02 保健室推し課金宣言
廊下を歩いて保健室まで行く間、俺はちょっとぼんやりしていた。
天使千春の、淡い桜色のおさげがふわふわと揺れる度に、目が吸い寄せられる。
白いうなじとか……あと、校則をきっちり守ったスカートから覗く細めの足とか。何もかもがめちゃくちゃ可愛いのに、前髪で顔を隠しているだけで教室であれだけ地味女子扱いされているのが解せない。
まあゲームの世界なんて得てしてそんなものだが。
俺なんて高校生なのに会社を五つ持ってるし貯金が百億あるし純日本人なのに金髪碧眼だし。あと家には十人乗りのベンツあるし。
どうでもいいけどありとあらゆるところにかかる税金すごそう。
元バーガーショップ店員の記憶を思い出した今となってはそんなみみっちいことも考えてしまう。あの頃は0円スマイルとポテトの完璧な揚げ方だけが俺の取り柄だった……
「あ、あの、伊集院くん、保健室に着いたよ」
「はい、スマイル0円です!」
「えっ?」
前世のくせできらきらスマイルを振りまいてしまった。俺を見てぽかんとする推し。
「あっ、いや……なんでもないんだ、悪い……ごめんなさい……ちょっと癖で……」
「え?え?えっと……伊集院くんも、ハンバーガー、すきなの?」
「あ、えーっと……ああ、たまには庶民の食べ物に親しむこともダイジダロウカラネ……」
「ふふふ、そうなの?わたしもハンバーガー、好きだよ。ゲームしてる間も食べられるもん。ゲームなら、体力回復のために、常時使用ボタンにセットしておきたいぐらいには好き……序盤の、体力1000回復アイテム、ってかんじ」
そんなに???
そういえば彼女、気弱で引っ込み思案で巨乳のオタク女子だったな……という事が段々と鮮明に蘇る。千春ルートは正規の配信はなかったものの、他の女子のルートで彼女の性格や個性はちらほらと見えてはいたのだ。
彼女の個性は「内気なガチゲーマー、オタク」であった。ソシャゲとかでランクインしてくるタイプのガチオタだ。この世界でも、やっぱりそうなのか。本当にここって、あのバカゲーの世界なんだな……
「あ、ご、ごめんね、いきなりゲームの話なんて語っちゃって。……保健室、入らないの?……お腹、もうだいじょうぶ……?」
ぼんやりしていた俺ははっとした。
「あ、ああ……ごめん、ちょっと考え事をしてしまって」
「そうなの?伊集院くん……いつも教室だとあんなに……えっと。にぎやかで、きらきら、ってかんじなのに……なんだか今日は……」
不思議そうに大きな瞳で見上げられる。外から入ってくる風に、桜色の三つ編みが揺れている。前髪がふわりと風で上がる。かわいいなあ。本当に美少女だ……
「……いつもの伊集院くんじゃ、ないみたい……」
あっ。まずい。
もしかして勘づかれたか。俺自身は確かに、生まれた時から伊集院環だったし、伊集院環としての性格だって持っている。
だけど、バーガーショップ店員の前世が蘇ったばっかりで、今の中身は大分別人のような思考回路に傾いてるはずだ。
中身が別の人間。そのことにもしかして彼女はいち早く……気づいて……
「——も、もしかしてっ、そんなに体調が悪いの……!?」
何も気づいてなかった。
「そ、そうなんだ!早く薬を飲ませてくれ!」
「学校ではお薬の処方は禁止されてるからだめだよ……おなか、あっためよ」
冷静なツッコミ。
そういや天使千春、あほみたいに難聴で鈍感系女子の設定、あったなあ。
俺が今全ての真実をあらいざらい告白したところで、彼女が突発性難聴になるか、外から突然爆弾が降ってきて何も教えられなさそう。
すべきみ、って、そういう世界観だったよなあ。
彼女に連れられて保健室の中に入る。人気はない。先生は出払っているようで、部屋の中は静かだったし誰の姿もなかった。
大体恋愛系ゲームって保健室にタイミングよく先生いないよな。
天使千春は少し考えた後に俺を促す。
「えっと……そこに座って?」
「あ、ああ」
「先生の椅子じゃなくってベッドに……」
「ベッド!?」
すべきみゲームで、保健室ではほぼ必ずキスイベントが起こっていたせいで過剰反応する俺。
何かを探して棚を漁っている途中で、びっくりして俺のことをまじまじ見る天使。
キスイベントが起こる可能性は……ないな。そもそも冷静になれ、今の俺は主人公じゃない。金持ちモブでギャグキャラの伊集院環だ。
主人公じゃないんだから何のイベントも起こりようがない!
……と、俺が思った時だった。
きし、とかすかにベッドを軋ませて、天使千春が俺の横に座った。
「伊集院くん、えっと、ちょっとじっとして……お腹にカイロ貼るからね」
「えっ」
ち、近い。
前髪越しの大きな瞳、桜色の三つ編みが揺れて、俺の服に擦れる。
カイロをぺたっと貼られたが、それすら意識できない。
その直後、彼女の細い指が俺の、顔のあたりに上がってきて……
「な、ななななんだ……!?」
「ちょっとじっとして……」
えっ、これはキスされるのでは?役得……と騒ぐ俺の脳内で理性と本能が闘う。
待て、天使千春は主人公が好きなはず。俺が好きなわけがないしそもそも、他の男をそんな簡単に連れ込んでキスするとかいうヒロインなわけがない!もっと!彼女は清純で!一途なはずなのに!
頬に、指が触れた。
くに、と……つままれる。つままれた。
天使千春に。直にほっぺを摘まれている。
いい匂いがする……
「……伊集院くん、お肌、つやつや……」
「……んん?」
「あと、髪の毛もさらさら……ど、どんなケアしてるの……?」
「えっ、あっ……っすーーーー(息を吸う音)……薔薇風呂と札束風呂を少々……」
キスイベじゃなくて、始まったのは女子トークだった。
じっ、と見つめてくる睫毛が長い。瞳に吸い込まれそうだ。
内気系女子なくせにこういう風に男子との距離感をちょっといい感じに取れないところ、天使千春はオタク女子の中でも姫の気質があると思う。
「……薔薇……花屋さんで買ってきたら、課金アイテムできれいになれる、かなあ……?」
「課金アイテム」
「薔薇をいっぱいって、高そうだもん……伊集院くんは、美容重課金だよ」
「重課金なのか……」
わたし、ちょっとでもきれいになりたいの。伊集院くんみたいに……椿さんみたいに。
彼女のぽつりとした呟きはあまりに切なげで、俺は一瞬息を止めた。
つばき。麗川椿。
主人公の思い人の名前。クールビューティな正ヒロインの名前。
「……わたし、前髪も長いし……クラスでもいっぱい地味って言われるし、その、おどおどしちゃうし……緊張して、地味なわたしなんかと話す時間を取らせちゃいけないってうまく喋れない事も多くて……まずは、外見を磨いて、ちょっとでも自分に自信を……持てたらなあって……」
俺は反射で彼女の手を握りしめていた。
「えっ、な、なに……!?」
「天使さん!」
「は、はい!」
俺は——……一瞬伊集院環としての立場を完全に忘れ、彼女推しの一人の男に立ち返っていた。
負けヒロインになって、泣く彼女を見たくない。
彼女が幸せになるなら、俺の隣でなくてもいい!!!開発中止で永遠に失われた千春ルートを今こそ俺に見せてくれ!!!俺をATMにしろ!!!
「……俺が君に、自信を持たせてみせる」
……セリフはまあ、生まれてこの方17年、伊集院環だったので。
とんでもなくクサくなってしまったけども。
「俺が君を磨いてみせる!君をシンデレラにしてみせよう!俺が魔法使いだ!!!!」
「え、えっ、ええええ……っ!?で、でも、あの、悪いよ……!わ、私なんかに時間取らせて……」
「悪くない!君といると、腹の辺りが温かいんだ……!」
「それはさっき貼ったカイロのせいだと思うよ」
あっ、そうですね。
ギャグ系のお金持ちキャラってなんでみんな純日本人なのに金髪なんだろうな……と思いながら書きました。
金とギャグで殴るタイプのラブコメです、よろしければ応援お願いします!