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08 めちゃ高額ぬいぐるみとその笑顔プライスレス

天使千春とはどういう少女であったか。

内気、気弱、天使のような純粋さ。それに加えて……恐ろしいまでのガチゲーマー設定。

ソシャゲでは毎回ランキングの上の方を学生でありながらキープし、FPSの大会なんかでもそれなりの記録保持者。音ゲーもできればRPGもできる。ゲーム全般なんでもできる。


そんな少女に、UFOキャッチャーをやらせるとどうなるか。


その答えが目の前にあった。


UFOキャッチャーの景品が山になっていた。

あの、あれ。仁天道のゲーム機とか一番最初に陥落し、中に入ってるぬいぐるみから、なんかのキャラのコップから、ありとあらゆるものを取り尽くし、中にものがほぼ残ってない。残ってるのはそれこそちょっと難しそうなでっかいぬいぐるみとか。そういうのだけ。


店員が飛んでくるまで秒読みといった感じだし、周りには天使に声援を送って拍手するギャラリーいるし。とんでもねえ目立ちっぷりだった。


ふわふわの桜色の髪を揺らし、頬を紅潮させ、ほんのわずかな傾きまで計算して鮮やかに景品を取るたびに沸くギャラリー。


「あの美少女すっっっげえ……!」

「お嬢様UFOキャッチャーうますぎ、どこの子?」

「プロゲーマーじゃね?」

「横にいる金髪イケメンなに、パトロン?」

「どう見ても彼氏じゃん……」

「彼氏じゃなくて婚約者かもしれない」

「婚約者じゃなくてパトロンのヨーロッパ貴族かもしれん」


俺の見た目そんな風に見える???


「い、伊集院くんっ」


はっとして振り返ると、天使が両手いっぱいに景品を抱えて嬉しげにしていた。


「ねえ見て、こんなに取れた……!あのっ、これ。よかったら、全部伊集院くんに……プレゼント……今日の気持ち、っていうか」

「いや、その、悪くないか……?」


はにかんだように笑う天使はめちゃくちゃに可愛い。周りのギャラリーの目には慣れたのか、俺だけを真っ直ぐ見つめて手に持ったあれこれを差し出してくる。華奢で可憐で、こんな透明感のある美少女と、二人の世界。

役得だ……ただの金持ちのギャグキャラだったはずなのに、これは役得すぎる……。


「わ、悪くないよ!」


彼女はぐっと拳を握った。


「伊集院くんは……今日、私に、自信をくれたんだよ。私を、助けてくれたんだよ。……服がね、濡れちゃった時……どうしようって思ったけど、助けてくれて。服選びも、メイクとかも、全部……山田さんにも助けてもらったけど……やってもらって。私、本当に……シンデレラみたいな気分だった、伊集院くんと、一緒にいて」


だから、これはその気持ちなの。


彼女はそう言って——景品の山を差し出す。仁天堂のゲーム機から、ぬいぐるみから、マグカップから、ありとあらゆるものを両手に抱えて。俺に向かって精一杯をくれる。

いや、それでいいのか……本当にそれでいいのか。貰いっぱなしで、いいのか、伊集院環。


俺の中の男の血が騒いだ。推しにできることは全部してやりたい。

UFOキャッチャーの中には、まだ一つだけものが残っている。すなわち——天使千春が取れなかった、でかいクマのぬいぐるみだ。


「……ありがとう、それはありがたく受け取ろう。そして俺も男として負けられない、俺はあれをとって君に捧げるよ!」

「えっ」


びしっ。指さしただけでざわつくギャラリー。

えっ、なに。何かあるの。


「あれを取るだって……!?あれこそ海外のぬいぐるみ職人が作ったクソ高いぬいぐるみ……!」

「ドールマニア垂涎の品!!!!」

「あまりに高級すぎて誰も取れないように細工してあると噂の……!」

「あれを取ったやつがいたらそれだけで伝説だぞ……!」

「あの富豪、あいつ何万突っ込むつもりなんだ、ははは」

「取れるわけないって!!!」


そんなくそ高級品をこんなところに入れとくなよ!!!!

これだからバカゲーは!!!


しかし、隣にいる天使はそれを聞いて目をキラキラと——いや。めらめらと闘志に燃やした。


「……伊集院くん」

「は、はい」

「あれはね、多分超高難易度の獲物だよ」

「うん……」

「私と伊集院くんの力を全部総結集しても取れないかもしれない……それでも、やる?」


なんでこんな、熱血スポ根アニメみたいな流れになってるんだ???たかがUFOキャッチャーなのに……


「……やりたい!!君と、思い出を作りたい……!!!」


俺に思い出をください!!!


「さすがだよ、伊集院くん!頑張ろうね!」


そういって天使千春は、UFOキャッチャーの前に立つ俺の後ろに回って……こう、ぎゅっと。抱きつくように、体を。押し付けて。

手の甲に手を重ねて、きた。





心臓が死にそう。

ばくばくする。後ろからマシュマロみたいな胸が押しつけられて、天使の息遣いをリアルに感じる。片手には温もりがありありと感じられてやばい。もうやばい。後ろから色々押し付けられてるだけで死にそうだしいい匂いする……

心臓の音、天使に伝わってないか?


「伊集院くん、集中して」

「……してるよ……」

「うん、あれは大きいから、うまく引っ掛けることが重要になるの。最初から全体を持ち上げようなんて考えちゃだめ……角度を調整して」

「……ああ」


手の甲に重ねられた、天使の手がちょっとだけ熱い。後ろから伝わってくる呼吸も浅くて、緊張しているのがわかる。そりゃそうだ。そんな高い海外の有名作家の作品を取ろうとしてる、しかも素人の俺と一緒に。緊張もするってものか。

少しだけ気を研ぎ澄ますと、後ろからくっついてる天使も心臓がどきどきしているのを感じる。


……俺のこと好き……いや、天使は他に、好きなやつ、いるもんな。それは俺じゃない。


クレーンが、ぬいぐるみを引っ掛けた。

よしっ、と天使が小さな声を出して笑みを浮かべる。ああ、それだけで可愛い。


「伊集院くん、ちょっとだけ右に動かして」

「少しだな……こう?」

「そう……上手。それから、手前に……ゆっくり、して?」

「ああ……こうか?」

「ん、そう……ちゃんといい感じに当たってる」


無意識の指示だしが妙に色っぽい気がするのは気のせい……なんだろうな……ふしだらな俺を許してくれ!!!

心頭滅却して、素数を数えながら集中して……何度か失敗しながら繰り返す。

トライアンドエラー、トライアンドエラー、トライアンドエラー。

そう簡単に取れるわけがない。

一時間が経って、ギャラリーがある程度入れ替わっても、それでも取れない。大きいものはそれだけで難しいし、置いてある位置が難しい。更に前に、少しずつずらして。もう多分五千円以上はこのUFOキャッチャーに入れたんじゃないかな。


そして、二時間後。


ぼすん。と。


ぬいぐるみが、受け取り口に、落ちた。



「——っやったああ……!」




天使千春が声をあげる。俺に抱きついてくる。ギャラリーが沸きかえった。

なんでか知らないが花吹雪が舞うしミラーボールが回るし店員がお祝いのクラッカーを持ってきた。

めちゃくちゃお祭り騒ぎになった。UFOキャッチャーでクマのぬいぐるみ取っただけなのに!!!それだけなのに!!!


「すげえ……!!!やりやがった!!」

「wonderful!!!!」

「あの海外作家のぬいぐるみを取るやつがいるとは……明日のニュースに載るぜ」

「あのカップルまじで有名人になるよこれから」

「अच्छा, कूल, शादीशुदा!!!」

「あれ?片方あれ環様じゃね?伊集院デパート創業者の息子の……」

「マジか!?環さますげー!!」


何語???ってやついる。

あと、だからどこまで顔バレしてんだよ、俺は!


「伊集院くん……っ!」


ぎゅうっ、と天使に抱きつかれて心臓の鼓動が色々通り越して光速を越えそうになった。

やべえ、地球外生命体になれそう。


「すごいよ、デートの最後にこんな、思い出ができて、嬉しい……っ!伊集院くんとだから取れたんだと思う、すごいよ……!」


……デート。


「天使さん、俺と出かけるの……デートだって、思ってくれてたのか……?」

「えっ、あっ、そ、そのっ、わ、わたしなんかが烏滸がましいよね、」


天使はあからさまにあたふたし、おろおろした。頬が真っ赤になる。こんなに頬を染めた天使、初めて見た。

は?死ぬほど可愛い。白磁のような肌が赤くなり、ふわふわの桜色の髪が俯いた顔を隠す。


「あ、あのっ、こ、言葉の綾っていうか……伊集院くん、その、へ、変な意味じゃなくて……」

「あ、ああそうだよな!」


だって天使千春は、『主人公』が好きなはずなんだ。主役じゃない俺が好かれるわけない、明らかに天使が真っ赤になってようが、これは内気で照れ屋だからに決まってるわけで。勘違いするな俺……勘違いするな俺!一線を超えるな!!痛いオタクになりたくねえ!!



——そんなことをしていた俺たちは気がつかなかった。

花吹雪が舞い散りミラーボールがぐるぐるし店員がクラッカーを鳴らしまくる人混みの中で、ぱしゃり、とスマホのフラッシュが光ったことを。

たまにあるよね……UFOキャッチャーで全然取れないやつ……って思いながら書きました。

後ろから好きな子に抱きつかれるのって浪漫があると思うんです。

よろしければ応援していただければ幸いに思います!

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