~第15節 刀技~
大学内周辺に黒い霧が充満する中、助手とその学生が研究棟へ急ぎ向かっていた。その時、前方からゴブリンの上位種『ホブゴブリン』3体がドスドスと地響きを立ててゆっくりと歩いて来るのが見える。そしてその先の研究棟前には小鬼・豚人・狼獣人がワラワラと群がっているのが遠目に見える。
「あれって、この前に見た強いモンスターです!」
「まずいっ!さすがにホブゴブリンを3体も相手にするのはとても無理だ。そうか、セレちゃんは以前にヤツと戦っているんだね。さきほどのライブ会場での騒ぎはおとりで、おそらくこちらが本命か。とりあえずやりすごそう。一緒にこっちの壁沿いに」
「あっ、はいっ!」
上着の内ポケットから呪符を取り出し、アキラは建物横の壁沿いの地面に貼り付ける。
「力の根源たるマナ、そして呪符よ・・・力を開放せよっ!不可視外套!」
地面の呪符は瞬時に下から燃え尽き、半透明な膜が上方から現れ2人を包み込む。すると半透明な膜は周囲の景色と同化するように溶け込んだ。
「すまない、本来これは一人用の魔術なんだけど、いまは緊急でね」
セレナを壁側にアキラが壁ドンをするような形で覆いかぶさり、密着する。
(…か、顔が、近い…仕方ないんだけどね…)
すこし顔を赤らめてセレナは何かを言わないとと、頭をめぐらせる。同時に急に光って魔物に気が付かれてもまずいと、手に持つサイリウムの電源をOFFにする。
「さっきのマリナちゃんが歌った時に、魔物を一掃してたみたいなんですけど…あれはいったい…ソルフェジオなんたらって」
着々と近づくホブゴブリンの方に視線を向け、注意しながらアキラは声のトーンを抑えてセレナの疑問に答える。
「あぁ…ソルフェジオ・ファンクションだね。人を癒す特殊な周波数のことを指すんだ。それは機械で人工的に作り出すことは出来るんだけれども、そもそも人がそれを歌で継続的に表現することは非常に難しいんだ。信じがたいことだけど、彼女はそれを天性のスキルで、歌の全領域において表現することが出来るらしい。」
1体ずつ巨体のホブゴブリンは目の前の植え込みを挟んだ向かいの学内の道を通り過ぎていく。お互いに顔が近いのでひそひそ声でも十分に届く距離だ。
「それって天性の才能だとしても…かなり凄いことなんじゃないですか。普通のアイドルの域をはるかに超えてますよ…」
3体の巨体はそのまま何事もなく2人の前を通り過ぎ、辺りに魔物の気配はない。
「このまままっすぐ研究棟へ向かうのは危険だ。一度外へ出て裏門から回った方が良さそうだ。」
急ぎすぎず、またゆっくりとしすぎない程度に背を低くかがめて2人は正門を一旦抜けた。外に黒い霧や魔物の姿は見えない。しかし夕方ではあるが夕陽はまだ沈む前で暗くはないが、奇妙なことに人の気配が一切しないのも感じられる。
「外は外で人払いがかけられているわけか…ん?あれは…」
正門を出たところのすぐそばに1台のトラックが横付けされていた。観音開きに開かれた後部ドアの昇降式リフトには、1人のスキンヘッドに作業服の男が荷物を降ろすための準備をしていた。
「おぅ、アキラ丁度良かったな。修理の依頼品を持って来たところだぜ。嬢ちゃんも一緒か」
「アギト、来ていたのか。ちょっとヤバイことになってきた」
神妙な顔つきでアキラは校内の研究施設の方へ眼を向ける。アキラの見る方向を倣って見たアギトは、その先に黒い霧と低いうめき声のようなものが幾重にも聞こえることに気付く。それを見るや否や、両目を閉じ片手を眼に当ててつぶやく。
「あぁ、いやな予感がしてたんだ。そう思ってあれも持って来たぜ」
そう言いながらトラック内の中ほどにある鍵付きのシャッターのカードリーダーにあるカードをかざした。すると自動でそのシャッターがスルスルと上方へ開き、その全貌があらわになった。そこには少ないながらもありとあらゆる武器と、防具が所狭しと天井の高さまで並べてあるのが見える。
「首謀者はまだ確認していないが、小型が多数とそれからホブゴブリンが3体いることは確認している。それから、やつらの狙いはおそらく研究施設だ」
トラックのシャッターを開けたアギトの背中にアキラは声をかける。
「ホ、ホブゴブリンが3体?!そいつはヤバイな…この前1体でもかなり苦戦したんだぜ。それに狙いは研究施設のあれか」
ボディアーマーだけを装備し、アキラは長杖を手にした。
「僕は基本的には通常の魔術は使わないんだが、一応護身用に」
呪符を取らないアキラをアギトは気にして一つ取る。
「これはいらないのか?」
「あぁ、それは自分で在庫は持っているから平気だ」
「そうか、なら問題ない。嬢ちゃんはどうする?」
ボディアーマーは装備せず、肩当てと腕当てを装備していたセレナは持っていたサイリウムを置いた。
「私はこの短杖を使います」
「そいつじゃぁ、さすがに役には立たんな」
アイドルを応援するためのサイリウムだが、それにはアギトも苦笑いを隠せない。
★ ★ ★
アキラとセレナがアギトと遭遇していたその頃、二手に分かれたナツミ・カエデ・カケルの3人は武器になるものを探しに、校内を駆け巡っていた。
「武器になるものと言ったら…やっぱり格技場かな?」
いろいろと考えを巡らせながら3人は辺りを探索していたら、カエデが前方に見える格技場を見ながら1つ案を思い出す。
「あたしに武器はいらないけど、手甲くらいは付けようかな」
「ここってアーチェリー部はないから、弓は無さそうだよね…仕方ないから胴着と使ったことない竹刀を持っていくかぁ…」
そしてあたりの魔物を警戒しながら格技場へと3人は入る。以外にも建物内には何も気配は感じられず、学生はちらほらいるがみんな気絶して倒れており、中はひっそりとしていた。続いて格技場内の胴着などの倉庫を開けて入る。
「中にモンスターいなくて助かったね…いたらお手上げだったけど」
置いてある予備の胴着を身に着け、カケルはため息をもらす。カエデはいつも着ている自分の胴着を身に着け、竹刀を握る。そしてナツミは予定通りに手甲だけ腕に付ける。
「外ではちょっと不穏な気配がしてるわ…」
ザワザワと外がうめき声で騒がしくなっている音が聞こえてくる。ただしそれは人の声ではない。
「ちょっと急いだほうが良さそうですね」
格技場の出入り口の扉を少し開け、外を確認しているナツミにカエデは警戒する。
「みんな準備出来た?それじゃ、せーので飛び出すよ」
他2人はアイコンタクトと同時に黙ってうなずく。
「せーのっ!」
カケルの掛け声と同時にみんな格技場から飛び出し、ダッシュする。それを待っていたかのように、コボルトの集団が群がって集まる。身軽なナツミを先頭にしているが、頭を除いて剣道胴着のフル装備のカエデは遅れを取っている。このままではコボルドの集団に追いつかれてしまう。研究棟は真反対の位置にあり、まだ距離がある。
「カエデちゃん!」
遅れているカエデのさらに後ろに回り込み、カケルは地面に跪づく。
「力の根源たるマナよ!地の精霊ノームよ襲い来る者の足元を狂わせたまえ!土類蔦!」
カケルの唱えた土魔術でコボルト集団の足元から土の蔦が現れ、前列から順にバタバタと将棋倒しの状態となった。そして前方に進んでいたナツミは、オークの槍を持つ集団と交戦し後退しながら拳と蹴りを繰り出すが、致命傷にはなっていない。そしてその横からゴブリンの集団が追い打ちをかける様に現れた。
「カエデ!カケル!」
2人の援護に回ろうと思うが、ナツミはとても目の前のオークの集団から背を向けることは出来ない。その時、一陣の風と共に真空の刃がゴブリンの集団とオークの集団をバタバタと切り裂いていく。
「新陽流・風刃波!」
3人とオーク・ゴブリン集団の間に割り込む形で真剣を振るい、アイドル衣装のままの少女は突然と姿を現した。
「マリナちゃん!?」
ナツミ・カエデ・カケルの3人は思わず、同時にその現れた相手の名前を叫んだ。