~第7節 確信~
「クケケケケ・・・」
「ブフィィィィ・・・」
「グオォォォ・・・」
結界の無くなった防具屋を取り囲むように、黒い霧と小鬼・豚人・狼獣人等の
多数の魔物が今か今かと武器をちらつかせ、カズヤの一斉号令を待っている。そ
の外側に不敵な笑みをこぼすカズヤが腕を組み佇んでいた。それに対峙するよう
にアギトは目を細め両手で大斧を構えている。そして疑念の視線を向けるカケ
ルに首だけを向け自らの過去を語り出した。
「・・・そうさ、俺は元々あいつらと同じダークスフィアにいた人間だ。だがそれ
も昔の話だ。幼少期は孤児院で育てられ、その後ダークスフィアの総帥に引き取ら
れることになった。そこで数々の闇の手段を教わり、火神教授の暗殺に尖兵隊を務
めることになるのさ」
そこで横槍を入れる様にカズヤはクワッと目を見開き語る。
「そして兄弟子・・・あんたはその計画に失敗した!」
「違うっ!俺は・・・当時は総帥の力の凄さに魅了されていたが、火神教授の暗殺
に加わりいざ出会った時に教授の強烈な光の波動を感じ、この人を殺めてはいけな
い・・・この人の下で教えを請いたいと思い改心して、今に至っただけだ。今思え
ば総帥の力は何か上辺だけの見せかけだけのものに思えたのさ」
ゆっくりと目を閉じ、瞼の裏に昔の情景を思い描きながらアギトはカズヤの方
へ向き直る。それを全否定するかのようにカズヤはマントを右手で払いのける。
「そう・・・その不甲斐なさの後始末としてこの俺が任命されたのさ。裏切り者の
末路を知らないとはあるまいて、兄弟子?」
「あぁ、もちろん知っているさ。だがなぁその前に、お前の過去も俺は知っている
んだぜ?」
大斧を握り直しアギトは切り返す。アギトの切り返しに対してマントを払っ
た右手で顔を覆い、目をつぶる。
「ケッ、俺のことはどうでもいいのさ・・・」
★ ★ ★
---時は10年前に遡る。中東北部の前戦近くの小さな町に幼き日の恒河沙カ
ズヤはいた。周辺は戦闘が激化しており、そこかしこで銃撃や爆撃の音が鳴り止ま
ない中、学校へ通っていた。両親は外資系企業でこの地に家族で在住していた。あ
る時、自分の住むアパートにミサイルが着弾したことを聞き、大慌ててカズヤは走
って家へ向かった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・パパっ、ママっ!!」
慌てすぎて途中転びそうになるのを必死に堪えながら自宅へ向かう。辺りは砂塵
が舞い上がり視界が悪い。そこには有るはずのアパートが見るも無残な瓦礫と化し
ており、煙や炎が上がっているのが見えた。
「ねぇ、どこにいるのっ?!返事をしてよっ!」
しかし、誰一人として返答は無い。あるのは所々に燻る火と動かない遺体がある
のみである。そして両親と思われる遺体の一部を見つける。それをワナワナと震え
る手で拾い上げ、見つめる目がとめどなく涙で溢れ、落ちた涙が瓦礫にサーと染み
渡る。
「何でだよっ!どうしてだよっ!・・・絶対に許さねぇ・・・破壊してやる、この
世界の地球の全てを!!」
言いようのない憎悪と恨みの感情と同時に何もかも破壊したい衝動が沸々と湧き
上がってくる。そこへ落胆の境地にいるカズヤの後ろから近付き、一人の薄汚い茶
色のフードを目深に被った背の高い男が声を掛けてきた。何となく背後に黒い波動
が見えるような気がする。
「それを、やってみる気はないか?この私と」
そして右手を差し出して同意を得ようとする。カズヤは振り返り見知らぬこの男
を涙で霞んだ目で必死に見ようとする。
「おじさん・・・は?」
「君は私と同じ匂いがする・・・なに、悪いようにはしないさ・・・」
男の表情は目深に被ったフードで良く判らないが、カズヤはフードの男の差し出
されたゴツゴツした手にガシッとしがみつき、涙を拭った。
★ ★ ★
---一通りカズヤのエピソードを話し、アギトは再度黒フードの男へ投げかけ
る。カズヤは待ちくたびれたかのように後頭部を掻く。
「だが、どういう事情であろうとお前のやっていることは見過ごせねぇな」
「兄弟子、話は済んだか?俺はあの方の理想と自らの復讐を果たすために動いて
いるんだよ!それじゃぁ、そろそろおっ始めるとしようか?」
横に出していた右手をサッと上に挙げ、カズヤは攻撃の一斉号令をかける。
「来るぞっ!」
アギトは一斉攻撃に備え大斧を後ろに引き構える。
「アギトさん、疑ってすみませんでした・・・そんな事情も知らずに」
前衛のアギトの横に並んだカケルは謝罪して重い大盾を身構えた。
「なに、気にすんな。それより、みんなの守りをよろしく頼むぜ」
向かい来る豚人と狼獣人を次々と葬り、アギトは自らの得物を振るって行く。
その動きは重量級の武器を持っているにも関わらず、驚くほど速い。アギトが素
早く抜けた空間に他の魔物が入り込み、カケルはその攻撃を必死に受ける。
---ガギィィィィィン
「凄いっ!さすがアギトさん、速いっ!クッ!衝撃が・・・」
「あたしも行くよっ!」
後方で構えていたナツミもセレナの近くに寄って来た小鬼の集団に突進し、次
々と自慢の空手と手甲の先に付いた出し入れ可能で鋭利な刃物で薙ぎ倒していく。
そのナツミの動きにアギトは感心する。
「やるじゃねぇか?とても素人の動きとは思えないな」
「ナツミは日々鍛錬やトレーニングを欠かさないって言ってましたから、それが活
きてるのかもしれないですね」
感心するアギトに鉈を振り上げる豚人と薙刀で応戦していたカエデは答える。そ
こへカエデの注意からも逸れた小鬼がセレナへ襲い掛かる。
「力の根源たるマナよ!火の精霊サラマンダーよ炎の弾丸にて敵を打ち抜け!
火榴弾!!」
短杖を前方へ翳し、セレナは向かい来る小鬼に火炎魔術を解き放つ。セレナ
の地面を中心に光る魔法陣が現れ、短杖の先から解き放たれた数発の小さな火
の弾が顔面と腹部に当たり、吹き飛ばした。
「あ、危なかったぁ・・・間に合った」
「セレっち、大丈夫?」
豚人に止めを刺したカエデは慌ててセレナの元へ駆け寄る。
「うん、何とか大丈夫。ありがとねっ」
次の標的の狼獣人とやり合う中、ナツミは攻撃を避ける際に円月刀で太ももザッ
クリと切られ負傷してしまった。出血が止まらず、痛みで立つことも出来ない。
「いっ!痛っつぅ・・・」
「ナツミっ!?」
間髪入れずに狼獣人との間に割って入り、カエデは応戦する。3撃ほど打ち合っ
た後に薙刀で切り払い、撃退した。
「力の根源たるマナよ!光の精霊ルミナスよ彼の者の傷を癒したまえ!治癒魔術!!」
即座にカエデの地面を中心に光る魔法陣が現れ、神聖魔術でナツミの負傷部位に
手を当てる。すると緑色の光に包まれ治療が開始された。しかし、治癒魔術には時
間がかかる上にその場を離れることは出来ない。そこへつけ入るように豚人2体が
容赦なく襲いかかる。
「くっ!?」
「力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ襲い来る者を遮りたまえ!土岩壁!!」
ナツミとカエデが襲われようとした瞬間、2人の地面を中心に光る魔法陣が現れ
た。同時に後方から声の後に豚人2体の前に簡単には乗り越えられそうもない土壁
が土中から現れ、襲撃を遮断した。
「カケル?!」
「何とか間に合って良かった。この大盾じゃとても間に合わなかったからね」
左手は前方の大盾に掛け、右手でナツミとカエデの方へ向けカケルは土魔術を放
っていた。それを見て安心したアギトは一旦カエデの治癒魔術が終わるまで防御へ
回ることに専念する。
「まったく、この数は多すぎるなぁ。キリがないぜ・・・」
「私も援護に入りますっ!」
セレナも少しでも役に立とうとアギトとは逆方向の防御が手薄な方を守ろうと移
動し、短杖を構える。
「あぁ、助かるぜ!」
魔物の全体数が減ってきたせいか、見通しが良くなり若干苛立ちを覚えるカズ
ヤはセレナもこの場にいることに気が付く。
「おやおや?これはこれは・・・今日は兄弟子の始末をつけに来たところだが、別
の粛清対象もご一緒とは」
目の前の敵に必死に対応していたセレナだが、カズヤに突然声を掛けられ振り向
く。しかし、その表情は不安と戸惑いの色を隠せないでいた。
「あ、貴方が・・・あの時、私達の車を狙ったのですか?」
そう答えるセレナにカズヤは黒マントと共にバサッと両手を広げ、狂気の笑みを
こぼす。
「ハッ、そうさっ!我々の計画に邪魔なものは全て排除する!その心構えは出来
たか?」
そのカズヤの答えに戸惑いから確信に変わり、セレナの雰囲気がガラッと変わ
る。途端に周囲の空気がピリピリと静電気が走るように伝播する。同時に怒気を孕
んだズンッと圧倒的な威圧感が辺りを支配する。そしてセレナは重い口をゆっくり
と開いた。
---ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「やはり貴方なのね・・・ゆるさない・・・父を返してっ!!!」
その時、胸に下げていたペンダントが光り輝き、黒い波動がセレナを中心に同心
円状に爆発的に広がった。そして数多くいた魔物が次々と焼かれるような音を出
し、霧散していく。その余波がカズヤのもとに届く時、咄嗟に腕をクロスにして凌
ぐ。しかし防ぎきれていないのか、服を貫通し腕の表面までも焼き嫌な匂いが漂
う。
「あぁん?ぐっあっ・・・なっ、何だ?!今のは??」
一応は防ぎはしたが苦痛にその表情は歪み、様々な疑問が頭に浮かぶ。
(馬鹿なっ?!この『朱雀のカズヤ』の二つ名を持つこの俺が火傷のダメージだ
と?ただでさえ火耐性が高い俺の防御を通過したというのか?あの短時間で魔術を
唱えたような様子は無い。ただ強烈な暗黒波動は感じる・・・そうか!)
表面を焼かれプスプスと煙の出るクロスにした腕をゆっくりと下ろし、カズヤは
更に狂喜の表情を浮かべる。
「クックック・・・ハッハッハッハッハ!いいぞっ!これは愉快だっ。まさかの
粛清対象がまたと無い逸材だったとはな!お前は俺と同じ匂いがする・・・暗黒
波動のな。どうだ?我が軍門に下る気はないか?」