28 熾烈な舞踏会と漆黒の必勝法
自転車登校で学校まで向かって、自転車を降りたところで女子の大群に囲まれた。伊集院環としての記憶しか持っていなかった頃は、いつもどおりの朝の光景だ。
「伊集院様!」
「環さま、おはようございます~!」
「今日も金髪がきらめいていて素敵!」
「環さまのおうちのベンツに乗りた~~い!」
「あら、でも本日は自転車登校ですのね?……あら、後ろの…………」
そこで女の子たちの言葉が止まった。
俺の背中に隠れていた天使がおずおずと顔を出したからだ。
「天使さんじゃない……!ちょっとあんた、よくも伊集院様の腰にそんな、手なんて回して……!」
「くっついていやらしいわよ!」
「今日ちょっと髪型が可愛いからって容赦しないんだからね!」
「えっ、やだ……髪型可愛い……え、天使ってよく見たら顔可愛くない?美少女……」
俺の取り巻きの子猫ちゃんたち、たまに妙に性格がいい。
と思っていたら、ふいに彼女たちは変な顔をして黙り込んだ。
「……ねえ、もしかしてあの話って本当だったりするの……?」
「……あの話?」
「天使さんが、伊集院様の婚約者だ……って話です、環さま」
…………え。
…………え?
バレている。
今となっては少し前の話に感じてしまうが、お嬢様のような格好をした天使とデートをしたときに婚約者だと騒がれた事があった。それが今になって蒸し返されている。
「……あの写真の美少女って……天使さんなの……?」
「え、いや、あの」
「結婚されるんですか環さま……!?」
「高校生で婚約者とか早すぎないですか!?」
「あと、あの美人すぎるレイティスが環さまの妹って話があるんですけど妹さんいたんですか!?」
「結婚するんですかわたしというものがありながら!?白い浜辺で夢の中で君だけだよって微笑んでくれたのに!?」
妄想のレベルが高い。
それはともかく、ともかくだ。
「いや、あの、あの写真は…………うん、あれは彼女だが、婚約してるってわけじゃないし付き合ってもないんだ」
「い、伊集院くん…………」
天使があからさまにちょっとだけ声を落とす。そうだよな、ごめんな、こんなこと言って。
でも、ちゃんと事実は周知しておかないと。天使が変な誤解をされて誹謗中傷されたら、そっちの方が俺が耐えられない。
推しが、俺のせいで。俺のせいで傷つけられたり、嫌な思いをしたりしたら普通に死にたくならないか?推しってそういうもんじゃない?
「……まだ。付き合ってない」
「え」
「ま、まだ……って、これから付き合う予定なんですか環さま……!?」
「天使さんと……!?」
「こんな地味子と!?」
「いや最近地味子でもなくて可愛いなとは思ってたのよ、でも許せない!」
「今日の髪型下手くそだけど可愛い、でも腹立つ~~~!!!」
俺は息を吸って吐いた。
「──ベストパートナー決定戦。それで優勝したら、……付き合おうって天使さんとは約束した」
天使がひゅっと、息を飲む声が聞こえた。
まだ明るい校門前が一瞬静まり返り、それから黄色い悲鳴が爆発する。耳が!痛い!
「ぎゃああああわたしたちの伊集院様が!」
「環様!そんなことになる前に私と結婚して!」
いや結婚はしないけども。というか天使とも結婚はしないけど!?
「環さまそんなあ……!」
「ベストパートナー決定戦、ダンスパーティに挑むなんてそんな……!」
「あの、世界レベルのダンスマスターたちが集う達人舞踏会に挑まれるなんて絶対無事じゃいられないわ……!」
えっ、そっち???
「ぎたぎたにされてしまうわ……!特に主催者の血縁の麗川様なんて世界で一番舞踊が上手い女子高生!」
「見るだけで圧倒され魅了され巫女の呪いでこっちは一生どじょうすくいしかできなくなるという噂!伊集院さま、思いとどまってください……!!!」
「やめましょう、天使さんなんかと付き合うためにそこまでの危険を侵す必要は……!!!」
なんかすごい話になってきた。
天使はぷるぷると震えているし、俺もちょっと動揺した。伊集院家は結構ダンスパーティを開いたりする家柄でもある。いやそこで……一生どじょうすくいは……ちょっと……。
「わ、わ、わたし……ベストパートナー決定戦がそんな、熾烈な戦いだって知らなくて……!」
「凡仁くんが言ってきたんだからそこまでひどいことになるわけがないとは……思うけどね……?」
いやでもどうなんだ?やつも妹を愛する一人の男。全力で俺を阻止するために、俺の一生分のダンスをドジョウすくいに置き換えようとするぐらいはやるかもしれない。バカゲーの世界観、バカゲーとしての様相を真面目に呈してきた。うん、最近ラブコメだったもんな。
「……いや、でも」
……でも。
「それでも、俺はやる」
「た、環さま……!?」
決意を込めた声に、女の子たちがざわつく。
「俺は、天使さんを、……まだ大事な人としか見られなくて。恋愛感情とうまく、折り合いがつかないこともあるけど」
……そう。
俺の体には、二回分の人生が入っている。ハンバーガーショップ店員だった人生と、高校生男子としての、人生と。
高校生男子としては、きっと多分恋をしきっているんだ。恋におぼれてる、多分。
でも。うだつが上がらなかった店員だった頃の人生が、失敗だらけだった人生の臆病さが、全てに歯止めをかけているんだ。きっと。
高いハードルを天使のために飛べたら。
そうしたら、臆病さを投げ捨てて彼女を大事にできるかもしれない。
どちらの感情も折り合わせて、天使に好きだって、言えるかもしれない。
女の子として。
たったひとりの、俺だけの女の子として。
「……でも、俺はやる。参加して、天使さんとそういう関係になるために。どじょうすくい程度で諦めたりはしないよ」
「い、いじゅういん、くん……」
天使が泣きそうな声を出す。大きな瞳が潤んでいる。
可愛い。めちゃくちゃに可愛い。この可愛さを俺だけのためにするために、多分その大会が必要なんだ。
いやどじょうすくいはやだけどさ。
「──ふうん?では罪深きものよ……その熾烈な舞踏会を勝ち抜くための秘策はあって?」
声が響いた。
目を向ける。左目が疼くポーズで──少女が立っていた。紫色のボブカット。金色の目。
その後ろには、ロングメイドスカートで髪をきりりとお団子にしたメイドが。
「……ふん……どうやら窮地に陥りし罪深き者には、救いの手が必要なようね……?」
五条財閥の娘。和洋折衷の家柄の娘。
「漆黒の救済者である私は、闇と踊るのが何よりも得手……ふふん、罪深きものよ、そして穢れなき乙女よ。勝つための秘策を、知りたくはない?」




