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21 落ちる

舞台に向かって、天使千春は走っていた。

身にまとうのはリリアナの衣装だ。自信をつけたいという自分の気持ちで身に纏った衣装だ。あの日、彼は自分を、こんな自分をシンデレラにすると言ってくれた。素敵な衣装をくれた、魔法みたいに色々してくれた。


そして、今はこうして、大会に一緒に出る同士になっている。

そんな彼が、時間を稼いでくれと言ったのだ。なんとかしてくれと、頼られたのだ。


(がんばらなきゃ……!)


天使千春は気合を入れた。リリアナのウェディングドレスを持ち上げて歩く。呼吸は震えているし、足だってちょっと震えている。あんな大きな舞台に、大勢の人に注目される場所に、一人で立つのは怖かった。

そもそも、自分なんて添え物だと思っていた。


(わたしなんて、ごはんにつける沢庵……カレーの福神漬、サメのお腹のコバンザメだと思ってたし、ゲームならサブウェポン………)


「でもっ、福神漬にもできることはあるよね……!」


拳を握りながら彼女は呟いた。辺りを歩いてた道路交通標識のコスプレの人と、考えるヒトのコスプレの人がこっちを向いて怪訝そうな顔をした。どうでもいいけどミスコン参加者として、センスどうなってるんだ。


「……わたしでも、頑張れるかな……みんなの目を引きつけるぐらい、素敵に、なれるかな……」


凡仁くんの努力を、無駄にしないように、できるかな。

そう思いながら、天使は歩いていく。控室が並ぶ廊下を出る、トラックの上では裏ミスコン参加者たちが踊り狂っているところだった。格好がジャングルの中にいそうな民族。


ミスコンだよね?


「わあ……個性が6Vって感じ……」


司会者の陽気そうな男子が声を上げる。


「はいっ、ジャングルダンスガールズの方々ありがとうございました~!いや~、裸の男の胸を再現する肉じゅばん、すごい再現度でしたね~!」

「おいーー!!美少女を期待したのにムキムキ褐色肌の男の胸見せられるこっちにもなれ~~!!!」

「完成度が高すぎる!人工筋肉反対!!!」

「足元まで肉じゅばんで固めて筋肉の躍動を再現するな~~~!!!」


客席からのツッコミとブーイングと歓声がすごい。

伊集院がいたら普通に突っ込んでいたのだろうが、天使は緊張しまくっていたのでそれはできなかった。


天使千春は、そっとドレスの裾を持ち上げたまま裏口からトラックの中を覗き込む。


「はい、では次は──謎の美少女デュオチームの登場です~!こちらなんと学年未申請、本名未申請の組み合わせ~!賞金の受取先のみ衣装担当の二年生、凡仁くんの名前が入ってるという気合の入った匿名チームです、では準備どうぞ!」


次の瞬間──……にゅっとトラックの後ろからクレーン車が出てきた。ついでに上からヘリコプターが飛んできた。


生徒たちは一瞬沈黙したあと悟った。


あっ、これ伊集院だわ。


バカゲーの世界の住人達、急に出てくるでっかい車とか、急に用意されるでかいセットとかに大分寛容な精神のものが多いのだった。



ーーー



クレーン車はさっと巨大なセットを組み立てて帰ったし、ヘリコプターはさんざん上から花を撒き散らしてから飛び去っていった。ヘリコプターに乗った謎の美女に投げキッスされたと主張しまくる男子が大量発生したが、その美女の正体は誰にも言わないでおこうと天使は思った。


「おーっと、謎の美少女デュオの協力者が空からセットを組み立てていく~~~!!学生の催しで保護者参戦はありなのか~!?こんなに金を使うのはありなのか!」


空から落ちてきた柱が落とされた衝撃で一本折れた。

──発泡スチロールが飛び散った。


「と思ったらセットは超低予算です!やすーい!これならさっきのジャングルダンスガールズの方が金かかってただろ~!金の使い所を考えろ謎の美少女デュオ~!さあどんどんと組み上がっていきます!」


司会がスポーツの実況解説めいてきた。


できあがったのは──白亜の宮殿──っぽい、柱数本で組み立てられた簡易宮殿だった。

ちょっと触ってみると普通に発泡スチロールだった。学生の催しにふさわしい値段でセットを組んだらこうなりました的なあれだ、律儀。


「組み上がったら簡易宮殿ですが、十分で適当に発泡スチロール削りましたみたいなものでしかない!これで何をしようというのか~!」

(伊集院くん……)


十分間では流石にほぼ何もできなかったらしい。天使は息を吸って吐いた。


「ではそろそろ時間です、準備時間終了~!謎の美少女デュオさん、どうぞ!」


しずしずと進み出る。ドレスの裾を精一杯お姫様らしく引きずる。自分がアニメで見たそのキャラらしく。自分の内気さは投げ捨てて、胸を張って。添え物じゃない、今だけはメインディッシュになってみせる。


一歩、二歩。

宮殿の高い場所へ登るための簡易階段が発泡スチロールの裏に組まれている。ゆっくりと登る。上からスポットライトが降ってくる。明るい中だからあまり目立ちはしないが、それでも皆に注目されているのだという気分で天使の喉は干上がった。


「えっ、おい…………誰だあの美少女……」

「あんな子うちの学校にいた……?」

「衣装似合ってる、アドゥリビトゥムのリリアナまんまじゃん……」

「SNSにあげよ、バズるってこれ……」


ざわつきが肌を撫でる。緊張とどきどきで胸が苦しい。


階段を登りきる。


みんなが、私を見ている。


凡仁くんが、遠くで何か叫んでいるのが見える。拍手が体を包む。

パフォーマンスは、歌と台詞だったはずだ。でも、──。


(ど、うしよう、わたし、台本、おもいだせない、)


見られている。そのことで意識がいっぱいになる。

頭が真っ白で声が出ない。自信を持って、できると思ったのに。今こそ、やれると思ったのに。


「リリアナちゃんどうしたんだ……?」

「もしかして台本忘れた?」

「緊張しまくってる顔もかわいいね~~~!!メッセやってる?」


あ、ナンパはお断りです。


一分、沈黙。司会者が眉を寄せて、天使の方が見上げてくる。足が震える、声が出ない、怖い。

喉が乾ききっている。体が震える。緊張で浅い過呼吸になる。


シンデレラでもなんでもない私が。伊集院くんや、凡仁くんや、麗川さんの足元にも及ばないわたしが。

伊集院くんに手を引かれてここへ来ただけのわたしが、ここで、言えることなんて──……




「リリアナ(あまつかさん)!」



呼ばれて、息がふっと楽になった。

遥かなセットの下。レイティスが。ずぶ濡れになって、大きな、鮮やかな花束を持ったレイティスが、──伊集院くんが、そこに、いて。



「ぁ、…………」

「花を、──花を持ってきました、あなたのために!湖の底に咲く花も、森の花も!」



原作の台詞で違和感を誤魔化しながら、大きな花束を彼が、掲げている。水に濡れて、髪から雫を零す彼が。



天使は体から力が抜けていくのを感じる。腹のそこから締め付けられるような緊張がほどけていく。ふっと瞳が滲んで、涙が出た。


「い、いじゅういん、くん、」



ああ。ああ。わたしは、──わたし、きっと……伊集院くんの、ことを、



一歩踏み出す。


その先には、階段がなかった。





音が消えた。





落下していく、真っ白なセットを間近に見ながら。レイティスの姿をした彼が花を投げ捨てる、両手を差し伸べるのを最後に、目をぎゅっと瞑った。



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