05 ブラックカード、本領発揮
かっこいいと言われれば男はかっこよくなりたい。好きな子にファビュラスと言われればファビュラスになってやりたいのが男の性というものだ。
お話したい、と言われたのもあって、俺は天使をまずはシャンデリアがあるタイプの喫茶店へと連れていった。金髪をふぁさっとかきあげる。もうこの仕草癖になっててやめられないし止められないのどうにかしてくれ。
「なんでも好きに頼んで構わないよ。注文が決まったら俺が鈴を鳴らそう」
「え、で、でも、お支払いは……」
「カード一括だ」
きらきらーん。
自動で舞い散るギャグイケメン特有の光みたいなの、どうにかならねえかなあ。
一方で(負け)ヒロインらしからぬ派手クソダサ服の天使千春は、桜色の三つ編みを震わせて感激した。その三つ編み意思持ってるみたいに動くね。
「伊集院くん、すごい……強いボスを課金アイテムで殴り殺すみたいなスーパーウルトラパワープレイだよ……かっこいい……」
それ褒められてる????
ーーー
さて。
俺が選んだのは、軽食とかパフェとかが美味しい『喫茶店エスメラルダ』。お上品でちょっと高めの女性服のフロアと一緒の階に入っている店だ。
俺は別に甘いものが好きなわけじゃないが、セバスチャンに『女の子が好きそうな店をリストアップしてくれ!』って道すがらで送ったら二分ぐらいでリストが送られてきた。うちの執事は優秀だ。
その中で選んだここは、デパートの四階、ガラス張りの壁で外がよく見える。フルーツパフェが一番の名物の、ちょっとした有名な喫茶店だ。女性客も多いが、男性客からも人気が高い。
今日も大繁盛で、あちこちからお上品な客たちの会話が聞こえてくる。
「今日もここのフルーツパフェは大変美味しゅうございますわ、心の癒しですわぁ〜!」
「これを食べるためなら死んでもいいでごわす」
「エスメラルダのパフェを食べるために生きてるんです……家に帰ると妻と子供に甘いものとか全部食われてるし……俺の居場所はここのパフェの中にあるんだ……」
「お客さんパフェ幾つお召し上がりになりますか〜?」
「二十個で〜!!!」
客の癖が強い。
でももっと、天使の服の癖の方が強い。
推しの私服のインパクトがデカすぎて、天使が店に入ってから数秒おきに誰かがちらちらとこっちを見てくるのにもう慣れつつある。
うん、男として一緒にいる女の子がハイパーダサいというのは本来なら気にするところなんだろう。でも、これは推しの私服。初めて見ることができた私服を簡単に金の力で脱がせて着替えさせればいいのか?いや違う。
そのままの彼女のセンスを受け入れるのも男の覚悟。……というか、本当に千春ルートは永遠に闇の底だからもうちょっと……リアルタイムに動く私服スチルを楽しませてくれ……。
(……『主人公』が、天使を好きになって、両思いになるまででいいからさ)
一瞬の仄暗い思考は、持ってこられた注文にかき消された。
「失礼いたします。エスメラルダパフェお二つお持ちいたしました」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます……っ!」
ぱあっ、と、パフェに明るい笑顔になる天使もかわいい。いや、可愛いんだろう。多分。予測系になってしまう。
だって目元カメレオンサングラスで見えないんだもん。
「ご、ごゆっくりお召し上がりください……」
店員さんも天使千春の私服にドン引き。
しかし、流石はプロ。一瞬引いた後、パフェが、優雅に銀の盆から下ろされる。
きらきらのゼリー。瑞々しいさくらんぼやらメロンやら透き通るようなオレンジやら葡萄やら。盛られた上品な色のバニラアイスクリーム。
このパフェ一つでなんと6980円である。値段がバカ。俺は超超超超金持ち高校生なので財布が耐えられたが、きっと普通の高校生なら財布が耐えられなかった。
「あの、伊集院くん……食べても、いい?」
「え?ああ。勿論」
「そういえば……」
「うん?」
「こういう時に、ギャルゲーとかだと『はい、あーん』とかするよね、ふふっ」
俺は飲んでいた水を吹き出しかけた。
まあ、ここまさしくギャルゲーの世界だしな!
きっと千春ルートが開発されてたら、どっかの店で主人公とのデートイベントとかがあって……天使千春の、『はい、あーん』が見られたんだろうな……まあ今の俺は金持ちのギャグキャラなので、そんな機会は来ないわけだが。
「あ、ああ……そういうものか」
「うん。そういうもの。ギャルゲーとかだとね、喫茶店イベントって……大体そういうものなんだよ。でも伊集院くんなら、それこそリアルで『はい、あーん』とか慣れてるかなあ……」
天使の中の俺のイメージどうなってるんだ?
「なんか、こういう……クラスの人と性別関係なく出かけるのも慣れてそうっていうか……女の子慣れ、経験値MAX、クエスト経験値は入りませんみたいな……」
「そこまででもないからな???」
「そう……なの?でも、こんな……お洒落なお店、知ってたり」
セバスチャンにカンニングさせてすまん。
「あと、デパートの中にも、すごく……詳しいし……」
まあうちの経営だし。
「それに、わ、わたしに……シンデレラにするって、言ってくれたけど。私たち、殆ど関わったことも、ないのに……すごいなあって。性別とか超えて、誰かを助けるために真摯になれる、すごくいいひとで……伊集院くんは、素敵な人なんだなあって」
「えっ……あっ……」
普通に上手く喋れなくなってしまった。
俺の下心をいいように、純粋無垢に解釈されている……!
「ファビュラスだし、いい人で……私なんかと遊んでくれて、もったいないくらいだよ」
こ、このまま誤解させておいていいのか?俺の事をめちゃくちゃいい人だと誤解させたままでいいのか?しっかり現実を見せておくべき……いやでもいい人って思われてた方が俺も嬉しいし……
「伊集院くんって、下心とかなしに、誰かを助けられるんだなあって……憧れるなあ」
はにかんだエンジェルスマイル。俺の前世のスマイルが0円なら多分この笑顔は一億円ぐらい。
もう無理!嘘はつけません!!!!!
「……下心はある」
「え」
「助けたのは相手が君だからであって、誰でもってわけじゃない。あと、誰でもこうして一緒に出かける事に誘うわけでもないし、海苔……じゃない、ブラックカードを持ち出すわけでもない」
「でも伊集院くん……一時期おうちの十人乗りベンツに誰でも乗せてくれて、送迎バスしてなかったっけ……『悪いな、俺の家のベンツは十人乗りなんだ』って、遅刻しそうな人を拾って……」
過去の俺の阿呆!!!あれはちょっと家のベンツのでかさを自慢したいだけでした!
「いや、そ、うだったかもしれないが。今回のこれは特別なんだ!」
「とく、べつ……」
「そう。……君自身はわからないと思う。でも、俺は君に対して少し……こう。他とは違う……なんというか。俺は、君を……」
告白になりかけている気しかしない。落ち着け。
「わたしを……?」
不思議そうにしている彼女に、頬を少しだけ紅潮させて続きを期待してる彼女に、なんと言えばいいんだ。前世のゲームの好きなキャラでした!とか言ったら狂人確定。
(どうにでもなれ!伊集院ムーブで乗り切るんだ!)
俺はそばにあった細いスプーンを引っ掴み、アイスクリームを削り取って彼女の口元へ持っていった。
「君を……めちゃくちゃ甘やかしたい!見ていると君にはそういうオーラがある!!!!!はい、あーん!!!!!!」
クソデカボイスのはいあーんに周りの人間が一斉にこっちを向いた。公開処刑。
はむっと彼女は反射でアイスを食べて、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をした。可愛い。処刑がご褒美になった。
「お、おいしい……!人に食べさせてもらうアイスクリームって、おいしいね、伊集院くん!それにしても、わたしからそんなオーラが出てたなんて……」
「君が幸せならそれでいい。そう思わせるオーラが君にはあるんだ」
今はなんか、原色クソダサオーラも出てるけど、それはなかったことにする。
「……そう、なんだ。わたしに、そんなオーラが……」
彼女は少し考えてから、不意に俺に向かって銀色のスプーンで掬ったアイスを差し出した。
「………えっ」
「はい、……伊集院くんも」
「えっ……?」
「わたしに、甘やかしたいオーラがあるなら……伊集院くんには、お返ししたいオーラが……ある、かなあって……どうぞ。これぞ等価交換だよ。人間の成分を全部使ったら人間ができちゃうんだよ」
何の話だ。
いや、何の話だとかじゃない。どういう状況???
推しが。クソダサコーデとはいえ、俺に。主人公でもなんでもない俺に、はいあーんとかしてくる。カメレオンサングラスをちょっと引き下げ、はにかんで、照れながら、俺に。
長い睫毛、潤みがちな大きな瞳。ふわっと揺れる猫のしっぽみたいな、桜色の三つ編み。
あとどうしても視界に入ってくる『tougarasi love』パーカー。
最後のは見なかったことにした。
それにしても絶対これ姫の気質あるって。俺との距離感を間違えてる!
「はい、あーん」
「あー……」
いやでも……もうなんでもいい……推しがあーんしてくれるんだぞ、思考停止するだろ……。
俺が、伊集院環としてのプライドをかなぐり捨て、ただの一人の天使千春推しとしてそれを食べようとした時だった。
がたん!
そばを通りかかった店員が椅子の足にでも足を引っ掛けたのか、天使が思いっきり水を被った。甘いムードが吹っ飛んだ。
「……ひゃっ……!?」
「す、すみませんお客様……!!」
本当だよ!!!今いいところだったんだぞ!!!
彼女の胸元の唐辛子が一気に濡れて、スカートまで水が滴り、太腿のラインが透け……浮き出……
びしょびしょだ。冷たそうだし寒そうだ。パーカーが濡れてマシュマロみたいな胸のラインがめちゃくちゃ見えるが何もやましいことは考えてない。
「わ、私の一張羅……!?」
俺とのお出かけに一張羅を……!?じゃ、ない。このままではまずい。
店員はおろおろとし、天使千春は今にも泣きそうだ。このままでは最悪のデートになってしまう。俺は一瞬で現実に立ち返った。今俺にできることはなんだ?
俺にできることは……
俺は声を張った。
「店員のお姉さん!」
「へっ?……あ、はい、なんでしょうお客さ、ま……環さま!?」
顔を知られてた。まじで?こんな末端にまで経営者の息子の顔まで知られてるのか……!?
「伊集院家の方のお友達の服を、私濡らしてしまったのですか……!?」
「いや、それはいいんだ、というかどうして俺の事を、」
「あっ、それは個人的なファンなので。金髪イケメン高校生推し」
そっかあ。
「結構環さまのファンっていらっしゃいますよ、時折視察にいらっしゃる社長が写真を見せびらかしているので……」
親父は何をやってるんだ???
「んんっ、とにかく。申し訳ないが、このフロアのマネージャーを呼んでくれ」
「はい?」
「彼女に似合う服が置いてある店を見繕ってほしい、勿論時間をもらう分の特別手当を出すと伝えてくれ。勿論業務外任務をさせる分、チップは出すとも。それで全てなかったことにしよう」
自分で言うのもあれだが、今の俺の外見はきらきらの王子様だ。
ギャグもいけるが、対女性特攻みたいなあれがある。悪いな、俺の外見はイケメンなんだ!
あと彼女俺のファンだし!
「特別対応求めすぎはいくら社長の息子でもどうかと」
本当にファン?バカゲーってたまに急に現実的になるよね。
「いえ、やりましょう。ところで環様……お店を見繕うのでよろしいでしょうか……?お洋服ではなく……?」
「ああ、いい」
俺は鷹揚に頷いた。さっきまで泣きそうな顔をしていた天使千春に一瞬笑いかけてから、さっときらめくブラックカードを取り出す。さあ、お前の出番だ。海苔じゃなくなる時がきたぞ。
「彼女に似合う店のものは、全部買おう」