


 超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は七色に輝く光線を放ち、追いすがる俺を制した。


「しょういち君……そーた君は年中さんの身でありながら、市のサッカークラブに所属してるんだ」

「そ、それが何だよ」

「わかるだろ! 僕たちとは住む世界が違うって、ずっとそう思ってた……でも、僕だって向こう側に行きたい」

「どういうことだよ! 裏切るのか!」

「……そーた君には逆らえないよ。だいたい、そーた君の言うとおりじゃないか」


 超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は見下したような目付きで俺を見た。三対六本の触覚が敵意を示すように逆立っている。


「砂遊びなんて、子供の遊びだ」


 全身から力が拔ける。嘘だよな、超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君。言わされてるだけだ。そうだと言ってくれ――


 願いもむなしく、超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君は振り返って、サッカーコートにされている園庭の中心の方へ向かっていった。


 そーた君はニヤニヤと笑いながら、愉快そうに俺を眺めた。


「これからは一人で遊ぶんだな。《砂場の王者》サマ?」


 そういうと、そーた君は俺と超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君が作った砂の山までも蹴り飛ばした。トンネルが開いていた砂山はいとも簡単に崩れて、見る影もなくなった。


 超越者スティル=ヴュラ=エウラオラ君とそーた君が遠ざかっていく。楽しそうな園児の声が園庭の真ん中から聞こえてくる。


 小さくなった砂山を、俺は何度も殴った。


 何度も、何度も何度も殴った。


 そして誓った。


 砂遊びをバカにしたあいつらに、なんとしても復讐してやろうと。




 ***




「お前がやったんだろ!!」


 自由時間が始まってすぐ、そーた君は怒声を撒き散らしながら俺の胸元を掴んだ。


「……何のことだよ?」

「とぼけんじゃねえよ……あれを見ろ!」


 そーた君は園庭を指差した。サッカーコートとして使われていた開けた部分に、いくつもの砂山が置かれている。


「へぇ……あれじゃあ、サッカーはできないな」

「しらばっくれやがって……お前がやったんだろ? あんな陰湿なマネするやつは他に考えられねえよ」

「バカ言えよ……あんな数、俺一人じゃ無理だ。少し考えたらわからないか?」

「お前ならできんだろ! なんせ《砂場の王者》サマだもんなあ!?」


 園庭を砂山で埋め尽くしたのは確かに俺だ。だがこいつにそれを証明することはできない。だから俺は、こいつがいつもやっているような高圧的な態度で言ってやった。


「証拠があんのかよ? 俺がやったって証拠が」

「それは――」

「あるなら見せてくれ。あれを一人でできるって、実演して見せてくれよ」

「テメェ……!」

「それができないなら、とっとと片付けてきたらどうだ? ――おひるねのじかん、始まっちまうぞ」


 俺たちが通うもつなべ園には、三回の自由時間がある。


 一つ目は登園からおうたのじかんまで。二つ目はおうたのじかんの後、おひるねのじかんまでの間。そして三つ目の自由時間は降園準備ができてからおむかえが来るまでの間だ。


 当然、登園直後の自由時間は園児によってその長さが異なる。早く登園すればその分、自由時間も増える。だがそれは凡夫の考えだ。


 俺は今日、園服に着替える直前におしっこを漏らすことで登園時間をあえて遅らせた。すべての園児が自由時間を終えて園内に戻ったあと、わずか数分の、俺だけの自由時間を生み出したのだ。


 せんせーたちも、いつ来るかわからない園児を律儀に門前で待っていたりしない。室内の園児にかかりきりになっている間、園庭を気にする余裕なんてないわけだ。


 一番の障害はおかーさんだった。門から室内まで付き添われてしまったら、この計画は台無しになる。そして普通に遅刻するだけではその可能性はかなり高い。せんせーに遅刻の申し開きをしなくてはならないからだ。


 だから俺は漏らした。すぐには着替えず遅延行為まで働いた。おかーさんはカンカンに怒って、すっかり冷静さを失い、俺を門前で車から降ろして仕事に向かった。両親が共働きだからこそできる荒業だと言える。


「ほら、どうした? さっさといけよ」

「――クソ! おい、いくぞみんな! 手分けして砂を運ぶんだ!」


 そーた君たちが園庭に向かって駆け出していく。それすらも、俺の策略の一端と知らずに。




 園庭の砂山が片付けられていくのを、俺はパンダの遊具の影から人知れず覗き見ていた。砂場と対角線上にあるこの遊具の影からなら、サッカーコートとして使われている場所と砂場の両方が一瞥いちべつできるからだ。


 そーた君たちは俺が普段使っていた砂型やバケツなどを利用し砂山をすくい取り、砂場へと戻していく。さすがに年中ねんじゅうサッカーをしているだけはあって、統率されたチームプレイには眼を見張るものがあった。


 ――もしあの連携が、砂遊びで発揮出来たら。


 そんな考えが浮かんで、咄嗟に頭を振る。


 あいつらはみんな、俺を見捨てて球蹴りに興じた裏切り者だ。二度と一緒になんて遊ぶものか。


 そうこうしている内に、全ての砂山が園庭から姿を消していた。俺の想定よりも随分早く片付け終えたらしい。おひるねのじかんまでは、まだだいぶ時間がある。


 想定外ではあったが、計画に支障はない。俺の復讐はここからだ。()()()は済んでいる。あとはその瞬間を見守るだけだ。


「――あれ? そーた君、ゴールがないよ」

「ああ、そうか。全部片付けちまった……。バケツは?」

「えっと、これかな」

「それじゃ浅すぎる。もっと細長くて、深いやつがあったはずだ」


 そーた君がキョロキョロと周囲を見渡し、やがて砂場の縁に置かれたバケツに気がつく。


「あるじゃないか、ちょうどいいのが」

「え……あんなバケツ、さっきあったかな」

「なんでもいい。俺がゴールポストを作る」


 そしてバケツに近寄り、その中を確かめる――いいぞ、思った通りだ。


「――なんだこれ。泥んこか? やれやれ、それっぱなしかよ……やっぱり、砂遊びなんてやるやつは幼稚で責任感が無いな。使ったものは戻すのが常識だろ」


 悪態をつきながらも、バケツから泥を出すことはせず、そのまま砂場から離れた。俺が以前に作ったゴールポストが、泥で成形した後に乾燥させたものであると知っていたのだろう。


 そーた君はそのままバケツを持って、みんなの方へと歩いて行く。


 いよいよだ。ドス黒い期待に胸が高鳴るのを感じた。あの男の、あのすました顔が歪むところを想像するだけで、胸の高鳴りは一層強くなる。



 そーた君が、バケツをひっくり返して地面に置く。ゴールポストを作るために。



 ぼん、ぼん、と底面を叩き。



 バケツが垂直に持ち上げられる。



 姿を現したのは、泥の円柱――ではなく、()()だった。



 バケツの蓋の役割を果たしていたそれは、重力に従ってその役目を追われ、その姿を地に落とす。タガが外れ、バケツの中から沢山の砂がサラサラと流れ出ていく。



 泥の円盤が皿なら、ひっくり返ったバケツはさしずめクローシュだ。高級な西洋料理のように、それは流砂の中から顔を出した。




「――うんちだ」




 誰かが言った。俺でも、そーた君でもなかった。


「なんだよ、これ――なんで」


 そーた君が慌てた様子で尻餅をつく。少しでもうんちから体を遠ざけようとした結果だった。



「……うんちマンだ」



 また別の誰かが言った。言葉が波紋のように広がっていく。


良便りょうべんだ」

「そーた君がやったのか?」

「凄くくさい」

「なんでこんなことを」

「そーた君がうんちマンってこと?」

「うんちマジックだ!」


 小さな波紋は段々と勢いを強め、波濤となって園児たちを飲み込んだ。



 『うんちに触れし者(うんちマン)』。



 それはもつなべ園だけでなく、全園児にとっての不名誉な称号だ。


 一度その烙印を押された者は、侮蔑の対象となり、下手をすれば一生、その名で呼ばれ続ける。



「――ち、違う! これは俺がやったんじゃない!」



 そーた君が一生懸命に反論する。無駄な抵抗だ。園児たちの矮小な脳みそでは、『うんちがどこから来たか』なんてことまで想像はできない。彼らにとってあのうんちは『そーた君が持ってきたうんち』――つまり『そーた君のうんち』だ。


 もちろん黒幕は俺だ。俺があらかじめ、バケツにうんちを仕込んだ。


 ――――『バケツに砂を入れてひっくり返すだけだろ。誰にでもできる』


 あいつはそう言った。俺にそう啖呵を切った以上、ゴールポストは自分自身の手で作ろうとするはずだ。だから複数作った砂山の方ではなく、バケツの方に細工をした。


 仕込みは簡単だ。バケツの中に砂を入れ、その中にうんちを入れ、泥で蓋をする。上から覗いただけでは、バケツの中は泥でいっぱいになっているように見える。


 水分の量が違うから、実際に泥をバケツに敷き詰めたときとは重さが違う。だけどあいつは気づくはずがない。砂遊びをバカにしているあいつは、泥でいっぱいになったバケツを持ったことなんてないだろうから。


「「「うんちマン! うんちマン! うんちマン! うんちマン!」」」

「やめろ!! うんちマンって言うな!」

「「「うんちマン! うんちマン! うんちマン! うんちマン!」」」


 やまない喚声がアンセムのように耳に心地いい。泥よりもうんちよりも黒々とした愉悦と共に、思わず笑いがこみ上げてくる。


 ざまあみろ。お前はこれから一生、うんちマンだ。


「――くっ、クハッ! ふっ、ヒヒヒッ!」




 こぼれ出る笑いが、彼らに聞こえないように。




 そっと両手で顔を覆った。













 うんちの臭いがした。

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