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4. お前は生きているのか?

 そして今、積年の想い人をこの腕に抱いた夜に、またあの醜い小人と俺は対峙している。


「……ん?」


 どうして小人はここにいるんだ?


 こいつは俺が殺したはずなのに。


 両手の指に力を入れ、あの日の感触を――小人をひねり殺した感触を思い出そうと試みたがうまくいかなかった。

 

 有限の記憶の箱に格納しておくほどのことでもなかったのか。はたまた宝石のような思い出だけを箱に詰めておきたかったのか。自分の所有物とはいえ制御は効かない。だから思い出したいことを思い出せないし、思い出したくないことを延々と自動再生してしまう。ふむ、ならば俺の箱は宝石箱などではない。びっくり箱の類だ。


 もう一度指を動かしてみたが、やはり思い出すことはできなかった。


「どうしかしたのかい?」


「……お前は生きているのか?」


「生きているという意味の定義次第でしょうねえ」


「なるほど。それは難しい問題だ」


 深いため息をつくと、俺は無造作に床に投げ捨てていたシャツを拾い上げた。一枚3000円くらいの、大して思い入れもない、上等でもないシャツを。


 きめの細かい布に指が触れた瞬間、室井を抱き寄せ、このシャツごしに胸に押し付けたことへの罪悪感がふいにわいた。特筆すべき点がないビジネスホテルで、今日という特別でもない日に特別なことをしてしまった自分を、俺は自分自身で呪いたくなった。


 今日のこの日のことはいつまで覚えていられるだろうか。たった数時間前のことを、丁寧に、ゆっくりとたどっていく。去り際の室井の背中はシャツごしにも背骨のラインが透けてみえるように美しかった。肌越しに感じた骨の凹凸は、同じ人間のものとは思えないほど完璧だった。パンプスに足を入れる所作には神々しさすらあった。その足に何度も口づけた。飽きることなく。飽きることなどあるわけがない。


 ここまで思い出しただけでも甘い想いに身が震えるのは、俺の記憶箱がまだ機能しているということだ。願わくば、室井に関する事柄については余すことなく完璧に記憶し続けたい。永遠に。他の何を犠牲にしても。たとえば――そう、小人に関する記憶をすべて失ったとしても。


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