30 華麗なカレーとエンジェルはダイヤモンド
フォークダンスとは何か。
男女が密着して踊る、学生御用達のダンスである。バーガーショップ店員だった俺はかつて学生だった頃に結構踊らされたが、それはもうアレな記憶しかない。
相手方の女の子の足を踏んで転ばせたり。上手く踊れなくて呆れられたり。何より異性との密着にくそ緊張するタイプだったので、多分フォークダンスだけで俺の寿命は三年ぐらい縮んだと思う。
そんなこんなで、四条マユ……幼馴染のマユちゃんの提案には懐疑的だったのだが……。いやしかし……。
(できれば伊集院家の跡取りとして俺はワルツが踊りたい……)
とかいうしょうもない理由により、ちょっとばかり社交ダンスの動画もWeTubeで見た。
マユちゃんは何かしらの理由だとどこかへ行ってしまい、俺と天使だけが屋上にいる昼休みだ。
カレー味エビフライが入った俺の弁当の後ろで、置きっぱなしのスマホからとんでもなく華麗な映像が流れてくる。
どうでもいいけど弁当にカレー味ってめちゃくちゃ匂い強くね。おいしいけど。
「今日の伊集院くんのお弁当、その、すごく華麗にカレーだね……」
「あっ、やっぱり気になる?」
くそっ。作ってもらってる以上文句は言わんが!セバスチャン!匂いのきついものはできればあんまり入れないでくれると!
それにしても天使のダジャレとか珍しいすぎるな……録音すればよかった……体感温度は三度下がった。
「欲しければ天使さんにあげるよ。それにしても……これは……」
WeTubeのダンス動画、超テクニカル。
タキシードで白鳥のように舞う男性。空中でトリプルアクセルをキメる少女。やたら色っぽいくねくねした振り付けやら、腰を抱えて持ち上げるタイプのリフトやら、ドレスを振り回して踊るあれこれやら、そりゃあもうありとあらゆるやべえダンスが出てきた。
もうあれ。全てのダンスが技術力の塊。技術の鬼。
ベストパートナー決定戦までそこまで日にちもないのに、こんなテクニック簡単に習得できるわけない!
「いや無理すぎる……」
「伊集院くん……?」
「ああ、その……マユちゃ……四条さんが言ってたことは正しかったんだな、と……。俺たちにできて、技量的にも上手くいくダンスなんてそれこそ基礎中の基礎ぐらいだ」
高校生、ダンス、とかで調べたらごろごろ高校生にもダンスのプロがいたし。一朝一夕でなんとかなるものでも、ないようだ。
確かスイミング選手とかスケート選手とかの参戦もありとか言ってなかったか、あの大会!
思ったより壁が高いぞ、ベストパートナー決定戦……!本当に勝てるのか……!?
俺が深刻になっている横で天使はそわそわしていた。
「あのっ、食べないならエビフライ……もらっても……」
割と食い意地張ってる天使かわいいな。
「それはもちろんいい、けど、……あれだな、うん。弁当を全部食べてもらってもいいぐらいだ、天使さんに……」
「えっ」
「なんか……ダンスの動画とかを見てると、金の力じゃどうにもならないものも世の中にはあるんだって思って。ちょっと胸が詰まったというか」
「それは当たり前だと思うよ……」
ぽわぽわした天使からの珍しいツッコミ。
うん。ここはバカゲーの世界だけど。バカゲーの世界にも努力してる人達はいて、そういう人たちを俺は、超えることは普通にできない。
もちろん金の力で超絶すごいコーチを雇って環境を整えられはすれど。
それでダンスのステップが一日で身につくかと言われると普通に!!!!無理!!!!
元ハンバーガーショップの店員だった頃、俺はそりゃあもう何もかも中途半端だった。
中途半端で、努力なんて報われなかったし。ちょっと頑張ってみても上手くいかなくて、なんでもっと頑張れないんだと言われる。
俺は俺なりに頑張ってるのに!!!??みたいなことがよくあった。
スマイルゼロ円だけが俺に残された過去の経験からの唯一の遺産みたいなものだ。笑っておけば結構何でも切り抜けられる。そう思いながらも、じわりと体温が下がるのを感じた。
ああ、嫌だな。転生してから、ライオンとクジャクとやべえ主人公とやべえヒロインと金の力でできたトンデモ事件に振り回されて、忘れていた。
頑張ったけど報われなかったこととかが、それに対する虚無感とかが、今更顔を出す。
いやまあスマイルゼロ円だけは習得したけどね。女の子の笑顔はダイヤモンドなんです。俺は男だけど。
「大丈夫だよ、天使さん」
金髪イケメンのゼロ円スマイル。けれども、俺の推しは、——惑わされなかった。
「い、伊集院くんっ」
不意に言われて。
ぐいと手を引っ張られる。
「えっ、……あっ?」
「あのね、……なんかぼんやりして、ちょっと悲しそう、だったから……。使おうと思った回復アイテムが、MPとHPの効果が逆で食べても何も回復しなかった人みたいな顔してたよ……」
そんな顔してた????どんな顔だよ。
「踊ろう!」
不意に、天使は言った。
「えっと?」
「踊ろう、伊集院くん!」
天使が。青空の下で、そう笑う。瞳を細めて俺の手を引く。過去から伸びてきた冷たい感覚を、天使の手の感覚が払拭した。
「きっと、その、……不安なんだよね」
淡いピンク色の髪を風に揺らしながら。彼女は俺の手をぎゅっと握りしめる。
「伊集院くんはダンスが上手そうだけど、その……相手が、わたしだし……わたしと勝てるかなって、不安になったのかなあって。そうだよね、魔王の城に行くのに白魔道士レベル5がパートナーじゃ不安にもなるよね」
「いや、天使さんは俺にとっては白魔道士レベル99よりも強いよ!!」
「えっ、い、伊集院、くん……!」
目をうるうるさせる天使。かっわいいな。
ネガティブを全て吹っ飛ばして推しかわいいが前面に出た発言をしてしまった。いや、……推しじゃなくて、目の前の天使が。この子が、かわいい、のかもしれないけども。
それにしても頬を染めて恥じらう天使はめちゃくちゃかわいい。
天使はちょっとはにかんでから、俺の手を取って立ち上がる。彼女はきらめいてみえた。
「練習、しようよ。わたしがね、その……白魔道士レベル99より強くても、魔王の城に行くなら勇者さまとの連携を高めなきゃ……でしょ?」
「連携、か……」
「勇者が飛び込んだところに、光の大魔法ぶちかましたら困るだろうし……」
「それは普通に蒸発して死ぬね?」
「うん。フレンドリーファイアってやつだね」
そのシステムRPGにあったっけ。
ちょっとだけ笑いあう。
スマホから流れるチープな音楽に合わせて、二人で寄り添う。見よう見まねで、ダンスのステップを踏む。午後の青空の下で。ちょっとだけカレーの匂いがしても、華麗にステップを踏む。
右右、左。ターンして受け止めて。手を握って、離して。
二人で踊るダンスはそりゃあもう下手くそだ。
腰を抱き寄せるとやわらかい天使の香りがしてちょっと死にそうにもなるけど、彼女がぎこちなく踊るさまはかわいくて、愛おしかった。
10分踊ったら、ちょっとぎこちなさがなくなって。
15分踊ったら、少しだけ上手くなって。
天使の足を踏まなくなって、ターンも少しできるようになって。踊りらしくなってきて。
そうだ。こうすればよかったんだと、天使の手の温もりを感じながら思った。
金の力でどうにもならないものは、積み重ねるんだ。天使と、一緒に。天使となら、もしかしたら。
「伊集院くん、すごい、ターン上手……!」
「昔ハワイで親父に習ったんだ」
「フラダンスが基礎ってことだね?」
それはちょっと違うかもしれない。
ああ、それにしても。
女の子の笑顔はダイヤモンドだと、最初に言ったやつは誰だったんだろう。
俺は考える。ああ、その通りだよ。君はとても正しい。




