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06 彼女こそがゲーマーシンデレラ

「これで全部か。では全て買いで」

「い、伊集院くん、あ、あの、あのっ……!」

「何のためにブラックカードを持ってきたと思ってるんだ、いいんだよ」

「わあ、す、すごい……人生SSRの人しか言えないよそんな台詞……ファビュラス……」


ファビュラス基準がばがば判定だが、好きな推しに目を輝かせて言われると嫌な気はしない。

天使千春を連れて、一つの店で売っている服を全て買い占めると周りがざわめいた。


「せ、石油王……?」

「あの子高校生ぐらいだよね……」

「彼女のためにあれだけの服を???富豪か???」

「男は脱がせるために服を送るっていうからあいつはむっつりでファイナルアンサー」


「……そうなの?」

「違います!!!」


風評被害が混ざってる!!!

俺は手早く、店員が見繕ってくれた店の服を買い占めて、それを運んでくれるように頼んでから——天使を連れて、セバスチャンが用意してくれた最上階の部屋へと急いだ。




ーーー



『もしもの時のために、最上階にお部屋を用意させていただいております』


セバスチャンが用意してくれた部屋は、大いに役に立った。

びしょ濡れになった天使千春とデパートの一番上へ向かった俺は、最上階のやたら豪華なガラス張りと赤い絨毯とシャンデリアの部屋で服の海を眺めていた。


部屋の中に、店員たちによって運び込まれたもうめちゃくちゃたくさんの服。店ひとつ分ばんと買ってしまったためにハンガーレールごと来ているものがほぼ全部だ。

天使は何を選んでいいか分からなかったようで、目を白黒させながら服の山を見た。


俺を見て、ハンガーレールを見る。また俺を見る。それの繰り返しをしている天使は、なんかちょっと可愛い子猫みたいだった。


「あっ、あのぅ……これ……えっと……い、伊集院くん……」

「流行りの服は嫌いか?」


あっ、やべ、どっかの大佐みたいなセリフが反射で飛び出しちゃった。


「い、いいえ!でも、わたしなんかに、こんな、綺麗な服が……似合うかなって……」


天使はもじもじしている。いや、どうでもいいから、どうでもいいから早くその……マシュマロみたいな胸に張り付いてるパーカーを脱いで着替えてくれ……『tougarasi love』が柔らかそうな大きな胸の形に変形している。目に毒!


「似合う。なんでも似合うから早く適当に選んでくれ、そして隣の部屋で着替えを!」

「は、はいっ!」


天使はすっとんであっちこっちと走り回る。これだけお上品で綺麗めな服ばかりがあるのだ、多分どんな組み合わせでもひどいことにはならないだろう……と思ってちらっと目を上げたら、天使は真紫に小花模様のロングスカートと、黄土色の縞模様ブラウスを持って立っていた。


やべえセンス。


柄物同士を合わせるなよ!!目にうるさいだろ!!


「い、伊集院くん……どうかなあ……?」

「世界で一番可愛い」


あっ。天使千春を推している男としての人格が。


「ほ、本当……!?伊集院くんも、世界で一番ファビュラスだよ。ステータス上限255って感じ」


いつの時代のゲーム最大値だよ。それ褒められてる???


「でも、えへへ……服を褒められたの、初めて」

「だろうな……」

「伊集院くんが、世界で一番可愛いって言ってくれて、すごく服に自信が持てた気がするよ」

「それはまずい」


クソダサコーデに更に疑問を抱かなくなるのはやばすぎる。


「えっ?まずい、のかな……?この洋服、だめかな……?」


彼女がぱちりと瞬いたので、俺はちょっと困った。だめなのはわかる。分かるが……何が正解なのかもわからない……!何故なら俺は普通の男だから。普通の男が、しかも高校生が、女性の服を全て見繕う難易度に関しては、なんかもうお察しという感じだろう。


「だめ……いや、うーん……」

「だめなら、ダメって教えてくれたら……!やっぱり、どんなことでも一番大事なのは、トライアンドエラーじゃないかなって……」


天使千春、根性ゲーをやり込んでる可能性が出てきた。

でも俺には正解が……わからない……かくなるうえは。


少しだけ息を吸って吐いて、手を上に掲げた。


「い、伊集院くん……?」


急に自由の女神みたいなポーズを取り出した俺を、ぽかんとした顔で天使が見る。


「悪い天使……俺は女子の服が何が正解かわからなくて……わかるやつを呼び出す」


これだけはやりたくなかったが——……仕方ない!デートに使用人を呼び出すとかあまりに成金、あまりに金持ちバカキャラを極めすぎるが仕方ない!

俺には女子の服の最適解がわからない!なぜなら!!!!センスがただの男だから!!!!


指パッチン。


次の瞬間、窓の外に唐突にヘリコブターが現れた。

これやる度に思うんだけど俺の指パッチン、特殊周波数でもあるのかな。

ゲーム本編でも伊集院環が指パッチンするたびに、家の使用人が唐突にずらっとでてきていたのでなんか特殊能力かもしれない。金持ちキャラにありがちなやつ。


窓を開くとめちゃくちゃに風が吹き込んでくる。

天使は慌てふためいて俺の後ろに隠れた。小柄で華奢な彼女は半分飛ばされそうだ。


でもだからといって!後ろから!胸を押し付けられると困ります!

や、やわらか……マシュマロおっぱ……思考が……


「え、え、へ、ヘリコブターが、い、伊集院くん……!!」

「はっはっは、うちの使用人だよ、驚かなくていいよ子猫ちゃん」


言動がぶれぶれ。

俺たちがわちゃわちゃとしているうちに、窓の外ぎりぎりで扉が開く。靡く茶髪、これでもかと唇を塗られた赤い口紅。高い赤いハイヒール。そしてちょっとごつめの足。ぴしっとしたパンツスーツ。そして整った中性的な——男の顔


「はあーい、坊ちゃん!ア・タ・シ・よ!伊集院家の執事その2、ビアンカでぇっす」


そのオネエは思い切り投げキッスした。俺は避けた。


「山田」

「ビアンカだっつってんだろ」


うちのメイクアップアーティスト兼スタイリスト兼ファッションコーディネーター、山田勇次郎。自称はビアンカ。ゲーム内に一瞬だけ登場し、恋愛アドバイスをして去っていくタイプのギャグキャラだった男だ。

俺が重い窓を開けると、美しきオネエはひらりと飛び降りて部屋の中にやってきた。


当たり前のように帰っていくヘリコブター。

慣れ切ってしまって今はなんとも思わないが、天使はぽかんとしてそれを見送っていた。そしてパンツスーツ姿でロングヘアのオネエ山田を見て一言。


「…………すごい……かっこいい……」


俺のがかっこいいだろ!



ーーー



「ふむ。じゃあ天使ちゃんのスタイリングはアタシが預かるわね。坊ちゃんは待ってなさいな。天使ちゃんが着替えてる時に入ってきたらちょん切るわよ」

「物騒だな山田……」

「ビアンカだっつってんだろ」


一通りの服を眺めたオネエ……山……ビアンカはそう言ってふんふんと頷いた。

天使に一歩近づいて、長めの前髪をそっとかきあげる。


「ひゃっ……」

「あら、ごめんなさい!人に触られるの苦手かしらん?」

「は、はい……」

「あらそう〜、じゃあなるべく触らないようにやってくわねえ、そういうのもスタイリストの心配りだから。うふふ。それにしてもアンタ、めちゃくちゃ可愛いじゃない?うんうん、前髪を上げてあちこち整えればすっごーく美人になるわよお。坊ちゃんの彼女?」

「へ……っ!?か、かのじょ、わ、わたしが……!?そんな、私なんかが……私なんて鞄に入れっぱなしで最後まで使われないエリクサーぐらい地味で……」


例えがいちいちゲーマーなんだよなあ。

あと、……うん。こっちをちらちら見てちょっと挙動不審になる天使の好きなやつを、俺は知っているわけだし。俺の彼女だなんて、言えない。


「彼女じゃない、友達だ」

「ガールフレンドってことね?うふふふん、なるほど〜?」


話聞きやしねえ!

マスカラで長めの睫毛に縁取られた目で、ビアンカはばっちんとウインクする。


「坊ちゃんのガールフレンドをコーディネートするお仕事なんてわくわくしちゃう!天使ちゃんって言ったかしら、アタシに身を任せてみない?」

「お、お願いします……」

「俺も見学に……」

「ちょっと男子ィ!!!!外で待ってなさい!」


隣のドレッサーがある部屋に後から入ろうとしたら、普通にオネエに、ばったん!と締め出されてしまった。


「い、伊集院くん……!」


か細い声を出しながら天使千春がそのまま連れていかれる。

ビアンカも普通に男だろ!!天使に変なことしたら許さないからな!!!!!





そう思っていたのも束の間。




俺は認識を改められることになる。


三十分ほどを待ったところで、隣の部屋の扉が開いて……おずおずと、人が出てきた。

ほっそりとして、けれど胸が綺麗に見える白いワンピース。綺麗に整えられた前髪の下の、大きな瞳。ふわふわに巻かれた桜色の髪。少女らしい桜色のパンプスは、バレエシューズのようだ。春色の薄手の上着も、手首につけた細い銀のアクセサリーも上品の極み。


美少女だ。清楚で可憐な美少女がいる。

どこからどう見ても深層の令嬢が、お出かけしにやってきましたという体だ。


一瞬誰なのかわからなかった。確かに、顔は同じなのに。


「…………あ、あまつか……?」

「は、はいっ」


天使千春は返事をして、俺を見てから恥ずかしそうにはにかんで笑った。


「に、似合う……?」

「世界で一番可愛い」


推しとして、ではなくて、普通に、本当に。いや、普通以上に。アイドルとかモデルも顔負けだろう、この清楚な透明感は。


「……伊集院くんにそう言ってもらえると、自信が持てる気がするよ」


あんまりに綺麗に笑うので、俺は一瞬ぼうっとした。可愛い。


「どれぐらいっていうと……魔王を倒した後に出てくるラスボスが、主人公たちを倒すことができるって思ってる自信ぐらい」


見た目は完全に超美少女の深層の令嬢なのに中身がこれなんだよなあ。




「——、ええと、そうだな……服も整ったし、遊びに行くか……?」


あまりの美少女っぷりにちょっと圧倒されながら聞くと、天使はこくこくと頷く。


「うん。伊集院くんと一緒に、いろんなところ、行ってみたい」


この透明感ましましの超超超美少女を連れて歩くことが何を意味するのか。その時の俺はまだ理解できていなかったのである。

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