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09 春の気配と『婚約者』

「それじゃあ、また」

「うん、また明日、学校で」


伊集院環を乗せたリムジンは暗い夜道を去っていき、天使千春は玄関先に残される。ちょっとだけ照れ臭そうに笑って手を振った笑顔がやけに頭に残って、少しだけ顔を赤らめて。


千春は大きなクマのぬいぐるみの入った袋を持って、部屋へと戻ろうとして——……思い至った。


「……これどうしよう」


玄関の中に置かれた、プレゼントの山。

上品な箱にリボンがかけられているものが大量に積み上がって、上手くいかなかったテトリスみたいに視界を埋めている。


バリバリのキャリアウーマンとして働いている母は帰ってきていないようだけれど、帰ってきたらそれはもうきっと、素っ頓狂な声をあげて——……


「ちーちゃん!?何なのこれ!?またあんた変なゲームでも買ったんじゃないでしょうね!」


バッドタイミング。


わあ。来た。

千春はぎこぎこと振り返る。そこには——如何にもバリバリのキャリアウーマン然とした、千春の母親——絵夏が、腰に両手を当てて立っていた。


びしっとスーツを着て、きりっとしたポニーテール、ハイヒール。その口から飛び出すのはガトリング砲のような言葉だ。


「あ、あの、お母さん……」

「あら可愛い服。似合うわね。じゃないわよ、もうちーちゃん!ゲームを買い込んじゃダメってこの間も言ったばっかりでしょう?そもそもこの間お母さん、間違って届いたデスゲーム開始キットとかいうのを送り返したばっかりなのよ!?」


バリキャリの口から飛び出してくるデスゲーム開始キットって言葉はちょっと面白い。後多分それ普通に詐欺。

彼女は一目箱のリボンに縫い込まれた文字を見た瞬間に目を剥いた。


「——あら!?全部これ高級ブランドの服じゃない!千春!またゲームの取り巻きのオタクさんたちに貢がせてるの!?」

「ちっ、ち、違、」

「去年のクリスマスに、千春さんを僕にください!ってオタク集団が押しかけてきたじゃない忘れてないわよ!あなたギルドの姫なんですってね!娘がお姫様だなんて私も驚いちゃったけど、また従者の皆さんに貢がせてるの!?」

「あ、あれはオンラインゲームのギルドの人で!友達で!これは……その、クラスメイトの男の子、が、」


伊集院くん。

思い返した瞬間に頬に熱が集まって、千春は咳払いを何度かする。

勘違いを、しちゃいけない。彼はとっても優しいだけなのだ。下心があると言っていたけれど、きっと大したものじゃないはずだ。地味で、大人しい自分のことなんて、華やかな彼が特別に思う理由なんてどこにもないし。


(わたしなんて……積み損ねて失敗した積みゲー以下だもん……伊集院くんに、素敵には、してもらえたけど、……まるで、私じゃないみたいに……)


しかも、今思い出してみると。

ゲームに熱が入るあまり、彼に抱きついたり、後ろから手を握ったりしてしまった。あの時の感覚が蘇り、かあっと頬に熱が上がり、ぱんぱんと叩いて冷ます。


それを見て、母親である絵夏は——めちゃくちゃしみじみとした顔をした。


「あらまあ……千春にも、名前の通り春が来たのね……彼氏くん、何歳?どこ住み?ご両親の職業は?ご趣味は?SNSやってる?」


しみじみしながら娘の彼氏(誤解)の身辺調査を唐突にしようとするところ、ぬかりない。仕事のできる女。


「そ、そんなんじゃないから……っ!」


天使千春は動転し、くまのぬいぐるみだけを抱いて自分の部屋へと駆け上がった。


扉を勢いよく閉じる。

女の子らしい色合いのベッドにぼすんと横たわる。

そこでようやく、今日のことをしみじみと思い返すことができた。


(伊集院くん……楽しかった、なあ)


笑顔ばかりが脳裏を過って、本人はここにはいないのにちょっとだけ心臓が早くなって、天使千春はため息を吐いた。


きっと伊集院くんは、女の子とあんな風に遊ぶこととか慣れてるんだろうなあ。かっこいいもん。モテそうだもん。




余談だが、しばらく天使家の玄関には積み損なったテトリスみたいな箱の群れが片付けられずに置きっぱなしだった。

店ごと全部服を買うと、収納場所に困る。


当たり前である。


そして、その服を一枚一枚畳み、丁寧に保管しようとした天使千春のいじましい努力もまた、話のスポットライトは特に浴びずに終わる。



ーーー




次の日。学校に登校した天使千春は、教室に入った瞬間人垣を目にした。

なんか、めっちゃ人が騒いでいる。


取り巻きがすごい。女の子ばっかりが人ところに集まり、真ん中にいるのは——伊集院環だった。


(い、伊集院くん……?)


「環さま!これは一体どういうことなんですか!?」

「環くん、いつも『俺は子猫ちゃんたちみんなのものだからね』って言ってたじゃないですか!」

「まさか……私の彼氏の環くんが浮気するなんて……!」

「夜景の見えるレストランで、ずっとお前だけだよって言ってくれたのは嘘だったんですか!?」


真ん中にいる伊集院は明らかに慌てていて、困惑が見て取れた。自慢の金髪も今日はなんだか銅色だ。


「何言ってるんだ子猫ちゃん……誰か一人に俺が愛を誓うはずが」

「いいえ!環様夢の中で言ってくれたじゃないですか!!」


夢の内容が濃い。


「あら、それなら私にだって環くん、夢の中で薔薇の花束を99本くれて、永遠に愛してるよって言ってくれたわよ!」

「あたしには豪邸をプレゼントしてくれたわよ!?リムジンは十人乗りだけど僕の心の真ん中は君だけの席だよって!!!」


妄想がやばすぎる。


いやでも……みんなの夢の中の環くん、かっこいいいなあ。

天使千春がそう思い、静かに目立たないように自分の席に行こうとする途中。

言葉が耳に飛び込んできて、彼女は足を止めた。


「環さま誰なんですか、この一緒にお出かけなさっていた美少女は!証拠は上がってるんですよ!?」


えっ。

び、びしょうじょ。


「この、ピンクっぽい髪で!肌がびっくりするほど透明感で!まるで白雪姫!?みたいな!」


うーん……?私じゃないなあ。


「環さまと仲良さそうに並んで歩いたり、くっついたり!こんなお人形みたいに長い睫毛で!!かっわいい可憐な見た目のお嬢様っぽい感じの!!!」


私じゃない……はず。


「環さまの横で、鬼気迫る形相でUFOキャッチャーしまくってた女、誰なんですか!!!」


わ、私だーーー!!!???


ばっと振り返ると、伊集院環とばっちり目が合う。彼は一瞬慌てふためいた後で、物凄くふわふわと曖昧な口調で取り巻きに向かって言った。


「……えー、あー……あれは、すごーく親密な、身内のような人で」

「親密な身内……!?」

「あっ、でも身内ってことは彼女じゃないんですよね環さま!」

「もちろんそうだ!」

「恋人でもない?」

「もちろんそうだ!」

「じゃあ婚約者ですね!!!???」

「もちろんそうだ!!!!!……あっ」


違う、と伊集院が口に出しても、周りは最早阿鼻叫喚。聞いちゃいない。天使千春は顔を真っ赤にして、完全に困惑しきっている彼を見つめた。


こ、婚約者。


(こ、ここここ婚約者!?う、ううん、違うって伊集院くん言ったからそうじゃないけど、でももしあの女の子が私って、みんなに知れたら……!!)


多分メイクと服装の力で、誰もその『美少女』がイコール天使千春だと気がついていなかったらしいのは、単純にメイクの人が天才としか言いようがない。


『——天使さん!』


不意に口パクで呼ばれて、天使千春ははっとした。

金髪の少年と視線が合う。目配せされる。彼は教室を出ていく。


彼の合図につれられるように、千春はもつれる足で、大騒ぎになった教室をこっそり抜け出した。

シームレスにデート編から『美少女は誰だ』編につながりました。ここからまた話がゆるゆる動いていく予定です、そろそろほぼ名前だけしか出てなかったあの人の出番もある……かも。

薔薇99本で永遠に愛してるって意味らしいんですが、花よりお菓子派の女の子って多そうだなって思います。よろしければ応援よろしくお願いいたします!

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