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~第13節 学園祭~

 ---ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッ ガシャッ


 ベッドサイドテーブルでけたたましく鳴る目覚まし時計をガシッと止め、明るい栗色の髪の少女は意識の定まらない朝のまどろみの中、時計を止めたままの姿勢で固まる。今日はいつも起きる時間よりかなり早い。それにはひとつの理由があった。


「…ん、ふあぁぁぁ…うん。ダメだっ、今日からはちゃんと起きなきゃ…」


 固まった姿勢にムチ打つようにぎこちなく体を起こし、大きなあくびをしながら眠たい目を一生懸命にこする。そこに居心地のよいフワフワ生地でできた家の形のネコハウスからもぞもぞと出てきた三毛柄マンチカンがベッドサイドにジャンプする。


「セレニャァ~無理しなくてもいいだニャ」


「ふぁぁ…なに言ってるのよ、あんたも丸3日くらい寝てたんだからひとのこと言えないでしょ?一時はどうなることかと心配したんだから…」


 寝ぐせでぼさぼさ髪が整わない頭のままセレナは、ベッドサイドに近づいたライムの頭を何度か撫でる。撫でられるライムは目を閉じて気持ちよさそうにその感触を味わう。


「…あれだけの闇波動を浄化するにはかなりの力が必要だったニャ…」


「ごめんね…まさかあんなことになるなんて思わなくて…でもどうしてあの時あの場所がわかったの?」


「取り巻きの魔物とヤツの波動、それからお主の凄まじい闇波動を検知したから急いで向かったのニャ」


 撫でられ終わったライムはおもむろに前足を揃えてお行儀よく座りなおした。それに合わせるかたちでセレナもベッドの上で正座をして向き直る。


「そっかぁ…ねぇ、わたしに波動のこととかいろいろ教えてよ。自分の属性のこととかも詳しく知りたいの」


 そして座りなおしてじーっと見つめるライムの両前足をにぎった。


「もちろんニャ。それも主人に仕える守護者の役割ニャ」


「ありがと。でも、その前に早くランニングに行かないとね」


 ハッとしてセレナは今日の着替えを探すのに洋服ダンスの引き出しを開ける。


「ランニングは…体力づくりかニャ?」


「うん…結局一番わたしが狙われるのに…体力が一番無いのが良くわかったもの。みんなと違って運動系もやってないから、少しでも足手まといにならないようにって思ってね」


 目的の着替えであるランニングパンツとTシャツを取り出して、寝間着のネグリジェに手をかけたところでセレナはふとあることに気づく。


「ねぇ…あんたってオスよね…なんでジッとそこで見てるの?着替えるんだけど…」


「いつも一緒に部屋にいても気にしなかったではなかったかニャ?かたわらにいるのは守護者の役目だし、人間のおなごの裸には興味がないのニャ」


 はぁ…とため息をつき、セレナはげんなりする。


「あのねぇ…今まではそうかもしれないけど、話せるようになったら、なんか気になって仕方ないの。それに…裸に興味がないって、この年頃の女子に向かって失礼じゃない?」


「仕方ないニャ…それじゃぁ、ママさんのところで朝ごはんもらってくるニャ」


 面倒くさそうに起き上がり、ライムはそそくさと部屋を抜け出した。そして着替えと身支度を整えたあと、セレナは1階に降りてランニングへ出かける準備をする。そこでライムにカリカリをあげる母親『火神(かがみ)タカコ』がセレナを意外そうな表情でうかがう。タカコは背が高くセレナと同じような栗色の髪に知的そうなメガネをかけた風貌だ。


「あらっ、珍しく今日は早いのね。ジョギングにでも行くの?ライムちゃんにごはんあげといたわよ」


「うん、ちょっと学校行く前にランニングに行って汗を流してこようかなぁって」


「そう、お母さん、もうすぐ出勤するから朝ごはんは用意して置いておくわ。帰ってきたら食べてね」


 そして玄関でランニングシューズをかかとでトントンと履きながら、鍵を持ったか確認する。


「あ、ありがと。それじゃぁ、行って来るね」


「はーい、気をつけて行ってらっしゃい」


 ★ ★ ★


 ---大学は学園祭の開催日。セレナが体力づくりに励んでいた翌日の土曜日…

各クラブ・サークルや部員がこの日のために準備してきた店舗設営や飾りつけなどを行ってきた。セレナ達TRPG部の出す出店の焼きそば屋もその中のひとつである。細かい備品は大型量販店で購入し、屋台や鉄板やコンロなどは実行委員会に用意してもらった形だ。


「上の屋根はこんな感じかなっと」


 脚立に登って焼きそば屋の幌をかぶせたナツミは店舗の設営は終えた感じだ。


「コンロの点火も大丈夫そうですよ」


 プロパンガスからコンロの接続やコンロの着火具合をみてカエデはチェックを完了した。


「食材や調味料も全部そろってるみたいだねぇ」


 台車にいくつか積まれたダンボールの中身をセレナは確認した。


「こんな重たいプロパンガスなんて使わなくても、二人なら火魔術で調理ができそうな感じもしますけれどね」


 ダンボールの中身を手元のバインダーに挟んだ紙のリストと照らし合わせながらチェックするセレナにカエデは近づく。


「そんなに細かい火力の調整はまだできないわよ。それに人前で魔術を使うわけにはいかないでしょ?」


「そうそう、あたしなんかやったら一発で黒焦げになるかも」


 セレナとナツミはともに火属性の魔術を使えるが、まだ調理ができるほど熟練度は高くないし慣れてもいない状態だ。それに魔術は使えてもまだまだ一般には秘匿性の高い技術であることに変わりはない。


「うふふ…それもそうですね」


 一通り店舗の設営と準備を終えた3人は学園祭の開会式を行う校庭に設営されたライブ会場に向かった。ライブ会場は本格的なステージになっており、きらびやかな照明やスピーカーなども一般の野外コンサートやライブに使われるものと同様のものを揃えている。大勢の学生の前でステージ上には生徒会長兼、実行委員長の男性がマイクを握っている。


「あーあー、マイクテストOK。え~みなさん、今日まで学園祭の準備お疲れ様でした。それではここに学園祭の開催を宣言いたします!」


 ウオォォォー!!


 大多数の学生が歓喜の歓声を上げ、学園祭の開催を祝い拳を振り上げた。そして歓声が収まるのを確認すると、実行委員長は言葉を続ける。


「えー本日は一般開放日でもありますので、一般のお客さんも参られます。そそうのないようによろしくお願いいたします。それからこれからの本ステージでのスケジュールですが午前は吹奏楽部、午後はコーラス部→ブラスバンド部→軽音楽部です。そして夕方にはシークレットゲストの登場がありますのでみなさんお楽しみにっ!」


 ザワザワザワ…


 シークレットゲストの部分の読み上げと同時に学生の間で驚きと期待のどよめきが起きる。


「へぇー、シークレットゲストってどんな人が来るんだろうね?」


 焼きそば屋を準備し終えてライブ会場前にいた3人の横に、いつの間にか来たカケルは誰とはなしに問いかける。


「そうだねぇ~毎年誰かしら有名な人が来てるみたいだから、気になるよね~」


「ライブ会場だから、やっぱりミュージシャンの人かなぁ…」


「知ってる芸能人の人とか出るといいですねぇ~」


 3人は思い思いの感想を述べる。期待に胸が否が応でもふくらむ。そこでカケルの超常現象研究部が行うお化け屋敷の準備の進み具合がカエデは気になった。


「ところでカケルくんの方、準備はOKなの?」


「うん、バッチリさっ!部長と他の部員の人とで結構早く終わったよ。みんなも時間があったらあとで来てみてよ」


 そういうとカケルはウインクと同時に片手をサムズアップした。続けておもむろにボソリとつぶやく。


「でも…こういう人がかなり集まるところには…またあいつらがやってきても不思議はなさそうな気がするんだよね…」


「ちょっとカケルくん、せっかくの楽しいイベントなのに嫌なフラグ立てないでよ」


 若干の寒気を感じてセレナは顔を青ざめた。


「あぁ、ゴメンゴメンっ」


 慌てて後ろ頭をポリポリとかきながらカケルは謝罪する。その後校長の挨拶が終わり、開会式の終了後は3人は焼きそば屋を切り盛りし、カケルはお化け屋敷のビラを配りに廊下を行きかい奔走していた。そして午後もひと段落したところで、3人は先ほどカケルから招待されたお化け屋敷前に到着していた。


「結構本格的に作ったねっ」


 お化け屋敷全体の装飾の出来栄えを見渡してカエデは感心する。


「まぁ教室1つ丸ごと借りて使ってるから、中も迷路になってたり仕掛けもたっぷりあるよ!」


 胸を張るカケルとは裏腹に、セレナの後ろに隠れて身震いするナツミがいた。


「あ、あたし…実はこういうのは苦手なんだよね…」


「ナツミって意外と幽霊とか苦手だったんだね、忘れてたっ」


 普段は堂々としていて男勝りだが、服の裾をギュッとつかむナツミに対してセレナは汗をかき顔が引きつる。


「わたしが全部除霊するから、大丈夫ですよ。うふふ」


 カエデは自分の神社から持参したお祓い棒…正式名称【大幣(おおぬさ)】を取り出し、意気揚々と意気込む。


 キャアァァァ!!


 お化け屋敷の中から聞こえた他の客の悲鳴にビクッと身体を震わせ、ナツミは縮こまる。


「さっ、それじゃお客様お3人様ご入場でぇ~す!」


 招待された3人はカケルに誘導され、お化け屋敷の中に入っていった。暗い室内では散々ナツミが驚いては叫びちらし、セレナとカエデの裾は破けるのではないかと思うくらいに引っ張られていた。そして出口から出てきた3人のうちナツミは顔色が悪かった。


「はぁ…」


「ほらナツミ、もう出たから平気だよっ」


 憔悴しきるナツミの背中を撫でながらセレナは落ち着かせた。


「それにしても、あの後半の女性の幽霊の人はやけにリアルでしたね…」


 カエデがつぶやくのを聞いて、カケルは凍り付く。


「えっ…女性の部員の人は、前半しかいなかったはずだけど…」


 それを聞くや否やナツミは、一気にサーッと血の気が引くのを感じてしゃがみこんでしまった。


「例え本物だったとしても、それこそわたしの出番ですね!」


 自信ありげに腕まくりをして、カエデは大幣をビシッと振りかざした。


「あははは…」


 これにはカケルも苦笑いするしかなかった。そうこうしてカケルも当番のビラ配りも終わり、他の3人も焼きそば屋を他の部員に引き渡した。夕方近くになり、4人は一緒にライブ会場での演奏などのイベントを楽しんでいた。そしていよいよ期待のシークレットゲストを迎える時間が迫っていた。


「えー軽音楽部の方々、テンポの良い演奏ありがとうございました。それでは会場の熱も上がり、盛り上がって来たところで、本日待望のシークレットゲストの方の発表といきたいと思います…」


 会場の誰もがゴクリと固唾を飲んで次の言葉を待っている。


「シークレットゲストは…アーティストの七瀬(ななせ)マリナさんですっ!!」


 実行委員長の紹介と同時に舞台袖の方へサッと手を伸ばして、サーチライトもそちらに伸びる。その紹介の後にゆっくりと七瀬マリナはアイドル衣装を身に着け、可憐にステージに姿を現した。


「みなさんこんにちは!七瀬マリナです、本日はお呼び頂きありがとうございます!」


 ウオォォォォォォー!!!


 開会式とは比べ物にならないくらいの大歓声で会場は沸き、誰もが絶叫せざるを得ないほどの熱気を帯びている。


「えっ!えぇぇぇ!?七瀬マリナちゃん!噓でしょっ?」


 先ほどのお化け屋敷の件といい、ジェットコースターのような感情の起伏でナツミは最推しのアイドルを目の前にし、目をウルウルと輝かせて嬉し涙を滝のように流していた。


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